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挿入話~act.1~私が弟(キミ)の願いに気付いた理由(わけ)

挿入話~act.1~ 私がキミの願いに気付いた理由わけ



「リオンにいさま、あのね、あのね、おしえてほしいの」


 ある日のこと。

幼い娘サリアがリオンにこう問いかけてきた。 

昨今この幼い彼女は、頻繁に『なあぜ』『おしえて』と周囲の者達に口にするようになった。

 それは幼少期の子供によくある好奇心の現れだろう。


『なぜなぜ、なあに?』

『あのね、おしえて』


 そんな彼女の『あのね、おしえて』。

だがリオンはこの彼女の疑問に回答する事が嫌いではない。

むしろサリアが色んな事に興味を持って自分に訊ねてくれる事を喜んでいた。

だからサリアに『なあぜ?』『なあに?』と問われる都度、リオンは幼い彼女に分かり易く教える。

それが今日の二人の情景であった。

よってこの日も、リオンはサリアの『あのね、おしえて』に対して気軽に微笑んで応じた。


「うん?なんだい、私の可愛いお皇女ひめさま」

 ニッコリと小さな身体を抱き上げて、リオンはサリアの『なぜなぜ』を聞き返す。

すると嬉しそうに小さな皇女は大きな兄皇太子―――本当は『兄』ではなく『父』―――に無邪気にこう問うた。

「うんとね、“オトコのアジ”ってなあに?」

 リオンはしばし、可愛い愛娘のその幼い口から出たとんでもない単語に目が点になった。


 へ?

 男の味?


 ギョギョっとしながらリオンは幼い愛娘に問いかける。

「…だ…誰がそんな事を云ったのかな?」

 すると彼女は無邪気に教えてくれた。

「う~んとね、さっきかあさまの所にお茶に来たでぶっちょの女のヒト」

 犯人はどうやら皇后クラヴィアのサロンに来た貴婦人の一人らしい。

 しかし、何という卑猥な事を昼間から、それも名家の奥方ともあろう女性達が寄り集まって話合っているのだろうか。

フィンダリア皇太子はつい赤面してしまう。

けれどもそんなリオンを余所に幼い皇女の暴露は続いた。


「それでね、でぶっちょの女のヒトがね、『あの夜食べた“オトコのアジ”が忘れられないの、オホホホホ』って笑ってたの!」


 そう屈託無く素直にあった出来事を話す幼子サリア。

一方小さな妹(実は娘)の話の聞き手となったリオンは、名も知らぬ彼女の話の中の『でぶっちょの女』に内心毒づいた。


――――夫に隠れて不倫して、おそらく若い男をつまみ食いかい。


 しかも赤裸々に良く語ったな。

 ウチの可愛いお皇女様の教育に甚だ宜しくないから止めて欲しいよ。

 家門さえ分かれば即刻宮廷出入り禁止にするのに。


 などと普段の温厚な彼にしては珍しく、フィンダリア貴族が耳にすればたちまちぞっとする物騒なことこの上ない考えがどんどん出てくる。

まだ口にこそ出していないが、もしリオンのその発言が現実の事となれば、その『でぶっちょの女』の家はフィンダリア貴族社会であっと言う間に孤立することだろう。

フィンダリア皇太子、ひいては未来の皇帝に睨まれたのだ。


――――すなわち宮廷社会の追放。


 まあ当然といえば当然のこと、フィンダリア皇太子、ひいては未来の皇帝陛下のご不興を買ったのだから。

 家門が生きながらえればマシな末路といえるだろう――――。


 さてそんな名家の興亡に影響力大の男、フィンダリア皇太子の受難はまだ続き……。


「ねえ、リオンにいさま。それはお菓子なのかな、おいしいのかな? どんな味なの?」

 こう教えて皇女ひめの“なあぜ”は止まらない。

 リオンは返答に窮していた。

 それでも教えて皇女ひめはなおせがむ。

「ねえ、どんな“たべもの”なの?おしえて、リオンにいさま」

「……サフィー」


 ソレは彼女が思い浮かべるような食べ物ではない。

食べる、いや咥え込むというのが正しいのか?

多分……

 

 などとただ今考えるフィンダリア皇太子の脳内は、思考能力極限域でグルグル迷走中だった。

このサリアの『あのね、おしえて』にどうやって答えようかと。


 その時、云いあぐねていたリオンにまたも小さな皇女は大発言。

「サフィーも“オトコのアジ”食べてみたい!」

「食べちゃ駄目だよ!!」

 こう慌てて止めるリオン。

だが幼いサリアに「どうして?」と無垢に尋ねられ、ますます彼は窮地に追い込まれた。

 どうしようと。


 かくて今回ばかりは上手く答えてあげられない愛娘サリアの『あのね、おしえて』――――訊ね事は『男の味ってなあに』。


 直に考えれば当然のこと、そのまま我が身にある男の象徴が頭にポンと浮かぶ。

だがそんな事、まだこんなに小さな女の子に言えるわけがない。


 そんな不甲斐ないパパリオン。

その時リオンにとって天の助けとなる人物がやって来た。


「どうしたのですか、長兄上……?」


 後方よりそうリオンを呼びかけたのは、彼の弟皇子ジュリアスだった。

呼びかけられたリオンは表情を和らげ振り向き、そしてリオンに抱っこされていたサリアもジュリアスに気づいた。


「ジュリアス」

「あ、ジュリアスにいさまだ!」


 大好きな小さな兄がやって来てサリアは喜び、リオンもほっと胸を撫で下ろした。

このジュリアスが登場した事で、ほんの少しサリアの『なあぜ』が逸れたからである。

一方ジュリアスは、長兄に抱かれた小さな妹を見つけて表情を和ませた。


「サリア、ここに居たのか?」

「うん!」


 元気な妹の返事にジュリアスは微笑み返した。

 彼は妹を捜していたのだ。

 兄皇太子の腕に抱かれた妹を見上げてひとまずジュリアスは安堵した

「そうか、長兄上を出迎えに来たのだな。 だが、駄目だぞ、あまり一人でうろちょろしたら迷子になる。 それに母上がそなたの姿が急に見えなくなって心配していたぞ、だからさあ母上の所に帰ろう」

「うん、でもまだねリオンにいさまから聞いてないの」

 そう言って笑顔で腕を広げて呼びかけるジュリアスに、サリアは小さな兄の言葉に頷くも彼の身体に手を伸ばさなかった。

 これにはジュリアスはおやっと訝しがった。

「ん? 聞いてない? 何をだ?」

「あのね、サフィーのわからないことなの。 あ、ジュリアスにいさま、にいさまにはわかる?“オトコのアジ”ってなあに?」

「は!?」

 この妹のトンでも問いかけに、年に似合わず冷めて大人びた皇子も流石に意表を突かれて素っ頓狂な声を上げた。

その顔には思わず朱が差している。

だが未成年ながらも泰然自若(たいぜんじじゃく)さに秀でた少年は、直ぐに事態の推察に取りかかる。


 どうやらサリアの『知りたがり』が出たのだろう。

 それが『男の味』らしいと。


 その考察を検証する為に、ジュリアスはちらりと長兄の顔に視線を移すと、リオンは弟の探るような視線に無言のまま再び顔を赤らめた。

 その長兄の様相からジュリアスは己の憶測が正しい事を知った。


(……それは確かに長兄上も答えにくいだろうな)


 無論ジュリアスにもこの兄の心情が分かる。

だが彼にはサリアの疑問について旨い、それも巧妙に下心を隠した対処法があった。

何とこの困ったちゃんの質問に、ジュリアスはこう答えていったのだ。


「ふ~ん、“オトコのアジ”…“男の味”か……サフィーはそんな事を知りたいのか?」

「うん!」

「ではこの俺がサフィーに教えてやろうか」

 ニィっと自信たっぷりな素振りで台詞を吐き、妹の顔をのぞき込んだジュリアス。

それにサリアは一も二もなく即答した。

「うん、おしえてジュリアスにいさま!」


 一方リオンはジュリアスの発言にビックリした。

「ジュ…ジュリアス? 君は一体何を言い始めるんだ?」

 この動揺を含ませた兄の問いに、ジュリアスは口元に手をやり口角を上げた。

「何をって、サリアの疑問を解いてやるだけですよ」

「解くってね……」

「要はサリアに教えてあげれば良いのでしょう?“男の味”を」

 そうクスリと意味深に笑う弟。

 すかさずリオンは異論を唱えた。

「だからと云ってサリアにそんな事を教える訳には――――」 

 だがリオンがその異論の全てを言い終えぬうちに、ジュリアスの方が先に行動を示した。


(初稿 2010年 09月 09日)

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