小話 君が大好きだから
小話 君が大好きだから
それは突然の事だった。
サリアは、この時何時ものように目を瞑り、兄ジュリアスからの『挨拶』を待っていた。
お休みなさい。
いってらっしゃい。
そんな時にしてくれる、優しい額への口づけ。
しかしこの時、兄皇子から与えられた挨拶は、サリアの予期せぬ初めての感触だった。
その感触を。
驚いて目を開けたサリア。
その宝石のように、きらきらした円らな幼い皇女の蒼穹の目に映ったのは、今にもゴッチンコしそうな兄の顔。
びっくりしたまま、サリアはそのままで――――息をする事も忘れた。
一方ジュリアスの方は、初めて愛妹に施した素の唇の触れ合い、そう初キッス。
何となくチョコレートの香りがするのは、きっと彼女がさっき口にしていたものだろう。
胸焼けするようなきつい香水の匂いよりもずっと嬉しい。
そして瑞々しい可愛い口元に、こうして触れ合っただけなのに、何故こんなにも身体が熱くなるのだろうか。
ああ、そうか。
本当に好きな子としているからだ。
男に飢え盛りの付いた雌猫のような女達ではなく。
心から欲しいと思う少女と。
それだけで……
ああ、もっと。
もっと求めたい。
そこから先の濃厚なキスにステップを進めようか。
そう考えたジュリアスは、うっすらとキスをしながら目を開けるや、そこでギョっと驚いて初キッスを終了した。
何故ならそこに窒息寸前、可愛い完熟ミニトマトのようなサリアがいたからである。
「わ、サ、サフィー?」
慌ててジュリアスは妹を介抱し始めた。
顔を赤くしたサリアの顔を、おろおろと同じように介抱するジュリアスの顔にも朱が指している。
「ほら早く息をして、はい、スー、ハー、スー、ハー」
「すー、はー、すー、はー」
ジュリアスと一緒に荒い深呼吸を何度も繰り返し、サリアはようやく落ち着いた。
その様子にほっと胸を撫で下ろすジュリアス。
そうして妹が安静になった事を確かめた後、彼は優しく心配しながら苦言を妹に語るのだった。
「駄目だろう、息を止めたら」
するとサリアはこう云って兄に反論するのだった。
「だって、にいさまがサフィーのお口をふさいじゃうから、びっくりしたの」
「………」
ジュリアスは顔を染めながら、バツが悪そうにして何も言えなくなった。
初キッスで窒息死。
しゃれにならないその事件。
子供は呼吸器官が未発達、鼻呼吸だけでなく口でも一緒に呼吸している頻度高し。
つまりキスで口を塞がれて、まだ幼いサリアは咄嗟に呼吸出来なくなったのだ。
その事をジュリアス少年は、迂闊にも気づかなかった。
ああ、記念すべき愛する妹との初キッスの思い出。
それはジュリアスにして見ればとっても思い入れのある陶酔の瞬間だったのに、まだ幼すぎる妹には分からない。
しかもジュリアスの想いばかりが先行したばかりに、大失敗に終わったのだった。
――――さて、この後。
ジュリアスはサリアと交わすキスは、彼女がもう少し大きくなるまで唇同士のお障りキスにして、官能に誘う更なるキスはまだ堪える事にしたのだった。
おしまい♪
(初稿 2010年 08月 26日)