小話 揺りかごのひととき。
小話 揺りかごのひととき。
これは王華殿に小さな天使がやって来て間もない頃の話。
この日生まれたばかりの『異母妹』に会いたくて、足繁く訪れる皇太子リオンを、皇后クラヴィアはにこやかにその場所まで案内した。
「こちらですわ、リオン様」
「本当にジュリアスがあの子の子守をしているのかい、ファナ?」
「ええ、ではここからをそっとご覧下さいませ」
「どれどれ……」
リオンとクラヴィア、二人仲良く好奇心に駆られこっそり見つめるその先には揺りかごがある。
そこには生まれたばかりの彼らの可愛い赤ん坊が眠っているところだ。
それを覗き込むのはその赤ん坊の兄になったばかりの少年だった。
この時兄になったばかりの少年、ジュリアスは、恐る恐る揺りかごに手を伸ばして、眠る赤ん坊の頭を撫でているようだった。
起こして泣かせずに安堵して、その顔はとても穏やかなものだった。
時折何か囁いている。
ここからは離れている事もあり、その言葉を詳しく聞き取れないが、どうやら赤ん坊に向けて温かい言葉を掛けているようだった。
その少年の仕草を見て、彼の長兄と母は微笑んだ。
「サリアが生まれる前は、ジュリアスがあんまり弟妹が生まれる事にちっとも関心がないのでとても心配だったけれど……取り越し苦労だったかな?」
「フフフ……そうですね。 ですがああ見えても、あの子は結構世話焼きなのですよ、リオン様。 もう暇さえあればああして揺りかごを覗いているのですから」
赤ん坊には不思議な力がある。
小さな手を上げて笑いかけてくれた時、人は思わず笑みをこぼす。
そしてその力は。この少年にも有効だった。
「どうやらあの子もやっと“お兄様らしく”なってきたね。 私の前ではあまり“妹が出来て嬉しい”というそんな素振りは見せないのだが……まだ照れているのかな?」
「本当に」
聡い故に、子供ながらに感じてしまった宮廷内の醜さは、何時しか少年からその姿に見合うものを喪失させていった。
暗殺者に襲われた事もそれに拍車をかけた。
あんなにも綺麗な蒼穹の瞳は、次第に世界を冷めたモノとしてとらえていく。
リオンとクラヴィアはその事を憂えていた。
だが今は、その少年の姿にある快復の兆しを見つけている。
生まれたばかりの赤ん坊は、ジュリアスの心に温かな光を射し込んだ。
これで喪いつつあったものを、きっと彼は思い出して快復させていくことだろう。
幼い兄と生まれたばかりの妹の情景を陰で見守りながら、そう喜び安堵する長兄と母だった。
ブログ版加筆修正。