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挿入話~act.8~君に全てを託すと決めた理由(わけ)

挿入話~act.8~君に全てを託すと決めた理由わけ




 とはいえ、セネリオは内心穏やかではいられない。

平然としながらも、内実彼は種々に思い巡らし始めた。


 フィンダリアが寄越した使者の来訪の目的。

 憎き父帝の目論みは何かと。


 いや、待てよ。

 それとも使者をここに派遣してきたのは、父帝あのクズではなく――――まさか兄上が……?


 もしそうだとしたら……

 

「とにかく気にはなるな……」

 そう王太子が呟けば、シューイスキーが聞き漏らさずに王太子に事後の行動確認を求めた。

「如何なさいますか、ツァーリ?」

「まだ伯父上からのお呼びはない、今のところはこのまま傍観していよう。 何かあれば――――」

 そうセネリオが全ての言詞を言い切る前の事だった。

王太子ツァーリ!!」

 この時セネリオが述べていた『伯父上からのお呼び』の使者が、時期を合わせたかのごとく王太子の所在を求めてやって来たのである。

 まさにセネリオが推量していた事を、それこそフィンダリアが寄越した使者の来訪の目的、その答えを携えて。

 一方使者となった侍従は、王太子の元に駆けつけるなり、彼の無事の帰還の挨拶をほどほどに、手早く王の言葉とそしてフィンダリアからの申し入れの儀を報告する。

 それは何とはまだ幼い娘との縁談を求むもの、しかもその相手が異母弟ジョアンの子。

それもあの兄皇太子が異母弟ジョアンの子を養子に迎えいれる形で。

 そう知らされた時、セネリオは思わず叫んだ。


「馬鹿な!!」


 だがその後のセネリオは驚愕の余り言葉を失った。

その姿は側にいた忠将と言伝をもたらした侍従等が気に掛けるほどのものだった。


 自分の可愛い娘とあの馬鹿ジョンの息子の縁組み?

 あの馬鹿ジョンの息子が兄上の養子になるだと?

 それも次代の皇太子として?


 セネリオはその話に酷く驚き、そしてその衝動が時間と共に収まるに連れて次第に彼は釈然としない違和感を感じ始めた。

そして抱き始めたその疑義が、セネリオの中でくっきりと形になるや、その事を遙か離れた異国の兄に心の中で問いかける。


――――兄上、これは貴方が望んだものですか?


 そうして今でも実の兄を思う一途な王太子は、それ故に一つの仮定を立てた。

もしこれが兄の意志でないならば、行き着く答えは一つだった。


☆。.☆。.☆。.




 一悶着の後、セネリオはシューイスキーを従えて、彼を呼びに来た侍従に案内されてユーリー二世が謁見している会見の間に入った。

王太子が久方ぶりにその姿を見せると、この間に居合わせた者からどよめきが生じた。

だがセネリオはその事に気を払わず、使者は一瞥しただけで真っ直ぐ国王の御前に進み寄り帰城の報告を告げた。

「ただ今戻り越しました、陛下」

「おお、よう帰ったのセリー、待っておったぞ」

「はい、陛下の名代としてつつが無く国内を見聞して参りました。 この件につきましてはご報告したい儀がありますれば、どうか後ほど耳を傾けて下さい」

「あい分かった、時間を取ろう」

「有り難き幸せ」

 膝を折り頭を下げる王太子とそれを大仰に聞き入る国王。

 形式ばった会話だが、この時二人は以心伝心でこう話していた。


 『伯父上、後でしっかり聞いて下さいよ』

 『分かっておるよ、セリー。 後で茶でも一緒に飲みながらの』


 そうして帰還の挨拶を終えたセネリオは、また伯父王に向き直ると、今度は国王の方から訊ねられた。

「セリーよ、話は聞いておるな」

「はい」

 この時舅王は、返答する甥婿のその翡翠の目に、内に荒れ狂う不快感を堪え溜めている様を見て取っていた。

 親交途絶えたかつての祖国から持ち掛けられた、この思わぬ宥和ゆうわの儀。

それをどう思っているのか手に取るように分かる。

 だが敢えてユーリー二世はセネリオに問うた。

「セリー、お前の意見を聞かせてくれぬか? 次期国王としてのな」

「……返答は私の一存で宜しいと?」

「お前が何れ導く国だ、お前がこれからシレジアとフィンダリアをどうしたいのか、それを予が此処に集う臣等の前で問う意味もある。 お前は和平を望むか? ……あの頃の事を水に流しての」

 偉大なる北の大国を長年統べてきた伯父王にして舅王。

その彼から突きつけられた重大な採択に、セネリオは目を瞑り深く黙して考え込んだ。

 その時セネリオが思うのは、別れて久しい忘れかけてしまいそうな兄の姿。

 そしてあの頃の自分に向けてくれた、懐かしい優しかったあの微笑み。


 返答はもう決まっていた――――。



 この瞑目は僅かの間の事だった。

 そしてセネリオは目を開ける。

それから遙々フィンダリアからやって来た使者と改めて不敵に向き合うと、口の端を上げ使者を見据えた。

「――――ではこのシレジア王太子の返答を伝えよう。 帰路につき次第、皇帝にしかと伝えよ。 それも一言一句絶対に違える事なく正確にな、良いか?」

「はい、勿論でございますよ、セネリオ殿下」

 一方このシレジア国の命運を決する王太子の勇断に、シレジア陣営に生唾を飲み込む緊張が走った。


――――将来を見据えて生国フィンダリアとの昵懇を回復する為に、この婚姻受けるか否か。

 未来のシレジア国王は、どのように国を導くのかと。――――

 


 片やフィンダリアの使者ダテンポートは、どのような色よい直答が返ってくるのかを楽しみに待っていた。

彼にしてみれば、シレジア王国が殊更難色を示す理由など思い当たらないからだ。

国同士を繋ぐ為に王族同士の結婚があるのだ。

どんなに啀み合っていても、たった一つの婚姻政策で互いの国を上手く騙し丸め込もうとするなど、古今問わずどこの国でも行う外政の常套手法ではないか。

 だから彼は、この時セネリオの口から正式に婚姻を結ぶと賛同を受けた後に続く、縁談を結ぶシレジア王女の名が出るのを信じて疑っていない。


 そうして遂にシレジアの運命を揺らがす返答の時。

セネリオは周囲の注目の中、ダテンポートの快諾を受けると、目を細め、同時に右腕を腰にあて楽な姿勢をとるや開口一番こう返答を切り出した。


「ふざけるなよ、このクズが!!」


 これには使者も。

 そして返答を委ねた舅王も、居合わせた諸官、武将等も目を凝視したまま二の句が繋げなかった。

そして仰天状態の周囲などお構いなしに、シレジア王太子の縁組み峻拒しゅんきょの言はまだ続いた。


「クズ……貴様の情欲混じりのくだらん戯れ言などこっちは願い下げだ!! 何が次代の皇太子だ!! いいか良く聞け、それを決めるのは貴様ではない、兄上のはずだ!! それこそ貴様が腹上死でも何でもした後にな!! そしてジョアン!! 誰がお前の息子なんぞに可愛い娘をやるか、よく覚えておけ!! それにお前の息子が皇太子になるだと? ハハハ馬鹿め、笑わせるな、身のほど知らずも大概にしろ!! 寝言は自分の寝台の中で呟け、“馬鹿ジョン”が!!」 


――――兄上……これが今の私の答えです。


――――そして兄上……貴方の“本当の幸せ”の為に、これが今の私に出来るたった一つの事でしょう。


 何故なら私には、この申し出に貴方の真意が見えないのです。

 兄上……貴方が心から望んでいる事とは思えないのです。


――――兄上……貴方の本当の望みは何ですか。


――――そして兄上……こんな私に貴方はもう一度、あの頃と同じ笑顔を向けてくれますか?


 フィンダリアとの親交を回復させるまたとないこの機会。

それををフイにしたこの私を……


 王太子が激情を込めて言い放ったこの発言。

 謁見の間は騒然となった。

 シレジア王太子セネリオの返答は、彼の言い草に難あれども、即ちフィンダリア帝室とシレジア王家、この両家婚姻の拒否だった。

そして婉曲にあった両国関係の修繕も、この時点で再び白紙に戻ったことになる。


 これを直接言い放たれたフィンダリアの使者、ダデンポートはたちまち蒼白になり、また列席していた文武の官は王太子の発言に唖然となり、そして彼らは同胞間で囁き合った。


 言った。

 言い切ったぞ王太子殿下ツァーリ

 ズバリ皇帝、クズ呼ばわり。


 フィンダリア皇帝も、王太子殿下の威厳も何もあったものじゃないな。


 にしてもいいのか、王太子殿下。

 仮にも父親では?


 “馬鹿ジョン”っていうのも確かご兄弟だろ?

 ああ、異母のご兄弟らしいがな。

 あの様子じゃ、あんまり仲良くなかったんだな…… 


 ひそひそと、こう謁見の間がざわめくのも無理はない。

しかしそんな場に流れる雰囲気を変える一声が放たれた。


「おうおう、随分と捲し立ておったの~、セリー」

 それは他ならぬ畏怖堂々玉座に鎮座した、偉大なるシレジア国王ユーリー二世その人の声だった。

さて、そんなユーリー二世はさも愉快そうに、眼前の甥婿とフィンダリアの使者を交互に見遣る。

するとその伯父王の視線を受けて、セネリオは一礼と共に口上を述べた。


「では私の役目は終わりましたので、これにて下がらせて頂きます」


 多くの者が本当にそれでよいのかと疑問に思っただろう。

だがこの国王だけは満足げに頷いた。

「おお帰城早々ご苦労だったの、早くみんなの所に顔を出してやるとよい」

「はい」

 一礼と共に踵を帰したセネリオに、すかさず我に返ったダテンポートのが立ち去るセネリオを引き止めにかかった。

「お…お待ち下さい、セネリオ殿下!!」

 その説破詰まった呼び声にセネリオは立ち止まった。

 そしてかつてのフィンダリア皇子は、そのまま振り向かず淡々と社交辞令をだけを述べる。

「使者の大任ご苦労だったな、ダデンポート子爵。 帰国の道中はくれぐれも気をつけろ」

「こ…この和睦同然の陛下の申し入れの儀、それを貴方は断ると仰るか!?」

 『和睦』、この一言がセネリオの胸を締め付ける。


――――和平は望みたい。


――――だがこんな形では嫌だ。


 シレジア王太子は拳を強く握り、その思いを堪えると使者に言葉を返した。

「――――さっき述べた通りだ、その要求は呑まん。 今更あのクズと語り合う事もない。 そして馬鹿ジョンと姻族関係を結ぶ気もない」

「そ…そんな、こんな馬鹿な……かつての同盟を復古するのにこれほどの条件はありますまい。 それを貴方は棒に振るというのですか!? 陛下のご厚情を無に帰するというのですか!?」

「――――二度も同じ事を言わすな」

 この時ダテンポートには、王太子の決然した背からは何も感じられないだろう。

だが彼をよく知る者は悟っていた。

 この王太子の裏にある断腸の思いを。


 フィンダリアとの親交の回復。

 それをこのシレジアで誰よりも願っていたのは、他ならぬこの王太子であった――――。


 だが王太子はその切願すら振り切って、フィンダリアに対し国の態度を示した。

 汝と和睦求まずと――――。


 ダテンポートもまたセネリオの意志が翻らないと悟ると、がっくりと肩を落とす。

だが直ぐに顔を上げて、これだけはと言わんばかりに王太子に訴えた。

「陛下に……皇帝陛下に、貴方様の父君にせめて何か一つ御伝言を!」

 彼にしてみれば甚だ芳しくない結果を持ち帰るのだ。

皇帝の怒りは免れない。

だがそれを軽減するようなものを求めたが故のものだった。

具体的に云うと、息子であるセネリオから父親であるマチス・ガルボ三世にむけた、そう子として父へとかける何か温かみのある言葉をだ。

 ところがそう懇願されセネリオが目を閉じて呟くものは、最早子として親を思うモノではなかった。


「“早く死ね”……生憎今はこれしか思い浮かばない」


 使者は絶句した。

 だが彼の驚きはまだ早かった。

 これに続くセネリオの台詞が彼を慄然と凍り付かせる事になる。

「ああそうだな、何ならこれからフィンダリアに攻め入って、その生を全うする手助けをしてやろうか?」

「な…な、なっ!?」

 セネリオが僅かな嘲笑を交えてそう言うや、ダテンポートは見る間に口をぱくぱくさせて取り乱し、またこれを見ていたシレジアの武将陣営からは不敵な失笑が起こり始めた。

王太子の冗談に彼らが反応した結果である。

中には不謹慎にも口笛を鳴らす者もいた。

 

 こうしてシレジア国王ユーリー二世のフィンダリア国との謁見は、互いに何も実らずに徒労に終わった。

 けれどもセネリオは最後に一つだけ、フィンダリア側に和睦の道に繋がる妥協を示した。

彼は立ち去る際、すっかり途方に暮れたダテンポートにこう言い残したのだ。


「――――だがどうしてもと言うのなら、今度は“次代の皇帝”から改めて申し入れてこい……その時は聞いてやらないこともない」

「殿下……」

 そしてセネリオは使者の呼ぶ声に応えぬまま、謁見の間から残し退出していった。

 それから後、セネリオが立ち去り呆然としていたダテンポートにシレジア国王の静かな声が発せられた。


「さて、フィンダリアの使者殿よ、我らの意志はしかと伝えたぞ。 これより汝が故国に戻り、仕える主君に今の“予の息子”の言葉を違う事なく伝えるが良かろう。 では最早お互い用はなかろう、疾くとね」

 “予の息子”とやや強調してユーリー二世は使者に向う。

その後追い立てられるようにして、フィンダリアの使者ダテンポートはシレジアを後に故国に出立した。




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