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挿入話~act.7~君に全てを託すと決めた理由(わけ)

挿入話~act.7~君に全てを託すと決めた理由わけ



―――これはまた魂消たわい。


 それがシレジア国王ユーリー二世、彼がフィンダリアの甥皇太子の養子縁組を行うと聞かされた時に見せた心の初動だった。

 吃驚したユーリー二世は半拍の後、やや呆けたまま参上していた使者ダテンポートに事の真偽を確かめ始めた。

「養子とな?」 

「はっはい!」

「真か?」

「も…勿論でございます、これは我が国に居られます陛下が、畏れ多くもこちらに遣わされる役目を受けた私めに密かにお伝え下さった内示事ですから」

 使者に確かめながら、ユーリー二世はまだ信じられない面持ちで一杯だった。

聞き質す声にも、その驚きはそれは如実に顕れていた。

 寝耳に水とはまさにこの事かも知れない。

 というのもこのダテンポートの発言―――もう一人の甥っ子にして、“未婚”のフィンダリア皇太子が養子を迎えて跡取りとするという新事実は、ユーリー二世にとって想定外の事態だったのだ。

無論彼の後継者である甥婿王太子にしても、彼と同じ見解を共有しているはずである。

 何故ならこの二人はずっとフィンダリアの動向を注視していた。

ユーリー二世はフィンダリアに間者を放ち、そして王太子たるセネリオなどは、故知を頼って。

 その結果シレジアは、何処の国よりもフィンダリアの内情に通じた国だった。

 なのにその彼らを持ってしても、フィンダリア皇太子が養子を迎えるという今回の件は知り得ていなかった。

だからこそユーリー二世の驚きは一入ひとしおだったと言える。


――― 一国の支配者たる者、隣国、大国の政権事情にしっかり通じていなければならない。

 これを怠る事は、即ち自国の国防を軽んじる事に等しい。

 もしやらずんば、その代償として最悪王は国を喪うことになろう。


 他国を知らずして国土を守れない。


 だからこそどこの国でも敵国だろうが、友好国だろうが問わず絶えずに間諜を放つのだ。

その後密命を受け国へと戻って来た間諜―――時には犠牲を払い―――より得て蓄積した各国の情勢と宮廷事情を熟考し国策に有益に活用していくのだ。

それはシレジアも然り。


 今の皇帝から代替わりした後のフィンダリア皇帝の後継は誰か。


 現行帝マチス・ガルボ三世の後継は皇太子マチス・レオナートが順当に跡を継ぐだろう。

だがその後の後継者は、新帝となる皇太子が未婚のことから未だ正式に定められていない。

しかし真相を知るこのシレジア国王とその王太子セネリオは、この使者ダテンポートがフィンダリアよりやってくるまで、こう予測を立てていた。

 フィンダリアの新たなる後継者、それは二人に絞られるだろうと。

 一人は間諜を放つまでもなく、シレジアにも知れ渡る誉れ高き歳の離れた弟皇子。

 そして密かに新帝マチス・レオナートが設けている娘。

 その二者を差し置いて、第三者を後継に据える訳がないと。

 

 だが実情は違ったらしい。


―――少し傲りが過ぎたかの。

 

 ダテンポートとの会話の後、シレジア国王はそう内心反省すると、たちまち思考を切り替えた。

「ほほう……そうか、そうか。 ふむ、なるほどのー……して、その未来の皇太子候補殿はどういった子かの?」

 いたくユーリー二世はこの話に興味を持った。

 それも腹に底知れぬ居眠り策士を抱えながら、相手の真意を探り始めた。

 さて問いかけられたダテンポートはというと、“北の居眠り獅子”と異名を持つユーリー二世が、その本領を発揮し始めた事にまだ気づいてはいない。

今の彼はただ交渉相手たるシレジア王を立腹させぬよう、その細心の注意を払うので手一杯だった。

「はい、それはマチス・ガルボ三世陛下の第二皇子殿下ジョアン・ガルボ様の御長子でございまして、御名をマチス・ガルボ様、御年9つになられます皇子殿下であらせられます」

 マチス・ガルボ、その皇子の名を聞いたユーリー二世はさも得心したように頷いた。

「ほほう、それは確かに世継ぎに相応しい名じゃろうて。 フィンダリアの皇帝も良い孫に恵まれておるのー、いや、実に羨ましい事じゃて」

 ユーリー二世はそう語りながら朗らかに笑みさえ浮かべていたが、内実このシレジア王の腹の内は決してそうではなかった。


―――く~!!

 予だって孫王子が欲しいのに、何であんなタラシ帝ばかりに!!

 

 子にも孫にも男子に恵まれるフィンダリア皇帝を、ユーリー二世はキリキリして羨ましがった。

だがそんな素振りを使者に見せるわけにはいかない。

ユーリー二世は顔面の筋肉を総動員して、ヒクヒクと親しみある国王スマイルを作った。

その国王の様子を、シレジア国側の臣達は各々多々の思惟を持ち見守っていた。

目下のところ使者との会談は穏便にすすんでいる。

しかしそんな中でも臣下達には静かな緊張は存在していた。

それは彼らが、国王の身に万が一の事があっても即座に守れるように、目には見えなくとも密かに身構えていた忠誠の証といえるだろう。



 ところがそんな時だった。


 謁見中のユーリー二世の下に、やや急いた侍従長が現れた。

そして国王の側に近づき何事かを耳打ちするや、それを聞いたユーリー二世は目をまん丸くして驚いた。

「なぬ? セネリオが帰って来たと」

「はい、予定よりも早期のお帰りでしたが、無事今お戻りになられました」

 その素っ頓狂な国王の声とそれを肯定する侍従長の言は、謁見に立ち会っている重鎮、文武の臣達にも届き、どよめきは波及した。

 さてそんな中、しげしげとユーリー二世は此度の甥婿の帰りについてこう感想を口にした。

「それはまた随分と早かったのー」

「はい、臣めが伺った所によりますと、何でも王太子殿下が訪問した視察地について急ぎ陛下に奏上したい議が出来たそうで、予定を早めてお帰りになったそうです」

「おうおう、セリーも民の事になるとマメだのう。 それは直ぐに聞いてやらねばな……」

 ユーリー二世はそれを聞いて顔を綻ばせた。

 それは自ら選んだ後継者が、こうしていつも熱心にシレジアの為に働いてくれる。

またそんな後継者から同時に善王の素質を感じる度に、シレジア王は我が事の様に嬉しく思うのだ。

そうたとえ実子として男子には恵まれなかった彼だが、それでも安心して未来を託せる“息子”にはちゃんと恵まれていた。

そう思い起こしてなおユーリー二世は愉悦に浸った。


 とはいえ、使者との謁見中に気を散じ過ぎるあまり、フィンダリアとの外交問題に注意力を失う訳にもいかない。

ユーリー二世は気を引き締めて、対面するフィンダリア側の使者にとっても気になる話題に転じた。

「コホン、して、セリーにはこの謁見の事を伝えたのか?」

「はい、それはもう……何分王太子殿下が直ぐにでも陛下にお目もじしたいと仰っていましたので、やむを得ず事態をお知らせしております。 しかし何処の誰とお会いしているかまではまだお伝えしておりません。 ただ“陛下はただ今謁見中で直ぐにはお目にかかれません”とだけ。 これにつきましては陛下の指示を仰ぐまでは控えた方が宜しいかと思いまして……。 一方で王太子殿下の方も訝しんではおりましたが、深くそれ以上臣にお尋ねにはなりませんでした」

 恐縮した侍従長にユーリー二世はため息一つ落とすと、侍従長の顔をやれやれと見遣り命を出した。

「……隠したって無駄だろうて、きっとセネリオの方はもう何か感づいただろうに。 参じた使者の国名と用件を伝え、直ぐに王太子を呼んで参れ」

「はい、畏まりました陛下。 ですがその前にもう一つご報告が残っております」

 そう云うと、侍従長は王の命を受けたにも関わらず、未だ困惑を称えたまま尚も王に耳打ちした。

するとその内容を聞いたユーリー二世は再び目を見開く。

だが今度はシレジア国王は間抜けな一声を謁見の間に響かせはしなかった。

一瞬甥と似通った翡翠の目に、驚愕の輝きを見せはしたが、瞬く内にそれは思案に揺らぐものへと変貌した。

 そして、

「分かった、お前は先に命じた通りセネリオを連れて参れ……今の件はまだ伏せてな」

「御意つかまつります」

 ユーリー二世は侍従長を伝令としてから、目の前に膝を折った使者を何か含みある一瞥の向けた後、近侍の者に王太子が来るまで時間が少々かかる故、使者をいったん隣接した控え室に下がらせて休ませるように伝えた。


☆。.☆。.☆。.



 フィンダリアから来訪した使者が、シレジア王宮、翡翠宮殿『ニフリート・ドヴァリエーツ』に来ている。


 そう王太子セネリオの耳にもたらしたのは、王太子に侍従として仕えて後、一将に任じられたシューイスキーだった。

 当然これには地方巡察から帰ってきて早々、たちまちシレジア王太子セネリオも驚いた。

「フィンダリアから使者が来ているだ…と……?」

「はい王太子ツァーリ、どうやら間違いないようです」

 情報を仕入れたシューイスキーは、即答で王太子にあっさりうべなった。

 一方セネリオは、この事実を耳にするや辛辣な疑念を抱かずにはいられなかった。


 先触れもない祖国の使者の到来だと?

 何だそれは、わざわざ律儀に宣戦布告でもしに来たのか。


 しかしセネリオのその疑念は、些か杞憂であったらしい。

黙想する王太子に、シューイスキーがそれを傍証するように、更に手にした情報をこう報告した。

「先ほど城内の者から聞いた話によりますと、何でもフィンダリア皇帝が折り入って陛下対し、ある交渉を持ち掛けた由にございます。 他にもそう話しているの者が何人かおりましたし」 

 それを聞き訝しんだセネリオは再度忠将に問うた。

「……交渉だと? “あのクズ”は一体何を頼みに此処に来たというのだ?」


 幾ら親子とはいえ直球暴言。

 そしてガイア大陸広しといえど、かの大国を統べるフィンダリア皇帝その人物を『あのクズ』と呼び捨てし、且つその皇帝の逆鱗に触れる事すら物ともしないのはこの王太子唯一人だろう。

 

 だがシューイスキーはその事に敢えて言及せずに、王太子の疑問に自らの見解を加味して応えた。

「それは俺などでは皆目見当が尽きません……が、既に陛下御自ら使者との対談に臨まれているようです」


―――ではまさか、もう一度自分を連れ戻しに?

 

 そこまで思い巡らした時、セネリオは乾いた微笑と共に、その考えを振り払うかのごとく頭を振った。


「……それだけはあり得ないか」

 一方、そんな王太子の呟きを耳にしたシューイスキーは、心懸かって問いかけた。

「ツァーリ?」

 それを受けたセネリオは、思わず声にまで出していた事に気づき誤魔化した。

「ああ、済まないこっちの話だ。 お前が気にするほどの事ではないさ」

 セネリオはこの侍従上がりの気さくな将の気遣いに、そう素っ気なく応えた。



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