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ミニ「恋・花葛篭」~嵐の夜は・改~

 ミニ「恋・花葛篭」~嵐の夜は・改~


 昔々の王華殿、初夏の夜の出来事。

 その日、激しく降る雨と共に雷が鳴っていた。

 闇夜の窓を豪打して打ち付ける雷雨、その凄さに恐怖を感じて震え泣くのは、小さなフィンダリア帝国の皇女サリアだった。


―――こわい、こわいよ。


―――こわいよ、ジュリアスにいさまこわいよ。


 この夜、エッグエッグとすすり泣く皇女の側には、いつも寝かしつけてくれる七つ違いの兄はいない。

何故なら彼女の七つ違いの兄ジュリアスは、父皇帝が決行した十日ばかりの国内近郊の巡幸に連れられて、三日前から留守にしているからだった。

 だからこの日、サリアは本当にひとりぼっちで夜を過ごしていた。

 一向に止みそうもない嵐。

その荒ぶる大風と大地に叩き付けるような雨は、幼子の心にどれほどの恐怖になろうか。

ましてやそれが只でさえ人に恐れを産む夜の事だ。

まだ幼いサリアには耐えろという方が酷な事だろう。

しかし、それでもこの小さな皇女は、もう暇をもらって休んでいる親しい女官や、今夜の寝ずの番をして控えている女官を呼ぼうとはせず、ただ懸命に耐えていた。

 でもやっぱり怖いので、サリアは激しい雨音から逃げるように寝台の中に潜り込んだ。

けれども、どんなにサリアが布団を被り耳を塞ごうとも、大きな轟音は今にもまた聞こえてきそうだった。



☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆。.:


 王華殿の皇后の寝室で、フィンダリア皇太子リオンは、荒れ狂う天候を気にして外を眺めた。

 「酷い雨だね、ジュリアスは大丈夫だろうか……」

 そう感想を漏らした彼の傍には、この宮殿の女主、フィンダリア皇后クラヴィアが寄り添い、同じように息子の身を案じた。

「そうですね、こんな天気になるなんて」

「この時期はどうしても天候が変わりやすいからね」

 遠くに出かけた皇子を思い、二人はしばらく互いに寄り添って嵐を見つめた。


―――この時の二人。

 

 邪魔な皇帝ちちの居ぬ間に何とやら。

 ついでにお年頃の皇子ジュリアスも不在となれば、気楽に悠々と密かな逢瀬を交わせられるというものだ。

 やがてゆったりと迎えた夜半、リオンとクラヴィアは待ちに待ったラブタイム。

寝台の中で愛を確かめ合う睦み事で、荒々しい嵐の音さえ気にならなくなった。

「ふ…あ、はあ」

 熱い吐息を溢れさせ、甘い口づけを交わし合い、こうしていざ行かん愛の世界へ―――。

 

 そう二人、高まった時だった……。


―――わあ~ん。


 暴風の音に混じり小さな女の子の泣き声が、リオンとクラヴィアの耳に届いた。

「今のは…サリアの声……?」

「こんな夜遅くに?」

 寝台の中、パチクリ見つめ合うただ今愛の取り込み中だった二人。

 そこにほどなく。

「え…っぐ、えっぐ、かあさま。 かあさまこわいの、こわいよ」

 ぱたんと皇后の寝台の扉を開けて、可愛い二人の小さな皇女がひっくひっく泣きながら登場した。 

 慌てて跳ね起き着衣の乱れを直した大人達は、その後直ぐにべそをかく皇女に近寄った。

「まあ、どうしたの妾の可愛いサフィ。 眠れないの?」

「グス、ひっく、こわいの…ひとりでねるのこわいのかあさま」

 こう訴えながら、ヒシっと養い親である母后にしがみつくサリアを、それは愛おしく抱きしめ返すクラヴィアと、同じく傍にいるリオンは笑みを零した。

「まあまあ」

「そうか、今夜は雨も風も酷いし雷も鳴ったから、サフィは怖かったんだね」

 リオンは愛娘が深夜の母の寝台にやって来た訳を悟り、そう優しく語りかけながら皇后の腕の中にしがみつくサリアの頭を撫でた。

 そのサリアにとって優しい長兄こと“大きな兄”の問いかけに、グズグズと泣きながら頷く皇女。

 そしてサリアの“大きな兄”は微笑みながら、そんな彼女にとっても素敵な解決策を用意した。


「じゃあ、今夜はみんなで一緒にここで寝ようか」


 それを聞いてサリアは泣きはらした顔で長身の大きな兄を見上げた。

そこには嬉しさで期待高まった顔がある。

「ほんとうに?」

「うん、一緒に三人で寝よう、そうすれば怖くないからね」

「わーい」

 喜ぶサリアは今度は大好きな大きな兄に抱きつく。

リオンはにこやかにサリアを抱き上げ、そのまま寝台に横たえた。

 まもなくリオンとクラヴィアもまた、幼い娘を中央にして挟み横たわる。

 先ほどまで愛の温もりを求め合っていた二人は、今はすっかり彼女の両親としての姿となっていた。

 そしてこの夜リオンとクラヴィアとサリア―――サリアにとって正真証明実父である皇太子、同じく実母である皇后の親子三人で共に眠る初の夜となった。


 嵐はまだ止む気配はない、それでももうサリアは恐怖を感じない。

 大好きな代母と大きな兄が一緒だから。

 その事が嬉しくて、その後すっかり泣きやんだサリアは、おそらく安心しきったのだろう、直ぐに深く寝入ってしまっていた。


 大好きな二人に囲まれて―――。

 安らかな寝息を立てるサリア。


 リオンとクラヴィアは、ずっと密かに育てている、この幼い愛娘の無垢な寝姿を眺めながら、ささやかな幸せを感じる。

 それはあの日から始まった、この愛娘が授かり得た時から二人が共有している思いだ。


 大事な二人だけの秘密の宝物。


 そのサリアの寝姿をリオンは目を細め感慨深げに見つめた。

「サリアは大きくなったね。 ほんの少し前までは小さな赤ちゃんだったのにね」

「ええ、本当に」

 クラヴィアも同じ想いで眠る少女の寝顔を見つめ微笑んだ。


 子供の成長は早い。

 首が据わらぬなよなよとした小さな存在が、何時しか片言の言葉を話し、よちよち歩いて自分達へニコニコ駆け寄ってくるようになる。


 それが時の流れなのだろう。


 やがて母親らしい慈愛の笑みを浮かべたクラヴィアが、そっと眠る娘の髪を指でく。

すると柔らかな陽の光を溶かした金髪が、さらさらとクラヴィアの指から音無く流れた。

「この子の柔らかい綺麗な髪はお父様譲りですね、きっとサリアはお父様似ですよ」

「そうかな……君も同じくらいに肌触りの良い金の髪だし、それにほらサリアの瞳の方は、君とジュリアスと同じ綺麗な蒼空あおぞら色だから……」

 二人はそうやって眠ってしまった愛娘サリアの顔をのぞき込みながら、しばしの間可愛い娘が誰に似たのかを語り合った。


 この時激しい雨足はまだ降り止まない。

 けれどもこの三人のいる寝室だけは、穏やかなそして幸福な時に包まれて夜が過ぎていった。

 

 


(初稿2010年 06月 27日)

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