婚約者の不倫で捨てられた私は“無能令嬢”と呼ばれたけれど、隣国の冷酷王子に拾われて溺愛されながら全部奪い返します
――その日、私はすべてを失った。
いや、違う。
“奪われた”のだ。
「エリシア・ヴァルディエール! お前との婚約はここで破棄する!」
煌びやかな舞踏会の中心で、私の婚約者――王太子アルベルトは、まるで英雄気取りで声を張り上げた。
周囲の視線が、一斉に私へと突き刺さる。
……ああ、始まった。
「理由は明白だ! お前は冷酷で嫉妬深く、我が愛するリリアナをいじめ抜いた!」
彼の隣で涙ぐむ女。
リリアナ・エストレア。
――私の婚約者と“関係を持った女”。
(演技、下手すぎるのよ)
震える肩。濡れた瞳。
どれもこれも、わざとらしい。
「……それで?」
私は静かに口を開いた。
「証拠は?」
「な、なに……?」
アルベルトが狼狽える。
その一瞬の揺らぎを、私は見逃さない。
「いじめの証拠。不倫の証拠。どちらも、あなたが提示するべきでしょう?」
「ふ、不倫だと!? 私は真実の愛に目覚めただけだ!」
……ああ、出た。
テンプレートみたいな言い訳。
私は小さくため息をついた。
「では、こちらも提示しましょうか」
私は懐から一枚の魔導記録石を取り出す。
――それは、音声と映像を記録する高価な魔道具。
「な、何だそれは……!」
「あなたがリリアナと密会していた証拠です」
会場がざわめいた。
私は迷いなく、記録を再生する。
――映し出されるのは、夜の庭園。
絡み合う二人の姿。
『エリシアなんて、ただの政略だろ?』
『まぁ、あの女は邪魔よね』
……完璧な証拠。
空気が凍る。
「な……っ!?」
アルベルトの顔が青ざめ、リリアナの涙が一瞬で止まった。
――滑稽。
「これでもまだ、私が加害者だと言えますか?」
「き、貴様ぁぁ!!」
怒鳴る声。だが、その怒りにはもう力がない。
勝負はついた。
そう思った、その時だった。
「面白いな」
低く、よく通る声。
会場の空気が一変する。
振り返ると、そこにいたのは――
「隣国の王子……レオン・ディルクハルト様……!」
ざわめきが広がる。
漆黒の髪。氷のような瞳。
冷酷と噂される男。
その彼が、まっすぐに私を見ていた。
「エリシア・ヴァルディエール。お前、行く場所はあるのか?」
「……ありませんわ」
私は正直に答えた。
家も、地位も、すべて奪われる。
「なら、来い」
短い一言。
「俺の国で保護してやる」
「……条件は?」
「簡単だ」
彼は、わずかに口元を歪めた。
「その復讐、俺も楽しませろ」
――その瞬間。
私は、笑った。
「喜んで」
こうして私は、すべてを奪われた代わりに――
“最強の味方”を手に入れた。
数ヶ月後。
私は隣国の宮廷で、優雅に紅茶を飲んでいた。
「随分と余裕だな」
「ええ。準備は整いましたもの」
レオンが隣に座る。
距離が近い。近すぎる。
「……近いですわよ」
「嫌か?」
「嫌ではありませんが」
――この男、本当に距離感がおかしい。
だが、その視線は真剣だ。
「で、どう動く?」
「簡単ですわ」
私はカップを置いた。
「まず、アルベルト殿下の不正資金を暴きます」
「ほう」
「次に、リリアナの家の不正取引も」
「徹底してるな」
「当然ですわ。中途半端な復讐など、意味がありませんもの」
レオンは満足そうに笑った。
「いい顔だ」
「……褒め言葉として受け取ります」
彼は不意に、私の手を取った。
「終わったら、どうする?」
「どう、とは?」
「復讐が終わった後だ」
私は少し考えて、答えた。
「……自由に生きますわ」
「なら、その隣は俺がもらう」
「……はい?」
あまりにも自然に、とんでもないことを言う。
「お前、俺のものだろ」
「なってませんけど!?」
「なる予定だ」
「決定事項みたいに言わないでください!」
――この男、本当に冷酷王子なの?
思わず頭を抱える。
だが、胸の奥が少しだけ温かい。
「……まあ、悪くはありませんけど」
「素直でよろしい」
彼は満足そうに笑った。
そして――
復讐の日は訪れる。
王国は不正の嵐に飲まれ、アルベルトは失脚。
リリアナもまた、すべてを失った。
かつて私を笑った者たちは、皆、地に落ちた。
――完璧な結末。
「終わりましたわね」
「ああ」
レオンが隣で呟く。
「で、これからは?」
「……そうですね」
私は少しだけ微笑んだ。
「溺愛、してくださるのでしょう?」
「当然だ」
即答。
そして彼は、私の手を強く握った。
「一生な」
――その言葉に。
私は、初めて心から笑った。
復讐の果てに手に入れたものは、
“すべてを奪い返した未来”と――
少しだけ、不器用で。
とても、甘い愛だった。




