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婚約者の不倫で捨てられた私は“無能令嬢”と呼ばれたけれど、隣国の冷酷王子に拾われて溺愛されながら全部奪い返します

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/04/01

 ――その日、私はすべてを失った。

 いや、違う。

 “奪われた”のだ。

「エリシア・ヴァルディエール! お前との婚約はここで破棄する!」

 煌びやかな舞踏会の中心で、私の婚約者――王太子アルベルトは、まるで英雄気取りで声を張り上げた。

 周囲の視線が、一斉に私へと突き刺さる。

 ……ああ、始まった。

「理由は明白だ! お前は冷酷で嫉妬深く、我が愛するリリアナをいじめ抜いた!」

 彼の隣で涙ぐむ女。

 リリアナ・エストレア。

 ――私の婚約者と“関係を持った女”。

(演技、下手すぎるのよ)

 震える肩。濡れた瞳。

 どれもこれも、わざとらしい。

「……それで?」

 私は静かに口を開いた。

「証拠は?」

「な、なに……?」

 アルベルトが狼狽える。

 その一瞬の揺らぎを、私は見逃さない。

「いじめの証拠。不倫の証拠。どちらも、あなたが提示するべきでしょう?」

「ふ、不倫だと!? 私は真実の愛に目覚めただけだ!」

 ……ああ、出た。

 テンプレートみたいな言い訳。

 私は小さくため息をついた。

「では、こちらも提示しましょうか」

 私は懐から一枚の魔導記録石を取り出す。

 ――それは、音声と映像を記録する高価な魔道具。

「な、何だそれは……!」

「あなたがリリアナと密会していた証拠です」

 会場がざわめいた。

 私は迷いなく、記録を再生する。

 ――映し出されるのは、夜の庭園。

 絡み合う二人の姿。

『エリシアなんて、ただの政略だろ?』

『まぁ、あの女は邪魔よね』

 ……完璧な証拠。

 空気が凍る。

「な……っ!?」

 アルベルトの顔が青ざめ、リリアナの涙が一瞬で止まった。

 ――滑稽。

「これでもまだ、私が加害者だと言えますか?」

「き、貴様ぁぁ!!」

 怒鳴る声。だが、その怒りにはもう力がない。

 勝負はついた。

 そう思った、その時だった。

「面白いな」

 低く、よく通る声。

 会場の空気が一変する。

 振り返ると、そこにいたのは――

「隣国の王子……レオン・ディルクハルト様……!」

 ざわめきが広がる。

 漆黒の髪。氷のような瞳。

 冷酷と噂される男。

 その彼が、まっすぐに私を見ていた。

「エリシア・ヴァルディエール。お前、行く場所はあるのか?」

「……ありませんわ」

 私は正直に答えた。

 家も、地位も、すべて奪われる。

「なら、来い」

 短い一言。

「俺の国で保護してやる」

「……条件は?」

「簡単だ」

 彼は、わずかに口元を歪めた。

「その復讐、俺も楽しませろ」

 ――その瞬間。

 私は、笑った。

「喜んで」

 こうして私は、すべてを奪われた代わりに――

 “最強の味方”を手に入れた。

 数ヶ月後。

 私は隣国の宮廷で、優雅に紅茶を飲んでいた。

「随分と余裕だな」

「ええ。準備は整いましたもの」

 レオンが隣に座る。

 距離が近い。近すぎる。

「……近いですわよ」

「嫌か?」

「嫌ではありませんが」

 ――この男、本当に距離感がおかしい。

 だが、その視線は真剣だ。

「で、どう動く?」

「簡単ですわ」

 私はカップを置いた。

「まず、アルベルト殿下の不正資金を暴きます」

「ほう」

「次に、リリアナの家の不正取引も」

「徹底してるな」

「当然ですわ。中途半端な復讐など、意味がありませんもの」

 レオンは満足そうに笑った。

「いい顔だ」

「……褒め言葉として受け取ります」

 彼は不意に、私の手を取った。

「終わったら、どうする?」

「どう、とは?」

「復讐が終わった後だ」

 私は少し考えて、答えた。

「……自由に生きますわ」

「なら、その隣は俺がもらう」

「……はい?」

 あまりにも自然に、とんでもないことを言う。

「お前、俺のものだろ」

「なってませんけど!?」

「なる予定だ」

「決定事項みたいに言わないでください!」

 ――この男、本当に冷酷王子なの?

 思わず頭を抱える。

 だが、胸の奥が少しだけ温かい。

「……まあ、悪くはありませんけど」

「素直でよろしい」

 彼は満足そうに笑った。

 そして――

 復讐の日は訪れる。

 王国は不正の嵐に飲まれ、アルベルトは失脚。

 リリアナもまた、すべてを失った。

 かつて私を笑った者たちは、皆、地に落ちた。

 ――完璧な結末。

「終わりましたわね」

「ああ」

 レオンが隣で呟く。

「で、これからは?」

「……そうですね」

 私は少しだけ微笑んだ。

「溺愛、してくださるのでしょう?」

「当然だ」

 即答。

 そして彼は、私の手を強く握った。

「一生な」

 ――その言葉に。

 私は、初めて心から笑った。

 復讐の果てに手に入れたものは、

 “すべてを奪い返した未来”と――

 少しだけ、不器用で。

 とても、甘い愛だった。

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