第1章 はじめに――「創造主のパソコンのストレージ」に我々は存在するのか
私たちが暮らすこの世界は、いったい何なのか。人類は太古の昔から「神が世界を創った」という創造神話を語り継いできた一方で、近現代の科学はビッグバン理論や進化論を通じて宇宙の始まりや生命の起源を説明しようと試みてきた。しかし21世紀に入り、コンピュータ技術の爆発的発展や情報理論の進化、さらには量子力学や宇宙論の新展開を背景に、「この宇宙自体が上位存在のコンピュータ、つまり“創造主のストレージ”のようなものではないか」という大胆な仮説が注目されつつある。
これは「シミュレーション仮説」と呼ばれる理論の一形態であり、たとえばニック・ボストロム(スウェーデンの哲学者)が提示した有名な議論によって広く知られるようになった。その内容を端的に言えば、「高度に発達した文明が、過去の歴史や仮想世界をまるごとシミュレートする能力を得たとき、私たちの現実がそのシミュレーションの産物である可能性が高い」というものである。ここでは、さらに一歩進めて、このシミュレーションを運営する“上位存在(創造主)が持つパソコンのストレージ”こそが私たちの世界そのものではないか、という形で問題を提起する。
本稿では、まず創造主のストレージ内仮説とはどのようなものかを概観したうえで、現代の最新理論――シミュレーション仮説、量子情報理論、ホログラフィック原理、アバター的世界観など――を取り込みながら考察を展開する。そして、この仮説が私たちの現実認識や宗教観、死生観にどのようなインパクトをもたらすかを論じ、最終的には「ではなぜ私たちはこの仮説を確信も否定もできないのか」「それでもこの仮説から得られる意義は何か」という点に結論を導きたい。




