断頭台で人生終わったはずの悪役令嬢でしたが、神様に土下座されて蘇生したので、これからはのんびり暮らします。
ガチャン!
断頭台に両手と首を拘束されたのが引き金か……突如、私は前世の記憶を思い出した。
「え! わ、私、悪役令嬢だったのーー⁉︎」
あたふたと脳内パニックを起こしている間に、横に立つ執行官がさっと手を下げ、実行役は張られた縄に斧を振り下ろした。
ドンッ! ガシャンッ‼︎
混乱していたお陰……と言っていいのだろうか。落下した鋭利な刃により、首が胴体からスパッと斬り離された、瞬間……痛みは、まるで感じなかった。
ただ、壇上に転がった頭から自分の首の切断面を見た途端、意識はブツッと途切れたのだった。
◇◇◇◇
ズササササーーッ!
「リノア嬢! 本当にすまないっ‼︎」
ふわふわな雲の上に立つ私は、目の前の男神から出会い頭でスライディング土下座をされた。
さっき斬られた自分の首を、無意識的にそっと撫でると……あぁ、繋がってる。精神世界だからかな。
でも、良かった。首無騎士みたいに頭を小脇に抱えてなくて……。
「あの、すみませんが、何の謝罪ですか?」
「実は……女神にちょっと手伝いを頼んだ隙に、貴女の斬首刑が執行されてしまったのだ。リノア嬢は彼女の推しだったのに!」
……推し?
女神様は、私のことを天界から見ていてくれたの?
「貴女が断罪される際に、天から使いを飛ばして救う算段だったらしいのだが……その……私がそれを……うっかり邪魔してしまったようで……」
「そんな……」
でも……私が断罪されるのは、初めから決まっていたってこと?
前世の記憶が無かった私は、リノア・クロスグロッド公爵令嬢として、王子の婚約者として、恥じない生き方をしてきたつもりだ。
礼儀作法、勉学、社交、王妃教育……必死で努力して得てきたものは……宿命の前では、全て無駄だったの?
いや……考えても、もう遅い。
だって、公爵令嬢リノアはもう死んでしまったのだから……『聖女暗殺未遂』という身に覚えのない罪状を言い渡されて……。
「決まっていたなら……仕方ないですね。それでも、私のことを見守って下さっていたなんて……出来るなら、その女神様に一言ご挨拶を……」
すると、男神が苦々しげに口を開いた。
「貴女を救えず、『推しが死んだ……』と嘆いた彼女は荒れに荒れてな……大暴れで、そりゃもう手が付けられずに大変で……今、眠りを司る神に助けて貰い、ようやく鎮静の眠りについている。そこで……」
パンッ!
両手を合わせ、土下座のまま男神が私を拝む。
「すまん、リノア嬢! 生き返ってくれ!」
「……は?」
「光を司る女神が伏せってしまい、貴女のいた王国は今、闇に覆われている! このままだと、国民は皆、今年中に滅亡する!」
「滅亡⁉︎ そ、そう言われましても……」
ふっと、脳裏に公爵家の両親、可愛い弟、使用人達の顔が次々と浮かんだ。
思えば、屋敷を一歩出た外の世界では、随分と酷い扱いをされてきた。陰で『聖女を虐める悪役令嬢』と呼ばれていたのも知っている。
正直、誰がどうなろうと、もはや死人の私の知ったこっちゃないが……私の大切な人達が苦しむのは、嫌だ。
でも……。
「生き返るって……また、イチから人生やり直しですか? えっと、それは……ちょっと……」
思い出される努力の日々。
また、好きに歌うことも我慢して淑女らしくしなきゃいけないの?
また、睡眠時間を削って課題を解かなきゃいけないの?
また、嫌味に笑顔を返す顔面筋トレしなきゃいけないの?
また、腹黒聖女と浮気王子のイチャイチャを見なきゃいけないの?
……色々と知ってしまった以上、もうあの苦行のような生活に耐えられる自信が、私にはない。
「いやぁ……実は……女神が暴れて、皆で取り押さえる時に、時を司る神が負傷してしまい……」
「?」
なんだか歯切れの悪い物言い……男神は一体、何が言いたいのだろう?
「時は……巻き戻せないのだ」
「えっと……では……やっぱりデュラハンのように生き返れと?」
「いやいやいやいや! そんなことになったら今度こそ私が女神に殺される! 聖教者達全員には、すでに啓示を降ろし、リノア嬢の身体を丁重に保護するよう指示してある! 治療も行わせている! っていうか、私が生命を司る神だから!」
「え……でも、あの聖女がいる神殿……ですよね?」
「だ、だ、だ、大丈夫だ! 神通力は高いが、ちょっともうフゴフゴ何言ってるか分からない老齢司教は退任させた! それを他の神官が超ご都合解釈で伝達してくることはもうない! あの聖女の好きにはさせない……っていうか、もう、すぐさま国外追放しておく! クソ王子も即行で幽閉だーーっ!」
男神は必死だ。ヤケクソ気味。
超好条件を提示して、私にどうあっても『はい』と言わせたいのだろう。
……どんだけ女神様は怖いんだ?
……………
暫し考えてから、小さく溜息を吐き出し、男神に尋ねた。
「私にとって、快適で生きやすい環境に設定してくれる……そう、受け取ってもいいんですね?」
「あ、あぁ! もちろん! 私が保証する! なんなら、生き返ってからもアフターフォロー万全にする! 24時間対応でいつでも駆けつける!」
「生命を司る男神のご加護……承知致しました。では、私からも一つお願いが……」
「はい、喜んでーーっ!」
私はそっと、自分の首を指差して告げる。
「私の斬り落とされた首を繋いで頂いたら、傷跡はどうぞそのままにしてください」
「え?」
男神は不思議そうに首を傾げたのだった。
◇◇◇◇
「「あぁ! 愛しいリノア〜〜!」」
「「「「お嬢様〜〜!」」」」
「……あ……っ……」
花いっぱい詰められた棺桶の中で目を開けた瞬間、愛する両親と使用人達が涙を流しながら私の蘇生を喜んでくれた。
あぁ、身体が……ひどく重たい。声も上手く出せない。……当然か、丸一日死んでいたらしいからね。
時を司る神様が怪我してなければ、ちょろっと時間を止めといてくれたんでしょうけど……まぁ、贅沢を言ってはバチが当たる。
◇
カシャン……カラカラカラ……
使用人に介抱されて車椅子へと移り、それを後ろから押してもらいながら、神殿を後にした。
その際、通路の両脇にずらりと並んで、頭を下げる神官や聖女達の顔を順に見遣った。生前、私に陰口を叩いていた人々……皆、揃いも揃って血の気の失せた顔をしていた。
だが、私へ冤罪をかけたあの聖女はどこにも見当たらなかった。
きっと、もう男神が手を回した後なのだろう。対面の際にどんな顔をすればいいか分からなかったから、正直、会わないで済んだことにホッとした。
たぶん……よくある話から推測するに、彼女はこの世界をよく知る『転生者』だったのだろう。
だけど、私はこの世界が何の物語かも何も知らない。小説か、マンガか……それとも乙女ゲーム?
ただ、クロスグロッド公爵家の令嬢として生まれ、18年間……確かな誇りと共に、ここで生きてきた。
それをヒロインやら物語の強制力やらで訳もわからず奪われたことが……ひどく虚しく……そして悲しかった。
◇
帰りの馬車に揺られながら、両親が口々に昨日今日の事情を話してくれた。
男神が言っていた通り、やはり既に彼が手を尽くしてくれた後のようだ。
聖教者はもちろん、国王夫妻や私の両親である公爵夫妻の夢枕に立って、聖女と王子のなんやかんや、私の冤罪を全てぶち撒けたらしい。
「あいあとう……ん、んんっ!」
「ああ、リノア! 無理しないで。ゆっくりでいいから、まずは身体も心も休めましょう」
「クソ王子との婚約は解消となった。もう何も気にしなくていい。ただ、元気でいてくれたら、それで……」
二人が優しくそう言い、お母様がそっと私を抱き締めてくれた。
ずっと……気を張っていたのかもしれない。母の温かな体温をじわりと感じ、ようやく、私の目からポロポロと涙が溢れたのだった。
カタンッ……
ひとしきり泣き終えた頃、タイミング良く馬車が屋敷に到着した。きっと御者の配慮なのだろう。私の傍には、こんなにも優しい人達で溢れている。
ふっと見上げた空は、まだどんよりと曇っていた。だが、男神の言っていた『闇』とは、どうも違うように思う。
女神様もそろそろ目を覚ました頃だろうか?
ぎこちない動作でなんとか手を持ち上げ、首をそっと触る。
指先の感触で、生々しい傷痕がぐるりと一周しっかりと身体に刻まれているのがわかった。
自分が一度処刑されて、生き返ったことをあらためて思い知る。
これを見た人はきっと青ざめるだろう。目を背けたくなるだろう。眉を顰めるだろう。
……それでいい。
私は心の中でそっと、ほくそ笑んだのだった。
◇◇◇◇
「あ、あぁ〜〜っ、んーーんんっ……」
「リノア様、調子はいかがですか?」
公爵邸の庭で、いつものように発声練習をしていると、後ろからティーセットを持った侍女のココが尋ねてきた。
「他の器官は損傷が少なかったみたいだけど、喉はまだ駄目ね」
首をしっかり斬り離されたせいか、それとも傷を残してもらうよう注文をつけたからか、少し違和感が残る。以前と同じように声を出すには、まだ時間がかかりそうだ。
「そうですか? リノア様、鼻歌から歌い始めて、もうこれだけ観客を集めてますけど?」
そう言って、ココが庭先に並ぶ小鳥達をそっと指さした。
男神から教えてもらったのだが、女神様は無意識に私が口ずさんでいた前世の歌がお好きだったそう。
その上、真面目に頑張っているのに報われない私のことを、ヤキモキしながら天界からずっと推し……見守ってくれていたらしい。
恩返しに、いつかまた歌えるよう、ゆっくりとリハビリしていこう。
「あら、あの子……リノア様とお揃いみたい!」
「ふふっ、本当ね」
まるで襟巻きをしているかのような模様の小鳥が一羽、小さな観客の中に紛れていた。
屋敷の皆の顔を曇らせたくないので、首元の傷は幅広のチョーカーで隠している。最近はココお気に入りのひらひらリボンタイプが多い。
もう堅苦しい夜会に出ることも無いので、シンプルで動きやすく、着心地のいい洋服ばかり。そこに、彼女の選ぶチョーカーが丁度ワンポイントのような役目を果たしていた。
ザザッ!
「リノア様!」
その時、執事のディオルが慌てた様子で庭に駆け込んできた。
「ディオル……そう、分かったわ」
彼の様子からすぐに状況を察した私は、しゅるりと首元のリボンを解き、それをココに渡す。
そして、くるりと向きを変え、ディオルと共にお客様を待たせている客間へと足を進めたのだった。
◇◇◇◇
「お断りします」
「リノア嬢! ま、まだ何も話しておらんではないかぁ〜〜」
公爵邸の来賓室で、国王様が縋るような情けない声を上げた。
公爵家執事ディオルが門前払い出来ない身分のお相手といえば、おのずと数は限られる。
……どうせ婚約破棄となった第一王子の代わりに、第二王子をオススメしてくる気だ。
「リノア」
「王妃様……」
「うちのバカ息子が、本当に本当に本当に……それはもう、とんでもなく迷惑をかけました!」
えぇ、お陰で死にましたからね。
「でも……貴女以外、王妃に相応しい令嬢はこの国にいないのよ……しかも『神の愛し子』だなんて……」
そうおっしゃるとも思っていました。
でも、男神の加護なんて、オプションサービスみたいなもんですよ?
どうやって使うかも、何がついてるかもよく分からない。
この王妃様も、身内以外で私に良くしてくれた数少ないうちの一人。厳しい王妃教育をなんとか乗り越えてこれたのも、彼女の支えがあったからだ。
……でも、もう私は頑張れない。
操られていた者により扇動されたとはいえ、私のことを処刑したこの国の人々の為に、一体何を頑張れというのだ。
「ご覧下さい、これを……」
私は顎を上に向け、首元がはっきりと分かるように、国王夫妻に見せつけた。
色白の肌に浮き上がるドス赤く変色した分厚い瘢痕、上下を縫い合わせた糸の規則正しいステッチ、それによって引っ張られた皮膚……表面がボコボコ隆起した直視するのが憚られる傷だ。
それを見て王は顔を顰め、王妃様は小さな悲鳴と共に口元をパッと手で押さえた。
「首斬り令嬢なぞ、国母に相応しくありません。どうぞお引き取りを……」
「……すまなかった」
「本当に……ごめんなさい」
有無を言わさぬ迫力で、私は国王夫妻を屋敷から追い返したのだった。
◇◇◇◇
しゅるん……キュッ!
「はい! リノア様。出来ましたよ!」
「ありがとう」
自室に戻ると、ココがさっき預けていたリボンを私の首にさっと巻き直し、結び目を綺麗に整えてくれた。
「もしかして……首の傷をわざと残したのは、この為ですか?」
「えぇ、もう堅苦しいのはコリゴリだし、婚約とかもう、そんなんどうでもいいわ。文字通りの傷モノ令嬢を嫁に貰いたいなんていう殿方もいないでしょう。公爵家は弟が継ぐ予定だし、国から慰謝料はたんまり貰った……これから先も独身貴族、のんびり暮らしていくわ」
ココが入れ直してくれた紅茶を啜り、ほうっと溜息を吐き出した。
ピチョン……
「ん?」
次の瞬間、紅茶の水面がぐにゃりと歪み、そこに見覚えのある顔が突如浮かび上がった!
「リノア嬢ーーっ! 頼むーーっ!」
「ぎゃっ!」
「ひえぇぇぇぇーーっ! こ、紅茶が喋ったーーっ??」
カップ内の水面が見えていない侍女が、私より一回り大きな悲鳴を上げた。
「ココ。だ、大丈夫よ。これ、男神だから……」
「リノア嬢、『これ』とは酷い。しかも、女神にはずっと『様』を付けてるのに、私は敬称無しって……」
「で、何のご用です?」
男神の言葉をスルーして、先を促す。
「た、大変なんだ! 女神が『リノア嬢が伴侶を迎えて幸せになってくれなきゃ、私も結婚しない!』と言いだした! このままじゃ、私は婚約破棄されてしまうかもしれん……どうしよう⁉︎」
恐らく、まだ女神様はこの男神を完全には許していないのだろう。今後、私の幸せ度合で彼女の心が軟化するかもしれないけど……できれば、神様の痴話喧嘩に巻き込まないで頂きたい。ついさっき、『平和に暮らす宣言』をしたばっかりなのに……。
「どうしようって、そんなこと言われましても……そんな理由で断られるなら男神の魅力なんてその程度なのでしょう」
「ぐはっ! 辛辣っ! そんなこと言わずに助けてくれ、リノア嬢〜〜!」
「私はのんびり暮らしたいのです。色恋沙汰はもうごめんですわ。ではご機嫌よう」
ずずーーーーっ!
「あぁ〜〜っ!」
腰に手を当て、カップに残っていた紅茶を一気に飲み干して、私は目の前の男神を消し去ったのだった。
「リ、リノア様……いいんですか?」
「いいの、いいの。どうせ、またどっかからひょっこり顔を出すでしょ。はぁ……私の平穏無事なのんびりライフはまだ先になりそうね」
溜息と共にそう溢してから、私はくるりと天井の方を振り向き、そちらに声を掛けた。
「女神様ーー! 私の喉がもう少し良くなったら、心を込めた歌を捧げますので、その時は男神のこと、ちょこっとだけ許してあげてくださいねーー!」
すると、私の言葉に応えるかのように、一枚の白い羽が窓からふわりと室内に届いたのだった。
おしまい
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
お暇つぶしになったでしょうか?
評価、感想、いいね等を頂けたら嬉しいです。
誤字脱字報告ありがとうございます!
たくさんの反響を頂いたので、続編も書いてみました。
『黄泉返った蘇生令嬢はのんびり暮らしたいのに、今度は第二王子が土下座してきました。』
もし宜しければ、そちらもどうぞ。




