完璧なアイドル
冬の夜は綺麗で美しい。車の走る音、若者たちの笑い声、身体を震わせる冷たい風。強くギュッと握った手は赤くなっていた。「ちょっと今日は疲れたなぁ」だれも居ない場所でそう呟く。
私はアイドルをしている。私の大好きなこと。今日は初めて5000人キャパの会場でライブをした。長い年月を経てついにこのステージに立てたのだ。そう思いながら夜風に当たり、今までのことを思い耽ていた。10人組のアイドルグループとしてスタートし、メンバーの何人かは元々アイドルをしている人達で、私はオーディションを経てメンバーになった。いわゆる前世のある人がメンバーにいてくれたおかげでデビューライブでも100人近くの人が足を運んでくれた。初めてステージに立つ。レッスンで叩き込まれていたはずの動きや歌い方ができない。手足の先までの筋肉が固まってしまっているかのようにスムーズに動けない。頭の中は真っ白で何も考えられない。デビューライブはただ酷い有様ですごい情けない姿で最悪だった。私はその時感じたことを忘れないと思う。。それでも活動をし続けていくと不思議と実力がついてきて緊張もなくなった。そしてファンは増えていき、私を推してくれる人もいた。デビューから1年と少しがたった時、ライブのキャパは500人くらいになり、それなりに売れていた。けれどそこから5年間は右肩上がりではあったものの非常に弱い勢いであった。それでもメンバーの仲は良いものだったし、アイドルとしてファンを笑顔にすることが何よりも嬉しかったし楽しかったから苦しい思いはあまりなかった。そこから1年たったある日SNSでバズっていたのだ。私たちの音楽が動画で使われてそれが多くの人に刺さり真似をする人が増えてどんどん数字を伸ばしていた。そのおかげもあってメンバーのSNSのフォロワーもどんどん増えた。次のライブはまさかの1000人キャパの会場がすぐに売り切れになった。全然見覚えのない人達がたくさんいる。その勢い止まらずTV番組、音楽イベント色んなところに呼んでもらえるようになった。新曲を出すペースも早くなり、どれも今までとは全く違う伸び方をしていた。そのおかげもあってメジャーデビューの話が降りてきた。もちろん全員が待ち望んでいたことでひとつ大きな夢が叶った。みんなが涙を零し抱き合った。人生で1番幸せな時間だったかもしれない。最高の1年になったと感じたがちょっと恐ろしいという思いもあった。自分たちが何年間もやってきて停滞していたものがたった数ヶ月でこんなにも上がる。SNSで使ってくれた人たちに感謝すると同時にこれが果たして自分たちの力なのか。これは自分たちの頑張りで得た実力相応のものなのか。その答えはすぐに明らかになった。メジャーデビュー曲はすごく可愛い曲でまさにアイドルという曲だった。今までの勢いを考えてもすごいたくさん人が聴いてくれるだろうなと思った。もちろんたくさんの人が聴いてくれたがあの時の勢いを考えると少し弱くなっていた。ただやっぱり見てくれる人は増えた。そう、目が増えてしまったのだ。メンバーが晒された。メジャーデビューした直後にメンバーが恋愛している所を晒され、それに続くように私を含めた他メンバーも何人か晒された。ほとんどの内容が過去のことで終わったことだった。それでも増えた目はそれを簡単に見逃してくれない。執拗なまで追いかけ絶望に落とそうと努力する。私たちは全力で隠してきたし、それが出来ていたのになんで邪魔をするのだろう。なんでそんな哀れな人間なのか。正直可哀想に感じる。SNSでも私たちを好きでいる人は擁護してくれている。なのになんでそんな邪魔だけしてくるの?あなたたちは別に私たちのファンでもないじゃない。私たちのコミュニティは今まで幸せだったのに。私たちはファンを笑顔にしてきたのに全然フォロワーは増えない。けど絶望に落とし込もうと晒しをする人はフォロワーがどんどん増えていく。おかしいよね。幸せな世界をみんな望んでいるよね。平和を望んでいるんだよね。人は自由に生きる権利があるよね。晒さなければみんな幸せで終われたのに。知らなくてもいい真実はこの世にいくつも存在する。そんなことも分からず晒し、人を不幸にする人は消えた方がいいよね。そうしたら世界は少し綺麗になるよね。外野が、私たちグループに関係のない人達が騒いで炎上する中で迎えた5000人キャパでのライブ。初めてこんなステージでやるから楽しみだった。来てくれたファンは気にせず推してくれた。掛け声も今までで1番聴こえた。楽しそうだしみんな笑顔でいてくれて、私もすっごい幸せだった。やっぱり私は正しいことしているんだ。そう思えた。この時間が幸せでたまらなく大好きなんだ。完璧なアイドルは嘘をついて全てを隠し通す。そうなればいいだけなんだよね。会場からの帰り、私は寄り道をした。晒してきた人と会う約束をしていたのだ。情報をあげるから私たちのことは晒さないで、と先日DMで伝えた。文字のやり取りだと私が情報源と残ってしまうため直接会う事にしたのだ。だが同じ轍は踏まないように周りには人がほとんど居ない夜の河川敷で会うことにした。誰にも見られない場所で彼とあった。久しぶりに緊張が走った。近づくと彼の顔がうっすらと見えた。私たちのファンがそこにいた。私たちの味方だと思っていた人間がそこにいる。その事実に動揺が走った。それでも直ぐに私は落ち着いた。偽りの仮面を被る覚悟はもう決まっていた。そこからの記憶は曖昧で、ただひとつ去り際に彼が叫んでいるのだけは覚えていた。何を言っていたかは分からない。ただこれで明日からまた幸せだけでいっぱいの世界に戻れる。私が大好きでたまらないあの世界。でもまずは綺麗な笑顔を作らないとね。怒りも、悲しみも、不安も。仮面の中に押し込んで。私は完璧なアイドルだから。




