第3話:部長の頭が突然、勇者になった。
「いや、どうして伝説の剣を持ってるんですか!?」
俺は悲鳴を上げた。
バグ修復師は、俺の問いかけに答えることなく、無表情で剣を構えた。
「その剣は、この世界に存在しない『バグ』です。しかし、あなたと接触したことで、その能力が発現しました。これで、あなたを『修復』できます」
「だから、俺はバグじゃないって言ってるだろ!」
俺は必死に逃げた。
「待ちなさい! バグの中心人物!」
背後から、剣を携えたバグ修復師が追いかけてくる。
俺は、会社のエレベーターに飛び乗り、階下の会議室へと向かった。
会議室では、今日のプレゼンが始まるはずだった。
「部長、遅れてすみません!」
俺が息を切らして会議室の扉を開けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
会議室の中央、商談テーブルの向かい側には、取引先の社長が座っていた。
しかし、その姿は、まるで『魔王』。
黒いローブを身につけ、巨大な角を生やし、禍々しいオーラを纏っている。
そして、その隣には、彼の手下と思われるゴブリンやオークたちが控えていた。
「ぐふふ……! 我が魔王軍に、お前たちのような愚かな人間が、何を売りつけにきたか、見せてもらおうか!」
魔王と化した社長が、高笑いを上げた。
俺は、もう……何も考えられなかった。
しかし、さらに信じられない光景が、俺の目に飛び込んできた。
「たわけが! 魔王の分際で、この勇者の前にひれ伏すがよい!」
魔王の前に、ドヤ顔で座っているのは、俺の直属の上司、鬼部長だ。
しかし、部長の頭からは、なぜかピカピカと光る後光が差しており、その手には、巨大な盾と、輝く剣が握られていた。
「……部長、勇者になってる……」
俺は、絶望的な声で呟いた。
「お前が魔王軍の幹部か! この『伝説の勇者・ユウシャ』が、お前の邪悪な企みを打ち砕いてくれるわ!」
部長は、興奮したように叫んだ。
「ぐふふ……面白い! だが、このプレゼン、いや、この商談は、我らが魔王軍の勝利に終わるのだ!」
魔王と化した社長が、プレゼン資料を広げた。
「おい、山田! お前も早く来い! この魔王軍に、我が社の優れた技術を見せてやるのだ!」
部長が、俺に向かって叫んだ。
俺は、もう逃げることはできないと悟った。
なぜなら、会議室の扉の向こう側には、伝説の剣を携えたバグ修復師が立っていたからだ。
「……や、やります!」
俺は、覚悟を決めて、会議室の椅子に座った。
俺の隣には、勇者になった部長。
そして、向かい側には、魔王と化した社長。
「……プレゼン、始めます……」
俺は、震える声で言った。
「ふん! 愚かな人間よ! 我が魔王軍が提案する、『魔王軍式人材マネジメントシステム』の効率性に、ひれ伏すがよい!」
魔王が、プロジェクターのスイッチを押した。
スクリーンには、禍々しいフォントで書かれた、プレゼン資料が映し出された。
「ぐふふ……我が魔王軍が開発したこのシステムは、ゴブリンやオークといった、多様な人材の能力を最大限に引き出し、組織の生産性を飛躍的に向上させます!」
魔王が、得意げに語る。
「たわけ! そんな邪悪なシステム、この勇者が許すものか! 我が社の『伝説の勇者育成研修プログラム』こそが、真の組織成長をもたらすのだ!」
部長が、テーブルを叩いて叫んだ。
「馬鹿な! そんなものでは、我が軍の侵攻速度には敵わん!」
「何を言うか! 我が社のプログラムは、社員一人ひとりの『勇者力』を測定し……」
俺は、二人のプレゼン合戦を聞きながら、頭が痛くなってきた。
これは……商談じゃない。
ただの、ファンタジーの登場人物の、痛々しい寸劇だ。
しかし、俺には、この商談を成功させなければならないという使命があった。
なぜなら、俺の給料は、この商談の成功にかかっているからだ。
俺は、必死に思考を巡らせた。
勇者と魔王のプレゼンを、どうにかして、ビジネスの世界に落とし込むことはできないか。
「あの……」
俺は、恐る恐る口を開いた。
「部長、社長。その……どちらも、素晴らしいプレゼンだと思います。ただ……」
俺は、言葉を選びながら続けた。
「魔王軍のシステムは、人材の多様性を活かす、新しい時代のマネジメントモデル。そして、勇者育成プログラムは、社員のスキルアップを促す、王道の教育モデル……」
「……それで、お前は何を言いたいのだ?」
部長と社長が、訝しげに俺を見た。
俺は、震える声を絞り出した。
「ですので……二つのシステムを組み合わせた、『勇者と魔王が共存する、ハイブリッド型人材育成システム』を、ご提案します!」
俺の提案に、部長と社長は、目を丸くした。
「……勇者と魔王が共存……?」
二人は顔を見合わせ、そして、ニヤリと笑った。
「ぐふふ……面白い! その提案、我らが魔王軍、乗った!」
「よし! 我が勇者も、その提案に賛同する! さすがは我が部下、山田だ!」
商談は、無事に成功した。
俺は、ホッと胸を撫で下ろした。
そして、その日の夕方。
俺は、バグ修復師から逃げ切り、ドラゴンも元の場所に戻ったと聞いた。
これで、俺の日常は、平穏に戻る。
そう思っていた。
翌朝、俺は、枕元に置かれた、一振りの光り輝く剣を見て、再び絶望することになる。
……俺の日常、まだバグってた。
キャラクター紹介
山田 太郎
35歳、ごく普通のサラリーマン。
平穏な日常を愛する真面目な常識人だが、突如として非日常的な「バグ」に巻き込まれる。
心の中では常に状況にツッコミを入れている。
バグ修復師
山田を追う、謎の存在。
クールで無表情。感情をほとんど表に出さない。
山田を「バグの中心人物」と見ており、その「修復」を図ろうとする。
バグ
今回は「駅のホームで寝ているドラゴン」「会社の給湯室に発生したスライム」「勇者と化した部長」「魔王と化した社長」。
物理法則を無視した事象として現れ、一般市民には認識されない。
明確な悪意はなく、それぞれの特性に従って行動する。




