第9話《返された未来》
【1】留置所・面会室(午前)
(金属製のテーブル。その上に書類。手錠をかけられた良太が座っている。対面の捜査員は、淡々と資料を確認している)
捜査員
「“家族だから不法侵入じゃない”──そう供述されてますね」
(ページをめくる音)
捜査員
「ただ、あなたと歌原彩さんの間に、法的な血縁は確認されていません。
過去にも“妹です”と名乗って接触し、記録が残っています」
「ストーカー規制法に抵触する可能性があります」
(良太、視線を落とす)
捜査員(ややトーンを落とし)
「“つきまとい行為”として、警告を出す予定です。第4条に基づく、警察官の職務として」
(書類をまとめ、トンと机に置く)
捜査員
「現在、彼女は“被害届を出さない”と言っていますが──
一度出されれば、“接近禁止命令”もありえます。裁判所による正式な命令です」
(良太に目を向け)
「……あなたが彼女に執着する理由は知りませんが、
もう“家族”と名乗れば許される時代じゃありません」
(その横に、霊体のレイラが立っている。美しく、静かな存在。だが、その姿も、声も──この世界の誰にも届かない)
(良太、力の抜けた声で)
良太
「……寝てたんで。記憶にないっす」
レイラ(飄々と)
「ねぇ良太、そろそろマイ枕持ち込んだら?」
(良太、壁をぼんやりと見つめ、応じない)
【2】彩・自室(同時刻)
(朝の光が静かに差し込むリビング。テレビもスマホも音を立てず、秒針の音だけが響く)
(スマホに通知)
> 「今日の現場、よろしくです〜!」
(彩、画面を閉じ、なんとなくインスタのプロフィールを開く)
> フォロワー:43,892
ストーリーズ完走率:41%
保存率:7.2%
CTR:1.2%
案件獲得率:0.8%(業界平均2.4%)
所属:ウィズコレクト第3事業部(非推奨枠)
紹介文:
「“レイラの妹”と呼ばれて五年──まだ、姉の影の中」
彩(心の声)
「……数字だけ見れば悪くない。
でも来るのは、通販や深夜番組のオファーばかり。
“第三事業部の顔”って呼ばれても──冷却枠ってことくらい、私が一番わかってる」
(画面を閉じる。ふと、テーブルの通帳に視線が落ちる。そっと開く)
> 名義:歌原彩
残高:¥500,038,114
振込メモ:『未来のため』
彩(心の声)
「……この通帳……姉さんが、本当に……?」
(ふいに、あの懐かしい香りが鼻をかすめる)
彩(心の声)
「香水……ステージ袖に漂ってた匂い。姉さんの気配」
(目を閉じ──あの日の記憶がよみがえる)
彩(心の声)
「私の発表会に、姉が来た。花束を持って。
注目されたのは、もちろん姉だったけど……
あの花束は、“舞台に立って”っていうサインだったのかも」
(通帳を閉じ、そっと胸に抱きしめる)
彩(心の声)
「──五億も残して、“これで全部揃うでしょ”ってこと?
そんなの……重すぎるよ、姉さん……」
(俯きながらも、少しだけ顔を上げる)
彩(心の声)
「……あの人──良太。
どうしてこの通帳を持ってたの?
姉さんと、どう関わってたの……?」
(小さく息を飲む)
彩(心の声)
「知りたくない。でも、ここで向き合わなきゃ……きっと後悔する。
今だけは、逃げたくない──」
(ぎゅっと通帳を抱きしめ、顔を上げる)
──第10話へつづく。