第8話《五億円のダイイングメッセージ》
【1】留置所・独房(早朝)
(薄明かりが滲む独房。コンクリートの壁、擦れた毛布。誰かが寝返りを打つ)
(良太、まどろみの底から浮かび上がるように目を覚ます)
良太
「……留置所の朝って、変に静かだ。
テレビもない、スマホも触れない。
ただ壁の染みと、蛍光灯の唸る音だけが、無言で時間を削り取っていく」
(体を起こす良太。その目は、どこか諦めにも似た静けさを湛えている)
良太
「……人間って、どんな場所でも“日常”にしちまうんだな。二度目の留置所でもさ」
(毛布を無造作に畳み、天井を見上げる)
良太
「……で、今回は。俺、何したんだっけ?」
(独房の壁にちょこんと座るレイラに視線を向ける)
(さらりと、女の声が返ってくる)
レイラ
「妹に会いに行っただけよ」
(無人の独房。その中に、彼女は“いる”。完璧な美貌、艶やかな気配。だが誰にも見えない)
(良太はため息をつき、慣れた調子で応じる)
良太
「会いに行っただけで……不法侵入。へえ、そういう時代か」
レイラ
「だってあのマンション、私が彩に買ってあげたのよ?
私が入るのは合法でしょ?」
良太
「それ、完全にアウトだから。そろそろ法学部通ってこいよ……」
レイラ
「はーい♡」
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【2】回想:昨夜・彩のマンション
(無人の廊下。電子音)
> 「ピッ……ピッ……ガチャ」
(オートロックが開き、無音の足取りで中年男の身体を操るレイラが入室)
良太(レイラ・囁き)
「10年同じ暗証番号。“REIRA0503”。変わってなくて助かった……
でも不用心すぎよ」
(荒い呼吸。中年男の体では忍び込むだけで息が切れる)
(バスルームへ直行。脚立を出し、天井裏の点検口を開ける)
(埃の中から──一冊の通帳を取り出す)
(表紙には『歌原 彩』の名)
良太
「……やっぱり、まだ気づいてなかったか」
(静かに吐息)
良太
「──10年前。私は全部決めた。彩の未来を奪わせないために。
口座もマンションも、全部あの子のため。
でも、置いとけば親に持ってかれる。だから……天井裏。ダイイングメッセージってやつ」
(ポーチを開き、苦笑)
良太
「香水もたっぷりかけたのに……気づかないんだもん。あの子、鈍いから」
(微笑むが、目元に寂しさが滲む)
──その瞬間。
> 「ガチャ」
(玄関が開き、彩とマネージャーが帰宅)
マネージャー
「じゃあ明日の打ち合わせ、またLINEしますね〜」
彩
「ありがとう……あれ、電気……?」
(居間に脚立。開いた点検口。目が合う)
良太
「おかえり、妹よ」
彩(絶叫)
「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!」
(即通報。現行犯逮捕。通帳がポケットから滑り落ち、彩の足元へ)
(埃を払い──開く)
> 『歌原 彩』名義
残高:¥500,038,114
(彩の瞳が、かすかに揺れる)
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【3】彩のマンション・夜遅く
(警察が去った後の静寂。彩は脚立を片付け、点検口を見上げる)
(傍らには、あの通帳)
(彩、震える手でページをめくる)
彩(心の声)
「……本当に……姉さんが?」
(ふと、鼻腔をかすめる懐かしい香り)
彩(心の声)
「……香水……あの香り。
ステージ袖に、いつも残ってた……姉さんの印……」
(ふいに、部屋のどこかから笑うような息づかいが)
(彩、身をすくめて自分を抱く)
彩
「……まさか、ね」
(無風の部屋で──通帳のページが、ゆっくりと一枚、めくられた)
──暗転。
──第9話へつづく