第7話《ただの中年と、伝説の女》
【1】夜の公園・ベンチ(つづき)
(沈黙。虫の声が遠のく)
良太
「……こっからどう生きんだよ……
43歳、無職、友達ゼロ、逮捕歴あり、悪霊付き……
こんなの、人生って言えんのかよ……」
(隣で黙っていたレイラが、静かに口を開く)
レイラ(柔らかく)
「……大丈夫」
良太
「何がだよ……」
(レイラ、少し間を置いて)
レイラ
「……さっき、言わなかったけどさ。
あんたの身体に入ってたとき──
いろんな“記憶の破片”が流れ込んできたの」
レイラ
「こたつでひとり、夜中に泣いてたこと。
履歴書、出しかけて何度もぐしゃぐしゃにしたこと。
冷蔵庫の中で腐ったお惣菜、誰にも見られず捨てた日……」
レイラ(ゆっくりと)
「ほんの数秒だったけど──
あんたが、どれだけ黙って自分を諦め続けてきたか、……わかっちゃったんだよ」
(良太、目を見開いて言葉を失う)
レイラ(淡々と、でもどこか切なげに)
「だから言わせてもらうよ、あんたの人生——
たしかにクソだった。
クソデブで、ニートで、陰キャで、拗らせてて。
人生終わった風な顔だけ一丁前にして、自己完結してた——」
良太(小さく)
「……口の悪い悪霊だな……」
レイラ(ぴしゃりと)
「でもね。
そんなあんたと“私が繋がった”時点で——
そのクソみたいな人生は、“価値ある人生”に書き換わったの。デブ」
(良太、顔を上げる)
良太
「……勝手なこと言って……」
レイラ(堂々と)
「私はREIRAよ。伝説のトップモデル、神話級のカリスマ!」
「そんな私が、死んでまで選んだ“初めての依代”。
それが、あんた」
レイラ
「つまり──あんたの価値、今この瞬間から“天井ぶち抜き”ってこと」
良太(肩をすくめて)
「……唯我独尊って言葉を、リアルに体現した女がいたって──
あれ、お前のことだったんだな。納得だわ……伝説級の自己肯定力」
レイラ(にやり)
「褒めてくれてありがと♡ デブ」
良太(じと目)
「……いや、今の完全アウトなやつだからな」
レイラ
「え? なんで?」
良太(やや食い気味に)
「“デブ”とか、今どき放送禁止レベルだぞ!?
コンプライアンス、令和なめんなよ。訴えるぞ、マジで……」
レイラ(ケラケラ笑いながら)
「何それ、めっちゃ神経質〜。
昔なんて現場で“ブタ”とか“カバ”とか平気で飛び交ってたのに」
良太(ドン引き)
「お前……時代が平成で止まってんのか……」
レイラ(しれっと)
「止まってるわよ? 死んで10年経ってるもん♪」
良太(絶句)
「……令和の空気、1ミリも読めてねぇ……」
レイラ(にっこり)
「読まない主義♡ 私、現役のときは
“現場で一番嫌われてた”って伝説あるんだから?」
良太(呆れ)
「誇るなよ……
やっぱ本物のREIRAだな、最悪だよほんと……」
レイラ(ドヤ顔)
「ありがと♡ デブ」
良太(即ツッコミ)
「だからそこォ!!」
(良太、呆れながらベンチを立つ)
良太(ふと空を見上げて)
「……母さん、今の俺を見たら、どう思うんだろうな……」
(わずかに息を吐き、首を振る)
良太
「……まあ、誰に笑われても……いいか」
「……悩んでも仕方ねぇ。とりあえず、帰るか……」
レイラ
「はーい♡ デブ人生、リスタート☆」
良太
「……デブデブ言うな、キレんぞ……」
レイラ(あっけらかんと、でも上から)
「悔しかったら痩せなさいよ──
私が入ってる間くらい、見られて恥ずかしくない体にしておきなさい」
良太(むくれるが、深くため息をついて)
「……お前なぁ……その言い草……
……ったく、めんどくさい悪霊に取り憑かれちまったな……はぁ……」
(その背中を夜風が押すように、ふたりは並んで歩いていく)
──静かに、心の中で響くように──
レイラ(心の声)
「……まだ、“見届けてないこと”があるの」
──第8話へつづく