第6話《夢じゃない証拠》
【1】留置所・独房(夜明け直前)
(留置場。無音の時間。空気は冷え、壁の染みすら感情を持ちそうなほどに静まり返っていた)
(暗がりの独房。うっすらと朝の気配)
(良太の身体──現在は“レイラが憑依中”──が、床にへたり込む)
良太(レイラ・小声)
「……っつ……はあ……やっぱ、この体ムリあるわ……」
(そっと腰をさする)
(ヨロヨロと立ち上がり、壁づたいに独房の中を歩く)
良太
「関節がきしむ……腹は重い……可動域もバランスも最悪……」
「……ていうか、この肘……一回どっかぶつけてない? やたら痛いんだけど……」
(四角く限られたスペースの中を、スローモーションで歩く)
(何かを“感じ取るように”、腕を振り、膝を落とし、首の角度を変える)
良太
「……なるほど。たぶんコツは、呼吸と重心ね……」
「この体で、ちゃんと歩けるようにならなきゃ……彩に会えない……」
(ぴたりと立ち止まり、そっと自分の手のひらを見つめる)
良太
「……あたしの手じゃないのに、ちゃんとあたしの動きになる。不思議な感じ……」
(ふと笑う)
良太
「……でも悪くない。──見てきたものが、ちゃんと体に宿ってる」
(良太の身体が床にへたり込み、荒く息を吐く)
──ずるん。
(その身体から、煙のような“何か”が滑り出る)
(ゆっくりと女の姿を取り、うっすらと立ち上がる)
レイラ(霊体・小声)
「……よいしょっと。あ〜臭かった……」
(鼻をつまみながら)
レイラ(霊体)
「……ていうかこの臭い、悪化してない?
汗とカビと……なんか絶望の香りまで混じってるんだけど」
(霊体の肩をすくめながら)
レイラ(霊体)
「……まあいいわ。とりあえず、少し休憩……」
(壁によりかかり、すぅっと姿勢を沈める)
(その横で──)
良太(小声)
「……なぁ」
(レイラ、ちらりと視線だけ動かす)
レイラ
「ん?」
良太(じっと睨みながら)
「……俺の体で、乗っ取りの実験するの……そろそろやめてもらえます?」
レイラ(肩をすくめて)
「いやいや、練習は大事でしょ?
こっちだって急にこんな中年ボディ任されて大変なのよ。
歩くだけで膝ガクガク、関節ポキポキ……」
良太(ため息をつきながら)
「……で、俺のからだから出てくるなり開口一番が“くっさ〜”か……」
レイラ(しれっと)
「だってほんとに臭かったんだもん。汗と加齢臭と絶望のブレンド?」
良太(じわじわと怒りがこもって)
「……せめて、“おじゃましました”くらい言えよ……」
レイラ(あっさりと)
「いやいや、“ただいま〜”でよくない?
だってもう、半分“私の部屋”みたいなもんでしょ?」
良太
「……うっせぇよ……」
(ぺたりと座り直し、天井を見上げる)
良太
「……マジで……夢だったらどんなにマシだったか……」
レイラ(いたずらっぽく微笑んで)
「夢じゃないよ? 現実です。フルコースで♡」
(独房の片隅。良太は正座したまま天井を見つめている)
良太
「……これは夢だな。絶対に夢。霊に取り憑かれて、体を乗っ取られて……現実なわけが……」
レイラ
「ううん。だからぁ、夢じゃないよ〜? 現実です♡」
(良太の肩が、びくりとわずかに揺れる)
(視線を落とし、低く呟くように)
良太
「だったらさ……夢でいいだろ、こんなもん……」
(声に怒りが混ざり始める)
良太
「無職で、キモくて、臭い中年で……
そのうえ霊に勝手に憑依されて、変質者扱いされて……」
(ギリッと歯を噛み)
良太
「だったら夢でいいわ、こんなの……。
ていうか……なんだよあのシーン。触られた相手、あんたの実の妹っぽいじゃん……
それを俺の体でやるか!?」
レイラ(あっけらかんと)
「あれは“私”が“私の妹”にタッチしただけ。
完全にセーフじゃない?」
良太
「セーフなわけあるかァァァ!!」
警官(ドア越し)
「うるさい! 静かにしろ!」
【2】夜の公園ベンチ(釈放直後)
(釈放された良太が、ベンチに座って夜空を見上げている)
(コンビニ袋を抱え、どこか虚ろな表情)
良太
「……夢にしては、やけにリアルなんだよな……。
寒さも、財布の軽さも……」
(財布の中、小銭。割れたポイントカード)
レイラ
「現実、厳しい〜。
でもさ、やり直しにはピッタリなタイミングじゃない?」
良太
「……俺の人生、ここでやり直すのか……?」
レイラ(しれっと)
「うん。私と一緒に♡」
(夜空を見上げる良太)
良太
「……この世界が夢じゃない証拠、あるのか?」
レイラ(トーンを落として)
「あるよ」
良太
「……言ってみろよ」
レイラ
「留置所の床の落書き。
“2006年、女子高生に告白して玉砕”。見たでしょ?」
(カットイン:床に刻まれた手書き文字)
良太(背筋がぞくっとする)
「……あれ、声に出してなかったぞ……」
レイラ
「でも私は、あなたの目で見た。
夢なら、そんなディテール拾えないって。
──ようこそ、現実へ♪」
──そして、二人は歩き始める。
冗談と現実が混ざる中で、それでも人生は進んでいく。
──第7話へつづく