第4話《霊界契約三点セット》
【1】留置所・面会室
(無機質な壁。金属の椅子。白すぎる蛍光灯の下、良太は項垂れて座っている)
良太
43歳。職歴空白15年。
Tシャツにはでかでかと“妹LOVE無双”。
──俺はいま、留置所にいる。
──ぬるり。
(良太の身体から、“煙のようなもの”がゆっくりと抜け出す)
(それは女の形を取り──)
レイラ(霊体)
「う゛う゛……無理……くっさぁ~~っ!!」
(身を震わせ、自分の霊体の頬をばしばし叩く)
レイラ
「なにあれ、汗とカップ麺と加齢臭と……“人間の末路”を煮詰めた“地獄系フレグランス”?
──霊体でも嗅覚ってあるのね……不幸な発見……」
(良太、びくりと震え、ゆっくり身体を動かす)
良太
「……動く……? ……俺、動ける……?」
(おそるおそる周囲を見回し、目の前の女の霊体に気づく)
良太
「……っ!! う、うわあああっ!!」
(椅子を引き倒して後退)
良太(指差しながら)
「け、警察──!! 警察どこ!?
この女です! 俺に取り憑いてきたの、コイツです! いますよね!? 見えますよね!?」
(警官が扉の向こうから顔を出す)
警官
「どうしました? 面会相手なんていないはずですけど」
良太(焦りながら)
「ほら! そこにいるじゃん!! 今喋ってたでしょ!?
聞こえたでしょ、あの声!! ……今の、聞いたでしょ!?」
警官(首をかしげ)
「……いや、何も聞こえてないけど」
(少し距離をとりつつ)
「君……何か薬、やってるとか。通院歴とか、ある?」
(良太、がく然とする)
良太
「──っ……違うんです! マジで……! あの女、勝手に身体に入ってきて……!」
(レイラの霊体がふわりと良太の横に浮かぶ)
レイラ(霊体)
「うーん、やっぱ見えないみたい。残念でした〜♪」
(ため息をつき)
レイラ
「もう繋がっちゃったんだから、仕方ないでしょ。
墓を掃除して、線香立てて、手ぇ合わせて──
そんな丁寧な三点セット、あの世じゃ“正式契約”よ?」
(良太、びくりと反応。目を細めて、記憶をたどるように呟く)
良太
「……墓、掃除して……線香……手を……
……待て。お前、まさか──」
(霊体をにらむ)
良太
「おい……! “歌原レイラ”って名前に、心当たりあるか?」
(レイラ、ふっと口角を上げ、すっと姿勢を正す)
レイラ
「元・トップモデル。“仕事したくない芸能人No.1”。
週刊誌には“悪魔の微笑”って書かれてた。……死んで10年。知らない人のほうが少ないでしょ?」
良太(息を呑む)
「やっぱり……! あのとき隣にあった、苔むした墓……“歌原レイラ之墓”って彫ってあった……!」
(頭を抱えるように座り込む)
良太
「……じゃあ、お前……目の前にいるのって……」
(おそるおそる顔を上げ)
良太
「……やっぱり、“歌原レイラ”の……霊、ってことか……?」
(レイラ、腕を組んでふんわり微笑む)
レイラ
「みたいだね。あなたにしか見えない、聞こえないってことは──
さっきの“三点セット”が効いたみたい。きっちり繋がっちゃった」
(くるりと一回転して)
レイラ
「つまり──おめでとう。
“伝説のトップモデルの霊、独占契約成立”ってとこかしら」
良太(震えながら)
「……いらねぇ……マジでその契約、いらねぇ……」
レイラ(にっこり)
「でも、受け取っちゃったでしょ。正式な手順で」
「今さら“返品”も“クーリングオフ”も不可だから。あしからず♪」
(良太、しばらく黙り込んだのち、ぽつりと)
良太
「……臭いとか言ってましたよね、さっき……
俺キモいんで、ほんと……他の誰かに取り憑いてくれませんか?」
(うつむいたまま、必死に提案)
良太
「爽やかイケメンとか、ポカリのCM出てきそうな、肌も心も潤ってる系男子とか……
……もしくは、いい匂いしそうな美少女とかどうすか? 俺より絶対快適でしょ?」
(レイラ、首をかしげながらあっさりと)
レイラ
「そういう人って、まず墓参りなんか来ないのよね」
「ていうか、“キモい”って自分で言わないほうがいいわよ。
──さらにキモさが増すから」
良太
「……もはや地獄の上塗りだな……」
レイラ(にっこり)
「でも大丈夫。“慣れ”ってすごいから。……人も霊も」
良太
「それ、俺が言われたくないタイプの慰め……」
(机の上には調書のコピー)
> 『容疑:強制わいせつ未遂』
良太(震えながら)
「……俺、マジで……人生で一度も警察のお世話になったことなかったのに……」
(その肩に、ふわりと乗る声)
レイラ(耳元で)
「でももう、起きちゃったからね。くよくよしても、戻んないし?」
良太(うつろに笑う)
「……墓、掃除して……線香立てて……ちゃんと手も合わせたんだぞ……
……それで、“お返し”がこれかよ。……シャレになってねぇ……」
レイラ(さらりと)
「でも助かったよ? あんた臭かったけど。マジで臭かったけど。──ありがと」
良太(遠くを見るように)
「……ほんと、会話が成立しねぇ……」
(ゆっくり天井を見上げて)
良太
「頼む……これが夢であってくれ……
じゃねぇと……俺の心がマジで、もたねぇ……」
レイラ(即答)
「夢じゃないよ」
良太(前のめりに崩れ)
「……うっ、泣きてぇ……マジで……」
レイラ(本気でドン引き)
「やめて。デブキモ中年の泣き顔とか、トラウマレベルで記憶に残るから」
良太(虚ろに呟く)
「……この無神経さ……この小悪ぶり……この口の悪さ……
……間違いない……こいつ、マジで……“あの”歌原レイラの霊だ……」
——そして事件は、数日前にさかのぼる。
──第5話へつづく