第2話《死者、現世にダイブす》
【1】霊界(イメージ/閉ざされたランウェイ)
(黒一色の空間。照明も音もない。舞台装置だけが取り残された“終わったステージ”)
(その中央で、白いドレスを着た女性──レイラが座っている)
(足元には、客のいない椅子列。ライトは点かず、音楽も鳴らず、喝采もない)
(ただ“終演”だけが、そこに静かに存在していた)
レイラ(心の声)
「……ここは、どこ?
誰もいない……あたししかいない。
……ずっと、待ってたのに。
最後のステージも、最後の誕生日も……
誰も、来てくれなかったのに……」
(頬を伝う涙が、ステージの床に落ちる)
——カシャン。
(響くはずのない“ガラスの音”が、虚空に広がる)
(まるで、何かの境界が砕けたように)
レイラ(心の声)
「……あたしは、もう“終わった”。
でも……なに? あれ……」
(ステージ奥に、小さな光が灯る)
レイラ(心の声)
「光? いや、違う……あれは、線香……?
それに、温もりも……感じる……。
……あそこに行けば……彩に、妹に会える……」
(レイラが立ち上がり、光に手を伸ばす)
(ゆっくりと、指先が“向こう側の光”に触れかける)
——その瞬間、世界が切り替わった。
【2】現実/墓地(午後)
(空が急に曇り、風が止む。鳥も鳴かず、周囲の音がすべて消える)
(良太が隣の墓を掃除していた──その瞬間)
(空間が“圧縮”されたような違和感。耳がキィィィンと高く鳴る)
良太(心の声)
「……あれ、なんか空気、変じゃね……?」
(彼が振り返ったとき、世界が“裏返る”)
(視界が白く弾け、すべての色が消える)
——そして、彼女は現れた。
(まるで“編集前の記憶映像”のように、粒子が揺らめく姿)
(白いワンピースを纏い、地に足をつけず、儚く浮かぶ女性)
(触れれば壊れそうなほど繊細。けれど、確かに“そこにいる”)
美しい──が、どこか“終わっている”。
(レイラが無言で、じっと良太を見下ろしている)
(その目は、空っぽだった)
(柔らかな光、胸にしみる温もり──そんな優しさに導かれて、“生”に戻った)
(そこで出会ったのが──彼だったから)
良太(心の声)
《……えっ、ちょ……え? 幽霊? 出たの? 俺、死ぬの!?》
(後ずさろうとして尻もちをつきかける)
良太(心の声)
《いや怖いって、ふつうに……ってか、なんで見てるの? 無言で……》
(レイラはじっと見たまま、一歩だけ近づく)
良太(心の声)
《……あの目……見覚えある……
深夜のコンビニで女子店員に見られた、あの目……
「なんでまだ生きてんのこの人」って顔……》
(レイラの目は、“見る”というより、“値踏み”しているようだ)
良太(心の声)
《……マジか……幽霊にも、あんな目で見られるのか……
終わってんな、俺……人間として》
(その絶望の中で、レイラが鼻をつまみながら呟く)
???(鼻をつまみながら)
「……借りるわ。あんたの身体」
良太
「は? ちょ、おま……え、誰?」
(レイラは深呼吸。鼻をつまんだまま)
レイラ(心の声)
「……クッ……無理……この加齢臭……
てか、この体、終わってる。
脂、くさい。歯、黄ばんでる。目の下、たるんでる……
……これが、“人間の現実”?
……でも……それでも……」
(彼女が目を閉じる。眉間にしわ。唇を噛む)
レイラ(心の声)
「……行かなきゃ。彩に、会わなきゃ。
このままじゃ……全部、無意味になる。
……死んでも、残るものがあるなら……
たとえ人間じゃなくなっても──
あたしは、“それ”になる」
(深く、長い、覚悟の吸気)
——そして、彼女は飛び込んだ。
(音がしないのに、“バシャッ”という水音がした)
良太(心の声)
《うわああああ!? 来るな来るな来るな! やめろぉぉおおお!!》
(身体の内側がかき乱される。視界がズレ、意識が引き剥がされていく)
レイラ(冷静に)
『あんたの身体、しばらく借りるわ。
文句は後で聞くから』
——その瞬間、良太の意識が“後部座席”に叩き落とされた。
(自分の身体なのに、操れない)
(自分の声なのに、発せない)
(見えているのに、触れられない)
(叫んでいるのに、届かない)
良太(心の声)
《……何これ……うそだろ……?
これ、俺の体だろ……!?
……何これぇ……!》
(彼は、自分の肉体の中で、ただ震えていた)
——死者が、生者にダイブした瞬間だった。
それは、夢でも奇跡でもない。
“未練”が、“生”を乗っ取ったという事実。
そして、それが──物語の始まりだった。
──第3話へつづく