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逃避行のはじまり──選ばれない場所を求めて──

――北東の山を越えた先、地図にもあまり載っていない小さな村、ミルツェ村。

ラゼルとカリナが目指したのは、そんな“誰からも見つからないような場所”だった。


「この村、昔一度だけ訪れたことがあるんです。診療師の修行で。

 周囲に結界もなければ、魔道会の監視網も届かない。……一度消えるには最適な場所です」


カリナは、ラゼルの手を握りながらそう言った。

ラゼルは、その手の温度だけで、心を落ち着かせようとしていた。


(選ばれないって、こんなに不安なのか……)


王都から出て、町の馬車路を外れ、山道を越えて――

やがて、石畳も舗装もない道が現れ、視界に木造の小屋と畑が並び始めた。


“ここでは、何者でもなくていい”。

カリナは、そう信じたかった。


**


村の人々は素朴で、二人を特に詮索しなかった。


「旅の途中で、ちょっと寄っただけです」と説明すると、

「そうかい、畑の手伝いしてくれりゃ、それで十分だ」と、村長は笑った。


ラゼルは、慣れない鎌を手に畑に入り、

カリナは、草花の知識を生かして、村の診療師の手伝いを始めた。


――平穏な時間が流れた。


ラゼルは毎日、少しだけ疲れて、少しだけ笑って、

カリナもその姿を見て、

(やっと、“選ばれなかった先”にたどり着いた)と安堵しかけていた。


**


だが、それは二週間目のことだった。


村の近くで、地滑りが起きた。

道が崩れ、薪運搬の荷馬車が転倒。

乗っていた子供が一人、木の下敷きになった。


――その現場に居合わせたのは、ラゼルだった。


「誰か、誰か呼んでくれ!」


「だめだ! 木が重すぎる!」


「魔法士がいれば……!」


そんな声の中、ラゼルは“また”動いた。


周囲の地形。

崩れた土の角度。

木の重心と、支えになりそうな石の位置。


一瞬のうちに――すべてが“見えた”。


そして彼は、見事な動きで、石をテコにし、枝を使って軸をずらし、

一度も力任せにせずに、子供を助け出した。


助けられた母親が、震えながら彼に叫んだ。


「あなた……普通の人間じゃないわよね。あれは、“見えてる動き”じゃない。」


村人たちは口をつぐんだ。

だがその目には、もう“何者でもない目線”ではなくなっていた。


**


その夜。

カリナとラゼルは、小屋の中で静かに語り合っていた。


「……結局、こうなるんですね」


ラゼルの声には、自嘲のような響きがあった。


「俺、どこへ行っても“普通”ではいられない。

 誰かが困ってたら、動いてしまう。……力があれば、見えてしまう。

 そして助けてしまう」


カリナは、ラゼルの手を取った。


「あなたは間違ってない。私が“選ばれたくない”って思っていたのは、

 あんなふうに、みんなが“期待”という名の荷物を背負わせてくるから。

 でもね……助けたあなたを、すごいって思った私もいるの」


ラゼルは、驚いたように目を見開いた。


「私……もう“選ばれるのが悪”だなんて言わない。

 その才能を、あなた自身の“選択肢”として使えるなら、それでいい。

 ――その代わり、ちゃんと帰ってきて。助けるたびに、“あなたが遠くなる”気がするの」


ラゼルは黙って、彼女の額に手を当てた。


「……約束します。俺が選んだ先には、必ず“あなた”もいるようにする」


**


翌朝、村長がふたりのもとを訪れた。

その背後には、見覚えのある顔がいた――魔道会の追跡者だった。


ラゼルは、カリナにだけ聞こえるように囁いた。


「逃げるのをやめよう。俺は、俺の才能を“自分の意思”で差し出してみる。

 その代わり――条件をつける。“選ぶのは、俺自身”だって」


カリナは、小さくうなずいた。


「……じゃあ、選びなさい。誰にも奪わせないで。自分のこと、そして“私たちのこと”を」


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