告げられる運命
その日、町の空気が、確かに変わった。
北の関所に、馬車行列が入ったのだ。
純白の旗を掲げた魔道会の使節団。その背後には、赤い紋章を染めた――他国、アランス王国の封印馬車があった。
町の役人が慌てて駆け回る中、カリナは直感した。
(……来た。とうとう“世界”が、この人を奪いに来た)
ラゼルの名は、すでに水面下で広がっていた。
発展途上の才能を示す者として、魔道会からもアランス王国からも“接触候補”に選ばれてしまっていたのだ。
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「お連れください、彼を。才能ある者を、平民の町に置いておくなど――」
そう言い放ったのは、アランス王国の使節を名乗る中年男、ゾルト・バレンス。
金縁の衣服に身を包み、鼻につく高慢さを隠しもしない。
カリナは、その言葉を正面から否定した。
「彼は“もの”じゃありません。自分の意思で生きる人間です」
「ならば問おう。才能ある者が、何の訓練もなしに能力を使えば――どうなる?
制御不能の災厄となる。それは、あなたの大切な“普通の暮らし”を壊すだろう」
その言葉は、カリナの胸を突いた。
図星だった。
ラゼルの才能は、あまりにも規格外だ。目覚めきれば、災厄とも呼ばれかねない力となる。
だが、それでも――
「だからこそ、私がそばにいるんです。力を、才能を、ただの“武器”として使わせないために」
「理想論だ。民間人に何ができる」
そのときだった。
ラゼルが、ゆっくりと前に出た。
「やめてください。カリナさんに言わないでください。
俺は……この力が怖い。でも、それ以上に、カリナさんに“選ばれた”から、生きようと思えたんです」
沈黙が落ちた。
「だから、他の国に才能を“預ける”つもりはありません。俺は――」
ラゼルは、言葉を選んだ。
「“普通の人たち”と生きるために、この力を使いたい。戦争にも、支配にも、魔導の塔にも行きたくない。
選ばれるのは、もうたくさんなんです」
その言葉に、魔道会の者も、使節も、一瞬だけ口をつぐんだ。
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だが、世界はそう甘くなかった。
夜、カリナのもとに密使が現れた。
魔道会本部からの封書。中には簡潔な命令が記されていた。
【命令】
ラゼル・フェーンを王都へ連行せよ。
才能の覚醒によって災害級判定が下された。
協力拒否の場合、保護者(=婚約者)に対しても処置を辞さず。
震える手で、カリナは手紙を握り潰した。
(結婚さえすれば、守れると思ったのに……!)
彼はもう、「隠せる才」ではない。
選ばれるどころか――“奪われる才”に変わってしまった。
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翌朝。
カリナは、ラゼルにすべてを打ち明けた。
魔道会の命令、他国の動き、そして――このままではふたりとも追われること。
ラゼルは黙って聞いていた。
やがて、ぽつりと呟く。
「俺が、才能なんか持ってなければ……」
「違う。持っててよかったのよ。そうじゃなきゃ、あなたは今でも“選ばれない”って思い込んで、俯いたままだった」
カリナは、彼の手を取る。
「でももう、“選ばれる”んじゃなくて、“選び返して”。
どこに行くか、何のために力を使うか、誰と生きるか――あなた自身の意志で、未来を決めて」
ラゼルはゆっくりと目を閉じた。
そして――小さく頷いた。
「……だったら、俺、逃げようと思います」
「……え?」
「このまま王都に行ったら、何をどう言っても、使われる。
だったら、“力なんかどうでもいい”って思える場所へ行きたい。
……カリナさんと一緒に」
それは、普通の暮らしの継続ではなく、
“普通であり続けるための戦い”への決意だった。
**
かくして、ふたりは旅立つ。
選ばれることから逃げるのではなく――
選ばれないことを、自ら選ぶために。