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泉への道、願いに触れる

町から東に一里。なだらかな丘を越えた先に、**〈ヴィレニアの泉〉**と呼ばれる場所がある。

古い言い伝えでは、“選ばれし者”が願いを口にすると、泉はひととき青白く輝くのだという。


その泉を、カリナは“恋の舞台装置”として選んだ。

二人で旅に出て、共に困難を乗り越え、神秘的な場所で願いを語り合う――

これがうまくいけば、「特別な絆」への道が開かれる。


(才能を開花させずに、この人の“心”だけにたどり着く。それが勝利)


「本当に、俺なんかが行ってもいいんですか? 伝説の場所なんて、場違いな気がして……」


「むしろ、ラゼルさんみたいな人が願えば、泉も本気を出すんじゃないですか?」


「う、うまいこと言いますね……」


そんなやりとりを交わしながら、ふたりは小道を歩いた。

野花が揺れ、雲は淡く、空は広かった。


カリナは、ラゼルの歩幅に合わせながら、ふと横目で彼を見た。

彼の“才能の光”は、以前よりわずかに強くなっていた。

まだ発動していないが、直感や察知力が、少しずつ本来のものに近づいてきている。


(あと数回、“それっぽいこと”が起きたら、気づくかも……)


そう思った矢先だった。


「――止まって!」


ラゼルが、咄嗟にカリナの腕を引いた。


次の瞬間、頭上から、枯れ枝の塊がバサッと落ちてきた。

もし彼が引かなければ、直撃していただろう。


「だ、大丈夫ですか!?」


「……ええ、ありがとう。ラゼルさん、どうして……」


「なんか……また、嫌な感じがして。風が、一瞬だけ変だったんです。匂いも、少し焦げてたような……」


(また……また“予感”で動いた……)


カリナは、胸の奥が冷えるのを感じた。


もう、才能が自分の意志を超えて、勝手に表へ染み出している。

しかも、“風の匂い”まで感知しているなら、領域感知型の複合才。

これはもう、ただの先読みではなく、未来そのものを“嗅ぎ分けて”いる。


(才能が開いてしまえば、彼はきっと、自分の居場所を見つける。……私の隣では、ない)


だが、ラゼルはそんな自分を不安げに見つめていた。


「俺、変ですよね……? たまに、こういうのがあるんです。でも……怖くて」


「……怖がらなくていいんです」


カリナは、思わず手を握った。

いけない。これは、自分の作戦の手順から外れている。だが――


「あなたのことを、気味悪いなんて思わない。むしろ……頼りになる、って思ってます」


ラゼルの目が、ゆっくりと見開かれた。


「カリナさん……」


そのとき、ふたりの前に、泉が現れた。


木々の間にぽっかりと空いた円形の空間。

そこには、ほとんど人の手が入っていない、静謐な水の鏡があった。


「……これが、〈ヴィレニアの泉〉……」


ラゼルが歩み寄り、泉のほとりにしゃがむ。

その瞳は、やわらかく、でも何かを見つめるように、深い。


カリナも隣に座る。そして、問いかける。


「もし、願いが叶うとしたら……何を願いますか?」


ラゼルは、少し考えてから答えた。


「……“今の自分を、大切にしてくれる人と、一緒に生きていけますように”って」


その瞬間――

泉の水面が、ふわりと青白く光った。


「……!」


カリナは、心臓を刺されたような気持ちになった。

ラゼルの願いが、“選ばれた”のだ。


彼はまだ気づいていない。

自分が選ばれる側の人間であることも、

その力がこれから世界に何をもたらすかも――

だがそれでも、泉は彼を認めてしまった。


(もう……時間がない)


そして、カリナはひとつの覚悟をした。

才能に気づかせるよりも早く、心に“私”を埋め込む。もう、時間をかけてはいられない。


「ラゼルさん、私……あなたと、またここに来たいです。もっと深く知り合って……あなたのそばにいたい」


言葉は、控えめで曖昧。だが確かに“告白”だった。


ラゼルは、戸惑いながらも、ゆっくりとうなずいた。


「……俺も。まだ信じられないけど、誰かがこんなふうに言ってくれるって、嬉しいです」


そして、その日。ふたりは、手を繋いで帰った。


カリナの作戦は、順調に見えた。

だが、泉の光が意味するものが、ほんの“恋の兆し”で終わるはずもなく――

ラゼルの“気づき”は、着実にその日へと近づいていた。

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