密かな作戦、想定外の一歩
その日、カリナは慎重に選んだカフェの席に座っていた。
町のはずれにある、緑のつたに包まれた古い屋敷カフェ《サリュの庭》。
外の喧騒から隔絶されたその場所は、目立ちすぎず、でもほどよい特別感がある。
要するに――デートには、ちょうどいい。
(ここで、自然に距離を縮める。あくまで“普通の恋”として進めること)
彼女の脳内では、作戦のフローチャートが組み上がっていた。
1. ラゼルの話をよく聞く。
2. 才能については触れない。
3. 共感と肯定を多用して「自分を大切にしてくれる人」という印象を与える。
4. 帰りに少しだけ手を繋ぐ。(←最終目標)
そこへ、ラゼルが現れた。やはり今日もどこか控えめで、ぎこちない笑みを浮かべている。
「カリナさん、すみません、迷っちゃって……こういう洒落た店、初めてで」
「ふふ、気にしなくていいですよ。私も最初は迷いました」
自然な導入成功。カリナは心中でガッツポーズ。
ふたりは注文を済ませ、ゆったりとしたティータイムが始まった。
話題は主に、ラゼルの過去の職の話――倉庫番や、地方の橋の番人、薪割りの仕事など。
「本当は、もっとちゃんとした職に就きたいって思ってたんです。でも、自信がなくて……」
「ちゃんとしてますよ。だって、町の人たちが困らないように動いてきたってことじゃないですか」
そう言って笑いかけると、ラゼルは少し驚いた顔をしてから、ふっと笑った。
「……カリナさんって、変わってますね。なんか、俺のこと、ちゃんと見てくれるというか……」
(よし、ここだ。ここで“私を特別に思ってくれている”と刷り込む)
「ラゼルさん、あなたはね――」
しかし、そのとき。
異変が起きた。
隣のテーブルで、子供のスプーンがテーブルから落ちる。
そして――ラゼルが、落ちる前に手を伸ばし、スッとキャッチした。
それは、ほんの数秒のことだった。
だがカリナの目には、はっきりと見えた。
(……未来予測、発動……!)
しかも、まったくの無意識。
本人はただ反射的に動いただけだと思っている。
「すごい反射神経ですね……!」
「え? あ、いや……たまたま目に入って、なんとなく落ちそうな気がして……」
ラゼルは照れくさそうに笑って、スプーンを子どもに手渡した。
母親が深く礼を言い、子どもも「ありがとう、おじちゃん!」と笑う。
(ダメ! 今の、誰かに見られてたら……!)
カリナは周囲をぐるりと確認する。幸い、大きく反応している人はいなかった。
だが、焦りは隠せなかった。
(こんなに早く、兆候が外に出るなんて……このままじゃ、気づくのも時間の問題)
そして、最も予想外だったのは、ラゼルの次の言葉だった。
「カリナさん……あの、もし俺に……ちょっとだけでも“特別な何か”があったとしたら、ちゃんと見てくれますか?」
心臓が、どくんと鳴った。
(なに? もう、気づきはじめてるの?)
「わ、私が?」
「うん。なんか……不安なんです。昔から、変なことが起きるたびに“気味悪がられる”ことがあって……でも、カリナさんなら、違うのかなって」
(……!)
カリナは思った。
この男は、もう“扉の前”に立っている。
あと一言、背中を押せば、彼は才能の階段を登ってしまう。
だが――
「……私は、特別なことなんか見えませんよ。普通に、お人柄が素敵だと思っただけです」
カリナは、静かに笑った。
「だってラゼルさん、ただの“やさしい人”でしょう?」
その言葉に、ラゼルはしばらく黙っていたが、やがて安堵したようにうなずいた。
「そうですね。そうかもしれません」
(……セーフ……!)
だが、カリナも知っている。こんな小手先の言葉は、いつまでも通用しない。
だからこそ、彼女は決意した。
(もう一段階、関係を進める。次は“特別な時間”を作って、私という存在に気づかせる……)
カリナ・ローウェン、才封じ恋愛作戦第二段階――「初めての旅」編。
次の目的地は、町外れの魔法の泉。願いが叶うという、半ば伝説の場所。
“願いが叶う”場所で、才能に願われる前に、恋人になれれば――勝てる。