表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

才の片鱗、風に舞う

初夏の風が、石畳の路地を抜けていく。

小鳥の声が、あたりの屋根瓦に響き、夕暮れがゆるやかに世界を染めていた。


カリナとラゼルは、広場を抜けて、人気の少ない花の小道へと歩いていた。

ラゼルはずっと気まずそうにしていたが、カリナは平然を装っていた。

内心は、嵐だった。


(これ以上、彼に興味を持たせてはいけない。気づかせるような会話は避けること)


だが、それは同時に――彼に退屈だと思われれば、それまでということでもあった。


(難しいなぁ……。バカなふりをして惹きつけて、でも下手に刺激しないように……)


しかし、そんな計算をするカリナの隣で、ラゼルがふと呟いた。


「……あれ、さっきの商人、財布落としてたかも」


「え?」


ラゼルが指さしたのは、角を曲がって去っていったばかりの中年の商人だった。

地面には何も落ちていない。

なのに――カリナが目を凝らすと、路地の端、雑草の隙間に、革の財布がほんの少しだけ顔を覗かせていた。


「……すごい。よく見えましたね、あんなの」


「え? あ、いや……なんか、変な感じがして。空気が引っかかったというか……」


(空気……?)


カリナは凍りついた。

これは“感覚魔術”の初期兆候だ。

訓練を受けていない者がこんなことを口にするのは、通常ではありえない。


(まさか……すでに才能が揺れはじめてる? 私と出会ったことで……?)


商人に財布を返し、ラゼルは照れくさそうに笑った。


「こういうの、運がよかっただけですよ。昔から、なぜか……なんとなく、タイミングよく動いちゃうことがあって」


「……たとえば?」


「うーん。戦争から帰ってきた兵士の人を避けたら、直後にその人が倒れてきたり、火事のときに、なぜか煙が来ない方向を選んで逃げられたり……。あ、やっぱ変ですね」


(変どころじゃないわよ!!!)


それは偶然じゃない。未来予測の気配察知。まさに“先読みの才”の兆候。

今はまだ眠っていて、直感の形でしか現れていない。だが、鍛えれば、きっと“見える”ようになる。


(ダメ。ダメダメダメ。気づかせちゃダメ!)


「ラゼルさん、それって……」

カリナは、息を飲んだ。


言いかけた言葉を飲み込み、笑顔を作った。


「――きっと、優しいからですよ。人の動きとか、無意識に見てるんでしょうね」


「ああ、そういうことかもしれません。なんか安心した……」


ほっとした顔をするラゼルを見て、カリナは胸を撫で下ろした。

だがその瞬間、また背中に冷たい汗が流れた。


この人は、確実に気づいていく。


本人の意志に関係なく、才能というものは、時が来れば目覚めてしまう。

目覚めたそのとき、カリナが“ただの女”でいられる保証は、ない。


(私が選んだこの人に、いつか“選ばれない日”が来るかもしれない)


だからこそ――。


(その前に、結婚してしまえばいい)


あまりに本気の考えが、ふと頭をよぎり、カリナは我に返る。

額に汗が滲む。


「……あの、ラゼルさん。今度、ふたりでゆっくりお茶でも、どうですか?」


「え? あ……はい! ぜひ!」


(よし。まずは距離を縮めて、安心させて、恋愛感情を育てて……才能が開く前に既成事実を積み上げる……!)


カリナ・ローウェン。

異能の鑑定士。冴えない男を巡る、前代未聞の“才能封印恋愛計画”が、静かに幕を開けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ