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7/8

令嬢らしい恰好 してみる?

「家族会議も終わりだ」

「え、もう?」

「アイリーンの聞き分けが良かったからな。お前を説得するために色々考えてたんだが、全て必要なかったみたいだな」

ウィリアム兄さんは時計を確認し、髪を掻き分けた。

「飯で釣ろうとレストランに予約を入れてたんだが・・・。さて、どうするか」

「い、行きたい!やっぱり入学嫌になってきたなー!レストランで食事しないと、臍曲げちゃうかもなー!」

駄々をこねてみた。二十八歳OLの記憶が蘇った今では、ちょっと恥ずかしいけれど。

「そうか。じゃあ俺と二人で行くか」

彼は苦笑交じりにそう告げ、女中を呼んできて「俺たちは今から着替える。外に馬車を待たせておけ」と命令した。

「着替えが必要なの?」

「ドレスコードがあるからな」

どんな店の予約を取ったのかしら?と首を傾げていると、後ろに控えていた女中が肩を叩いてきた。

「アイリーン様。御着替えを用意しています。こちらへ」

「分かったわ。じゃあ兄さん。後で」

ひらり、と彼は片手を振って返事をした。何故か意地の悪い笑みを浮かべている。


-----


アイリーンの私服は、全てパンツスタイルのものだった。

クローゼットの中身はジャケットやベスト、シャツ。ハンチング帽ばかりで埋められている。

スカートは一着も無かった。

着こなしは殆ど英国紳士のようなものばかりだ。

一体何を着ればいいのかしらと首を傾げていると「こちらに着替えてください」と女中が一着の服を取り出した。

「え?これ?」

「えぇ。ウィリアム様がこちらを御召しになるよう仰っています」

それは一着のドレスだった。

白を基調とした清楚なもので、首元には宝石をあしらえたブローチが付いている。

私の中には二つの記憶がある。

アイリーンとして過ごした十四年と、朝倉舞として東京で過ごした二十八年の記憶だ。

しかし、どちらの記憶の中にもこのような恰好をした覚えは無かった。

なんならアイリーンも私もひらひらとしたスカートを嫌い、避けていた節もある。

しかし、目の前にあるのドレスはレースのついた所謂パーティードレスだ。

「本当にこれを着ろって、兄さんが言ったの?」

先ほどの意地の悪い笑みの理由が分かった。

これを用意していたからか。


ドレスを前にして悩んでいると、痺れを切らした女中がジャケットをはぎ取りにかかった。あっという間にシャツを脱がされる。

「ちょ、ちょっと」

「暴れないでください。コルセットも付けなきゃいけないんです。さっさと済ませましょう」


-----


「中々似合っているじゃないか」

スリーピースジャケットからタキシードに着替えたウィリアム兄さんは馬車の前で杖を振って待っていたが、私に気が付くと口角を挙げて笑った。

「酷い目に遭ったわ」

女中は容赦なかった。

ドレスを着る以上コルセットは不可欠だが、これがとんでもなくキツイ。

骨が軋む音すらした気がする。

「ぎぶ、ぎぶ、ねぇぎぶ」とくぐもった声を上げても「大丈夫です。痛いのは一瞬です。天井のシミでも数えていてください」と最低な間男のようなことを言って締め上げ続けてきた。

「いや、しかし本当に似合っている。見違えたよ。いつもは男勝りなパンツスタイルだからな」

「え、ほんと?」

「あぁ。何処に出しても恥ずかしくない令嬢だ」

彼は私のつま先から頭を流し見て、本音で感嘆しているように見えた。

そう言われると悪い気はしない。


家の前に停まった馬車は黒を基調としたクラシカルなタイプのものだった。

二匹の馬が静かに出発を待っている。横では御車の男が煙草を吸って待っていた。

馬車に乗り込んだウィリアム兄さんはこちらを振り向いて「お嬢さん。手を」と言って右手を差し伸べてきた。

ぎこちなく握り返すと、彼はしっかりと私の手を掴み、馬車へと引き上げる。

「なんだ。照れてるのか?」

「煩い」


ヴェールドホテルまで、と兄さんが御車に言うと「へい。旦那様」とくぐもった男の声が返ってきた。

馬車の車内は赤で装飾された豪奢なものだった。確か私たちの家が所有している馬車の一つだった筈だ。

「アイリーンお嬢様。お忘れ物です」と閉まったドアを叩く音が聞こえた。開けると先ほどの女中だった。


「何よ。アンタにコルセットを締められた時に飛び出た内臓でも返しに来たのかしら」

「大袈裟ですよお嬢様。そうじゃなくて、こちらです」

彼女は茶色の布で包んだ者を手渡し、家の中へと引き返した。布を開いてみると中にはリボルバー拳銃が入っていた。


「こんなもの持っていけないわよ」と慌てて兄に告げた。

「ドレスコードに拳銃の持ち込みは禁止されていない」とさらりと返される。いや、禁止されてないっていうか。

「いや、普通ダメでしょ」

「大丈夫だ。ほらここ」と彼が言ったかと思うと、彼はとんでもないことをしてきた。


彼はおもむろに手を伸ばして来ると、遠慮も無くスカートの下に手を入れてきた。

反射的に飛び上がってしまう。

「ちょ、ちょっと!何するのよ」

「動くな」

「ッ!」

彼は遠慮なくスカートの中を弄る。

まるで何かを探すように。

私はもう石のように固まってしまい、彼の手を払いのけることが出来なかった。

太腿に指が当たる。

声を押し殺すので精一杯だった。

「ほら、ここ。スカートに細工しておいたから」

「え?」

「絹の袋をスカートの中に縫い付けてある。拳銃はここに入れろ・・・どうした?顔が真っ赤だぞ?風邪か?」

「う、うるさい・・・」

コイツ、完全に遊んでやがる。銃口を向けてやろうかとさえ思ったが、「ここまでやって怒らないのか。中々重症かもな」と独り言つ兄さんの姿を見て辞めた。

彼なりにアイリーンを心配しているのだ。

急におとなしくなった妹をそれなりに思いやっているらしい。


馬車はからからと車輪を回して走り始めた。

窓の外に映る空は、どんよりとした厚いの雲が浮かぶばかりだった。

この国はいつも灰色の空が広がっている。橋を渡る馬車と横を歩く通行人が入れ替わりに窓の外に現る。

荷を運ぶ少年、シルクハットをかぶった男。バスケットに果物を詰めた女。

パノラマのように映る風景を夢中になって眺めた。


レストランはどんなところかしら?ドレスコードは必要なところですもの。きっとすごいところよね。

きっとこんなもの必要ないわ。

 

スカートの中の拳銃に手をやりながら思う。食事するだけなのに、こんなものが必要な訳がない。



――とその時の私は思っていた。

決してそれを出すことは無いだろうと。引き金を引くことはないだろうと。



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