表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

チャレンジ作品!

心の音を、もっと近くに

※秋の歴史2024「分水嶺」参加作品。多分に創作を含んでいます。ご容赦ください。

「夫婦の危機だ……」


 組んだ手に顎を乗せ、ルネはぼんやりと窓の外を眺めていた。


 揺れる木の葉。きらめく陽光。

 気持ちの良い風が吹いているらしい。

 曇天な気持ちとは裏腹に。


(このままいけば、曇りどころかいずれ嵐に発展する)


 そうなる前に何とかしたい。


 だが、今更ではあるのだ。


(呼吸音を聴くため、肌に直接耳を当てるのは、医者なら誰もがやっていることなのに……!)


 古代ギリシャの医聖・ヒポクラテスが、体内の異音を病と結びつけたのは紀元前4世紀。以来、こんにち19世紀まで二千年以上。

 聴診は、病気発見の大きな手立てとして用いられてきた。

 その診察方法は、患者の胸に直接耳をあて、音を聞き取るというもの。


 相手が同性の男性患者なら、問題はない。

 だが患者が女性の場合。ご婦人の胸の下に耳を当てる行為は、いささか問題があった。


 尊いはずの医療行為なのに、某ご婦人が街に言いふらしてしまったのだ。


「ぐいぐいと顔を押し当てて来られて、わたくし戸惑いましたわ!」


 ──いやそれは! アンタの肉付きが良すぎて、心音が聞き取りにくかったから! あと顔じゃない、耳だ。誤解される言い回しはよせ!──


 そう叫べたらどんなにか楽だろうが、紳士の振る舞いとしては許されない。


「はぁぁぁぁぁぁ」


 だがその噂話が原因で、妻が立腹中とあれば話は別だ。

 理解のある良き伴侶。医師としての自分を認め、そして支えてくれる愛しい妻。


 彼女とて、夫が"下心で診察している"という噂が広まれば、街で気まずい思いをするかもしれない。妻に誤解されるのも辛い。だって事実無根なのだから!


 しかし聴診をしなければ、それだけ病気を見逃し、患者の状態に気づきにくくなっててしまう。つまり命に係わる大問題なのだ。


「──もうこんな時間か」


 医師ルネ・ラエンネックはカタリと席を立つと、仕事に向かうことにした。


 診療所に向かう途中、公園を横切る。

 重い気持ちが、木々の緑で少しでも癒されればと願って。


 馴染みの公園では、まばらに(たたず)む人々が、思い思いに過ごしている。

 そんな中、一際(ひときわ)明るい子どもの声が、ルネの耳に飛び込んできた。


「おーい、聞こえるかー」

「はいはーい」


 目を()ると、少年たちが長い木の棒の両端で、互いに音を伝えている。

 棒を引っ掻き音を出す側、耳に当てて音を聞く側、双方ともに楽しそうだ。


(無邪気なものだ)


 ふふっ、と笑い、そのまま歩を進める。


(妙齢の女性患者が来ませんように)


 そんな益体(やくたい)もない願いは、打ち砕かれた。


(一人目からかーい)


 診察室に入ってきたのは、若い女性。息苦しさを訴えている。

 聴かないわけには……、いかない……!


 困ったように目を泳がせたルネは、机上のノートに気付いた。


(筒を作れば、よく聞こえるんじゃないか?)


 そう、先ほど公園で見た、子供たちの遊びのように。


 早速ノートを丸めて簡易の筒を作ったルネは、それを患者の肌にそっと当てる。


(聞こえる! しかも音が増幅されて、聴きやすい!)


 ィヤッホ──!!と、踊りださなかったのは、長年の社会経験の賜物だ。三十代半ばの落ち着きだ。


 こうして。耳を直接、相手の胸に当てず、かつ、しっかりと体内の音を聞き取る方法を考案したルネ・ラエンネックは、後に紙ではなく木で筒を作り、現代の聴診器の原型ステート・スコープを作った。

 間接聴診法の始まりである。


 そしてたくさんの患者を診察した彼は、肺炎、気胸、結核でそれぞれ音が違うことに気づく。

 現在でも使用される4つ音の分類。水泡音、類鼾音、捻髪音、山羊音もルネが分類したとされる。

 

 約十年後、結核で亡くなるまで、彼は様々な病気の解明に貢献し、医学界に大きな影響を与えたとされている。

 「わが人生最大の遺産」。こう言い残し、ルネは聴診器を甥に譲ったという。




「あなた、聞こえます? 私の胸の音」

「ああ。少し心拍数が速いな」

「まあ。あなたのせいですわ」

「私の?」

「ときめくと、脈拍って100を越えちゃうもの」

「それは私に、ドキドキしてくれているということかい?」


 夫婦の危機は、去った。




 お読みいただき有難うございました!


 もしかしたら、奥様いなかったかもです。検索で「妻帯者」という情報が出なかったので(ノД`)・゜・。調べ切れず、すみません。

 企画の趣旨が"タイムトラベルもあり"ということなので、多少の創作はお許しください。

 もしかしたら内縁の妻とか恋人は、知られてないだけでいたかもしれないし…!


 また、子どもの遊びは木の信号ではなく、"電話ごっこ"という話もありますし、帰り道で女の子の遊びを見たという説もあります。

 挿絵(By みてみん)

 歴史ジャンル初めて書きましたが、すごく勇気が要りますね!

 ルネ・ラエンネック氏のファンの方がいらしたら、めちゃ怒られるわ。あと医療詳しくないから、ガタガタだわ。と思いながら書きました(;´∀`); その道の方、どうぞお見逃しください。


 ルネ=テオフィル=ヤサント・ラエンネック(1781-1826)。聴診器1816年、35歳くらいの時。

 正式名もかっこいい彼は、前半生もすごい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
良かったらコチラもよろしくお願いします!
短編が多いです!

・▼・▼・▼・▼・▼・
【総合ポイント順】
・▲・▲・▲・▲・▲・

・▼・▼・▼・▼・▼・
【新しい作品順】
・▲・▲・▲・▲・▲・

・▼・▼・▼・▼・▼・
【異世界恋愛+α】
・▲・▲・▲・▲・▲・
― 新着の感想 ―
みこと。様の歴史物~(*´▽`*) ルネ・ラエンネックという人物は存じ上げませんでしたが、こうした無名の人々の功績が積み重なった上に、今の世の中があるのだなあと痛感します。 夫婦の危機が回避できて…
聴診器自体は、分水嶺というよりブレークスルーの話ですが、そこに「夫婦の危機」を入れると確かに分水嶺になりますね。そこに「歴史物創作」の面白みもあるのではないでしょうか。 ということで、楽しませて貰いま…
面白く拝読しました!(*'▽') ルネ・ラエンネック氏が聴診器を発明だなんて、なんて面白いテーマなんでしょう! そして夫婦の危機(笑) 設定から引き込まれました! 「ルネ・ラエンネック氏のファンの方が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ