第七話 特別な力
空をふわふわ飛びながら、人気のないどこかのビルの屋上に行くと、二人はゆっくりと着地する。
リュウはまだ心臓がバクバクとしている。
あまりに短時間に色々なことが起こりすぎて何が何だかわからず、リュウは混乱していた。
「何なんだよ。一体、何が起きてるんだよ」
「その前に。リュウくん、まずは私に言うことがあるでしょう?」
「え?」
ヒナに言われていることがわからなくてリュウが首を傾げながらヒナの顔を見る。すると、ヒナの顔がムッとした表情に変わった。
「助けてもらったら、何か言うことあるんじゃないの?」
まるで母親のような口調で指摘してくるヒナ。
けれどそれでやっとヒナが何を言わせようとしているのか気づいて、リュウはモゴモゴと口を動かす。
「あ、う……助けてくれて、ありがとう」
「うんうん、そうそう。私がリュウくんのピンチを救ってあげたんだからね? どう? ヒーローみたいだったでしょ?」
ふふん、と自慢げに胸を張るヒナ。
その様子がいつもどおりすぎて、なんだかやっとホッとできる安心感から、リュウの目から涙がぼろぼろと溢れ出した。
「え、何で!? 何で急に泣くの!? 私、何かした? ちょっと待ってよ。私が泣かせたみたいじゃない! お願いだから、リュウくん泣かないでよ! あ、もしかして、お腹痛いとか? それとも、そんなにありがとう言いたくなかった!?」
突然泣き出したリュウに、ギョッとするヒナ。
普段はヤンチャで泣くどころか、泣く子をからかうようなタイプのリュウが、まさかこんなにぼろぼろと泣くとは思っていなかったようだ。
ヒナは自分が泣かせてしまったのだと思って、おろおろし始める。
「いや、ごめん。ヒナのせいじゃない。ちょっと……安心して……」
泣きながらリュウが素直に言えば、ヒナはすぐさまリュウの心情を悟ったらしい。眉を下げながら、同情するような複雑な顔をした。
「あー、うん。そっか、そうだよね。あんなにたくさんの大人に追いかけられたら、恐いもんね」
「うん。とっても恐かった」
リュウが珍しく泣くのを、ヒナはからかうことなく綺麗なハンカチをリュウに差し出し、「よしよし」と優しく頭を撫でた。
こういうところはヒナはリュウよりもお姉さんで、大人だった。
◇
「ところで、ここはなんなんだ!? みんな顔も声も一緒なのに、何か目とか中身とか変だし……っ! てか、何でヒナは空飛べたんだ!? ヒナは今までどこにいたんだよ!!」
ひとしきり泣いたあと、改めてここはどこで自分達に何が起こったのかと矢継ぎ早にリュウはヒナに聞く。
すると、ヒナは困ったように「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! そんなにいっぱい色々聞かれても答えられないって!!」とリュウを制すように手を前に出した。
「あ、ごめん。わからないことだらけで、つい」
「気持ちはわかるけど、まずは落ち着いてよ。……うーん、どこから話せばいいのかな。私もわからないことが多いんだけど、わかるところから順番に話していくね」
「うん、お願い」
「お願い?」
「お願い、します……」
「うんうん、よろしい」
リュウが改まってお願いすると、ヒナが満足そうにふんっと鼻を鳴らしたあと、ゆっくりと話し出す。
「最初、私もリュウくんとヨシくんと同じタイミングでここに来たんだけど、私はなぜか落ちてる最中に急に空を飛べるようになったの。だから、リュウくんやヨシくんとは違って空から落ちることはなかったのはよかったんだけど、二人を見失っちゃって。それで、さっきまでずっと二人を探していたんだ。でも、無事に見つけられてよかったよ。おかげでリュウくんも助けられたし」
ヒナはずっと探してくれていたらしい。よく見ればヒナの顔色はいつもより悪く、疲れた顔をしていた。
普段はすぐ喧嘩する間柄ながらも、こうしてほぼ寝ずに探してくれたであろうヒナに対してリュウは申し訳なく思った。
「うん、ありがとう。本当に助かった。てか、空飛べるってすごいな。どうやって飛んでるんだ?」
「理由は全然わからないんだよね。あのとき、落ちる! どうしよう!? でも、なんとかしないと!? って思ってたらいつの間にか飛べるようになってて。けど、どういう仕組みで飛べてるかわからないし、何でいきなり飛べるようになったのかもわからないんだよね。あ、でも、この能力は他の人は持っていないみたいで、私以外に空を飛んでる人はいなかったよ。リュウくんの場合、多分私が手を握ってたから飛べたんだとは思うけど」
確かに、この世界で他に特別な能力を持っている人物をリュウは見たことがなかった。
リュウを追いかける大人達だって、逃げるリュウとヒナを同じように空を飛んで追いかけない辺り、ヒナの特有の能力なのかもしれない。
「それでね、リュウくんとヨシくんを探しに空を飛びながら色々見て回ってたとき、色々な人の話をこっそり聞いたんだけど……」
「それって盗み聞きじゃん」
「しょうがないでしょ! 直接は聞けないんだから! てか、今はそういうことはいいでしょ!」
リュウの悪いクセでつい横槍を入れてしまうと、すかさずヒナが反論する。
「わかったわかった。それで?」
「……でね、ここは多分、私が話したあの噂の異世界だと思う」
「やっぱり。なんとなくそうかなぁ、とは思ってたんだけど……」
ヒナが見聞きしたことを総合すると、ここは「普通」の世界と呼ばれる異世界。
リュウ達がいた世界と見た目などは変わらず、人々もほぼリュウ達がいた世界とは変わらないらしい。
ただし、ここの住人はみんなまるで人形のように操られているようで、みんな「普通」になっているそうだ。
リュウやヒナからしたら「普通じゃない」世界だが、ここの世界の人々はみんな平等に、全てが「普通」にならないといけないらしい。
「みんなを、平等に?」
「うん。みんな良くも悪くも一緒。何かをできてもできなくても、みんな一緒。それが『普通』ということなんだって」
「なんだそれ。わけわかんない」
みんなと一緒が普通っていうのは矛盾してるんじゃないかとリュウは思う。
ヒナも同じように共感できないからか、「だよね、私もそう思う」と頷いた。
__みんな違ってるから楽しいし、面白いのに。何でみんな一緒にしちゃうんだろう。
リュウなりに色々と考える。
とりあえず、どう考えてもこの世界は自分には合わないことだけはわかった。
「んー、でも多分だけど、わからないなりに考えると……差別をなくすってことだと思う」
「差別をなくす?」
「私も具体的にはよくわからないけど、みんなと違ってたらダメで、みんなと一緒じゃないとダメってことはそういうことなんじゃないかな。……多分」
リュウはそれを聞いて、さっき大人達が口々に言っていたことを思い出した。
「みんなと一緒がいい、違うとダメ。そういえば、普通じゃないとこの世界がどうのこうのって、大人達がさっき言ってた気がする」
「うん。なんかここでは普通にすることで、争いも何も起きない世界を目指してるっぽい」
「でもみんな普通とか平等とかにするなんて、そんなの無理だろ」
さすがのリュウでもわかる。
すべてを普通……平等にするのは難しいし、不可能だ。
生まれた場所、順番、環境、全部が全部一緒というのは無理な話だ。
そもそも、全員を平等にすることで平和になるのかとリュウには疑問だった。
__平等……平等……そういえば。
「そういえばさっき、俺ビョードーさまのところにソウカンしないとって言われたんだけど、あれ、どういう意味だったんだろう?」
「それがね、この世界にはビョードーという魔女がいるらしいよ。それで、その魔女のところに連れ去られた人はみんな『普通』に書き換えられるんだって」
「え……。オレ、本当に危ないところだったんだな」
自分ももし連れて行かれていたら、この世界の住人のように濁ったガラス玉のような瞳になって、「普通」になっていたのだろうと思うとリュウは身震いした。
「そうだよ! 無事にリュウくんを見つけられて本当によかった。リュウくんやヨシくんのおうちとか学校や塾とか見回ってて、そのあと神社のほうに行ったんだけど、正解だったよ」
「探してくれてありがとうな、ヒナ。おかげで助かった……って、そ、そういえば、ヨシ! ヨシが昨日ソウカンされたって言ってた!!」
「え! うそ!? ちょっともうリュウくん、それ先に言ってよ!! でも私、昨日に魔女の城も見てきたけど、それらしい人はいなかったよ? もしかして、入れ違いになったのかな……?」
「だったら早く魔女の城に行かなきゃ!!」
「あ、こら! 勝手にどっか行こうとしないでよ! リュウくん魔女の城の場所知らないでしょ!!」
リュウはもしヨシが「普通」に書き換えられて、ここの住人のようになってしまうかもしれないと思うと気が気じゃなかった。
「とにかく、すぐに向かうぞ!」
「もう、しょうがないなぁ! ちゃんと掴まっててよ」
二人でヨシを助けに行こうといざ飛び立とうとしていた時だった。