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第六話 逃げる

「はぁ、はぁ、はぁ……っ! どうしよう。どうしよう。どうしよう!」


 リュウが後ろを振り返る。するとそこにはたくさんの人。

 最初追いかけてきたのはリュウの母と保健室の先生の二人だけだったはずが、いつの間にか自分を追いかけてくる人数が増えていることに気づいたリュウは、さらにスピードを上げて逃げていく。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 元々運動が得意なリュウはかけっこなら誰にも負けない自信があった。スポーツクラブにも入っていて毎日走り込みをしてるので体力もある。だからか、すぐに追いつかれることはなかった。


 しかし、ずっと走り続けるというのは、いくら体力がたくさんあるといえどさすがにつらい。


 リュウにはまだ余力はあるものの、だんだん息も上がってくる。喉も渇いてきて、足も疲れてきた。

 しかも、逃げる場所が家も学校もダメで、リュウには他に行先がどこも思い浮かばなかった。

 このままずっと走り続けるわけにもいかないが、かと言って逃げ込む場所がない。リュウは内心かなり焦っていた。


 __どうしよう、どうしよう。母さんも先生もおかしいし、多分父さんもじーちゃんもばーちゃんもみんなおかしい。オレはどうすればいいんだ!?


 もうどこにも逃げ場がない。オレは捕まってしまうのか。と絶望しかけたとき、リュウはハッとあることを思い出す。


 __もしかしたら、この世界に来たあの神社なら……っ!!


「そうだ。ここに来た原因がもしあの神社の氷なら、同じ場所に行けば戻れるかもしれない!!」


 リュウは一か八か試してみようと、行き当たりばったりだった進路を変更して、神社に向かって走り出す。

 振り向くと、追いかける人数はさらに増えていた。

 多くの人間が自分を追いかけてくるということに、リュウはとてつもない恐怖を覚える。


 __怖い。怖い。


 本当は今にも(すく)んで止まりそうな足を無理矢理動かしながら、さらにスピードを上げて神社の裏へと向かうと、リュウはあの氷のあった場所に一直線に走っていった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、……あ! あった、ここだ!」


 リュウは走った勢いのままに、水たまりの氷の上に向かって、えい! っと思いきりジャンプした。


 どっすん!


「……あ、あれ、何で!?」


 しかし、勢いよく乗ったというのに、あのときとは違って何も起こらない。

 リュウが氷の上をピョンピョン飛び跳ねても何も反応もなく、氷はびくともしなかった。


「あのときなら、ここから落っこちてきたのに! 何で!? 何でだよ! お願いだから元の世界に戻してくれよ!!」


 リュウは焦って泣きそうになりながらも、追いかけてくる人が来るまで、何度も何度も諦めずに氷の上を跳ぶ。

 けれど、氷は一向に割れる気配もなければ、あのときのように消える様子もなく、ただ時間だけが過ぎていく。


「お願いだから、割れてよぉ!!」

「リュウ、やっと追いついたわよ……」


 ハッと顔を上げれば、いつのまにかグルっとリュウを囲むように大人達がいた。

 鈍く光るガラス玉のような瞳に見つめられ、リュウは思わず足が(すく)んで尻餅をつく。


「く、来るな! こっちに来るなぁ!!」


 リュウが尻餅をつきながら涙目であとずさる。

 すると、リュウの母のような見た目をした人物が、今まで見たことないような冷めたい表情でリュウを見下ろすと、グイッとリュウの首根っこを掴んで持ち上げた。

 顔を近づけられると、ガラス玉の瞳の奥で真っ黒い闇が広がっているのが見えて、思わず「ひぃ!!」とリュウは情けない声を出す。


「リュウ、あなたのためなのよ。早く送還されて、普通(、、)に戻りなさい。戻ってきたらきっと、普通(、、)のいい子になれるわ」

「ふ、普通ってなんだよ! 普通じゃなきゃそんなにいけないのか!?」

「当たり前でしょう? 普通が一番、普通じゃないのは悪いことよ。普通でないものはこの世界にはいらないもの。……ねぇ?」


 リュウの母が周りに同意を求めるようにそう言うと、周りの大人達は口々に「そうだそうだ」「普通じゃないなんておかしい」「普通こそが一番だ」「普通じゃないなんて考えるだけで恐ろしい!!」と言い合う。

 その姿はあまりにも異様だった。

「普通」ということにこだわる大人達。

 何が普通で、何が普通じゃないのかさえもわからないのに、普通普通普通と言われ続けて、リュウはあまりの恐怖に今にも大声で泣き出しそうだった。


「痛っ!!」


 なぜか突然掴まれていた手が離れ、リュウは足を地面につける。

 わけがわからないままリュウが母らしき人を見下ろせば、それはなぜだかとても痛そうに頭を押さえていた。

 足下には、さっき見たときはなかったはずの大きな石が転がっている。


「リュウくん! 逃げて!!」


 頭上から聞き慣れた声が聞こえて顔を上げると、そこにいたのはヒナだった。


「ヒナ!? な、何で空に!? えぇ!? 浮いてる!?」

「今はそんなことはいいから、とにかく早くリュウくん逃げて! 私がここはどうにかするから!!」

「う、うん! わかった!」


 なぜだかヒナが空に浮かんでいてリュウはギョッとするも、ヒナは次々に大人達に石を投げてリュウを捕まえようとする大人達を妨害してくれる。

 その間にリュウは無我夢中で大人達の合間を縫って人垣から脱出すると、一心不乱に走り出した。


「何だ、あの娘は!」

「痛っ! いたい!!」

「ふ、普通じゃない娘が! ここに、普通じゃない娘がいるわ!!」


 ヒナの攻撃に、逃げ惑う大人達。

 なかなかリュウを追いかけることもままならないようで、その隙に大人達から距離をとるリュウ。

 だが、ヒナの攻撃から逃れ、リュウをどうにか捕まえようと追いかけてくる大人達もいた。


「逃がさないわよ!」

「ビョードーさまに修正してもらわねば!!」

「リュウくん! こっち!!」


 いつの間にか目の前を飛んでいたヒナに手を伸ばされ、リュウは必死に手を伸ばすと手が繋がる。

 そして、絶対に離さないとばかりにギュッとヒナの手を握り締めた。


 すると、ふっと自分の身体が浮いたかと思うと、ヒナとともにリュウの身体は空を飛んだ。


「うわ! オレ、空飛んでる!?」

「リュウくん! このまま飛んで一緒に逃げるよ!」

「え? う、うん!!」


 リュウは戸惑いながらも、ヒナに言われるがまま空を飛ぶ。

 だんだんと地上から遠ざかっていき、小さくなっていく大人達を見て、リュウはやっとホッとするのだった。

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