第三話 リュウの家
「はっ! オレ死んだ!? って、あ、あれ? 何で? ここ、オレの部屋……だよな?」
ガバッと起き上がるとそこは見慣れた景色。
キョロキョロと見回してみるも、違和感は何もない。今いる場所はどこからどう見ても、普段過ごしている自分の部屋だった。
「もしかして、さっきのは夢……?」
自分の身体のどこを見回しても触っても、傷一つないことにホッとするリュウ。あれはもしかしたら夢だったんじゃないかと、リュウは先程までの自分の記憶を疑った。
「氷が急になくなって、水たまりの中に落ちたと思ったら空があって、なんてこと……普通はあるわけないよな」
現実でそんなことあるわけないじゃないかと思いつつも、まだあの身体が浮くようなふわふわした感覚が残っているリュウ。
随分とリアルな夢だったなと、さっき見た夢の出来事を思い出す。
__ヒナに噂を聞いて、それから神社に行って、噂の水たまりの氷の上にみんなで乗ったら急に落ちて……
普段は夢を見ても忘れることが多いリュウだが、さっきの夢はなぜだかはっきり思い出せる。
けれど実際、あんな高さから落ちたら死ぬよなと思い直した。
__最近やったFPSゲームも最初あんな感じで落ちてくるし、きっとそれをやったせいかもな。
そう自分に言い聞かせながら、念のためにとリュウは部屋をもう一度見回して、あのとき神社に置いてきたはずのランドセルがちゃんとあることを確認する。
そして、ランドセルが定位置にあることを確認したあと、やっぱりあれは夢だったんだとリュウは自分で結論づけた。
「でもそういえばオレ、いつから夢見てたんだろ」
思い出そうにも、夢の内容ははっきりしているくせにどこからが現実でどこからが夢なのか全く思い出せない。
とりあえず日時を確認しようとカレンダーを見ると、今日は一学期の終業式の日の朝だった。
時間の感覚がちょっとズレているような気がしつつも時計を見れば、あと三十分ほどで登校班の集合時間ということに気づいて、リュウは慌てて布団から飛び起きる。
そして、急いで私服に着替えるとバタバタとリビングに向かった。
「おはよう、リュウ。今日はいつもと違って随分とお寝坊さんなのね」
「母さんおはよう! って、あれ? 今日って母さんおやすみだっけ?」
普段は朝から仕事でいないはずのリュウの母がいて、驚くリュウ。
だが、その反応をしているリュウに、リュウの母も驚いた様子だった。
「何を言ってるのよ。リュウのためにお仕事やめたって言ってたでしょう?」
「え、えぇ!? そうだったっけ?」
言われた覚えがなくて困惑するリュウ。
しかも、普段いるはずの祖父母の姿も見えず、さらに混乱した。
「あれ? そういえばじーちゃんばーちゃんは?」
「何を言ってるの。おじいちゃんおばあちゃんは田舎にお引越ししたじゃない。だから、夏休みにはおじいちゃんおばあちゃんのおうちに行くんでしょう?」
「えぇ!? あれ? あれ?」
「もう、変な子ね。熱でもあるの? 大丈夫?」
「う、うん。多分、きっと大丈夫、なはず」
「そう? ならいいんだけど」
不思議そうな顔をしながらも、朝食を用意し始めるリュウの母。
普段は手軽なスナックパンやおにぎりばかりだったのに、今朝はご飯に卵焼きに味噌汁に焼き魚というしっかりとした朝食内容にリュウは戸惑った。
「今日はいつもと違って豪華な朝食だね」
「うん? いつもと一緒でしょう。さっきから大丈夫? リュウ、具合が悪いんじゃないの?」
心配そうにリュウの顔を覗き込むリュウの母。
だが、その瞳になぜだかリュウは違和感を覚えた。
__何だこれ。本当に目の前にいるのは母さんなのか?
よくよく見るとリュウの母の瞳が濁ったガラス玉のような不自然な光だったのに気づいて、胸がドキリと変な音を立てる。
慌ててリュウは頭を振って見間違いだともう一度自分の母を見るが、相変わらずそこにあるのは無機物のような瞳だった。
「どうしたの?」
「う、ううん! 何でもない! えっと、とにかくオレは元気だから、今日は終業式だし、ご飯食べたら行ってくるね」
せっかく家に母がいるというのに、なぜか嫌なドキドキをしながら慌ててご飯をかきこむリュウ。
心臓が痛くて、苦しくて、いつもはいっぱいご飯を食べるくせに、今日はあんまり食べる気にはなれなかった。
「あら、もう食べないの? そんなに急いだら身体に悪いわよ。ちょっと遅刻したって別にいいんだから、しっかり食べなさい」
「で、でも、遅刻したらみんなに悪いし!」
「大丈夫よ。遅れてもみんな平等なのだから問題ないわ」
「え?」
いつもだったら「いつまで食べてるの!?」とか、「急がないと遅刻するわよ!」とか「人に迷惑をかけてはいけません! だから遅刻なんてもってのほか!」と言う母から、普段とは正反対なことを言われると思っていなかったリュウ。
リュウは母が言ってることが理解できずに固まっていると、母は不思議そうに首を傾げていた。
__一体、どうなってるんだ。なんか、いつもと違うぞ。見た目も声も一緒なのに、知ってる母さんじゃない……っ!
違和感を全身で感じながら、リュウは早く家から出たくて、朝食の後片付けや朝の支度を済ませる。
「ご馳走さま! ごめんね、もうお腹いっぱい! なんか今日こんなに食べられないから、帰ってから食べるね!!」
「そう? ねぇ、リュウ。具合が悪いなら休んだら?」
「ううん、そういうんじゃないし!」
上手く誤魔化すような言葉が出てこなくて、とにかくここから早く出たいと適当なことを言いながら、リュウはさっさと用意を済ませる。
「じゃ、いってきまーす!」
「いってらっしゃーい! 具合が悪かったら早退してきなさいよ」
「う、うん! わかったー!!」
リュウはそう言うと、そそくさと逃げるように家を出るのだった。