第二話 神社の氷
「なぁ、ヒナ。神社に何があるんだよー?」
「もう、リュウ。ヒナちゃんが見たほうが早いって言ってるんだから、文句言わずにちゃんと歩きなよ」
「そーだそーだ」
「うるせー。もったいぶらずに教えろよー」
暑さも相まって、リュウは文句を言いながらダラダラと二人の後ろを歩く。
「てか、リュウ。あんまりダラダラしてると神社行く前に日が暮れるぞ」
「本当だよ。ただでさえ、リュウくんのせいで放課後居残りしてたんだからね」
二人から責められて分が悪いと気づいたリュウ。
そこで、話題を変えるためにあることを思いついた。
「じゃー、走ろうぜ! 一番先に着いたやつが勝ちなー! よーい、どん!!」
「あ、リュウくんずるーい! いきなり走らないでよ!」
「リュウ! ヒナちゃん! 待ってよー!!」
リュウが突然走り出すと、つられるようにヒナとヨシも走り出す。
足が速いリュウは真っ先に神社へとゴールし、ヒナはそのすぐあと、運動が苦手なヨシはかなりあとにゴールした。
「オレいっちばーん!」
「一番に走り出したんだからそりゃそうでしょ!」
「はぁはぁはぁはぁ……」
「ヨシくん大丈夫? お茶飲む?」
「ううん。あり……がとう、ヒナちゃん。自分の、お茶が、あるから、平気だよ」
ヨシは言いながら、息も絶え絶えに自分のお茶を飲む。
夏真っ盛りで太陽の陽射しも強く、普通に歩いているのでさえつらいというのに、運動が苦手なヨシにとってこの陽射しの中での長距離ダッシュはとてもつらかった。
その姿を見て、ヒナが肘でリュウを小突く。
「痛っ! 何すんだよっ」
「もー、リュウくんがいけないんだからね!」
「……だって、急げって言ったじゃん」
「そういうことじゃないでしょー!!」
いつもの調子で言い合うリュウとヒナ。
幼馴染みゆえか、すぐに喧嘩を始める二人。
お姉さんぶるヒナとヤンチャなリュウは意見が合わないことが多く、しょっちゅうこうして些細なことで衝突し、すぐに喧嘩をしていた。
そこへヨシが「もう大丈夫だよ」とまだ蒼白い顔をしながらフラフラとやってくる。
「本当? まだ顔色悪いよ、ヨシくん。急ぎじゃないからゆっくりしてていいよ?」
「ごめん、ヨシ。まだ具合悪いなら無理すんなよ?」
さすがのリュウも、ヨシの顔色の悪さに謝る。
するとヨシは小さく頭を振って、へらっと笑った。
「ううん、お茶飲んだから大丈夫。それで? 神社の噂って?」
「あ、うん。それがね、こっちらしいんだけど……」
噂話の先を促すヨシ。
どうしてもヨシは噂が気になって仕方がないようだった。
ヒナは促されるまま先頭に立ち、その後ろを男子二人がついていく。
そして、神社をぐるっと回ったちょうど神社の真後ろの辺りに到着すると、そこには池と呼ぶには小さいがそれなりの大きさの水たまりがあった。
しかももう夏だというのに氷を張っているのか、表面がツヤツヤと輝いている。
「この水たまり、一年中氷が張ってるんだって」
「へぇ! 凄いな!!」
リュウは初めて見る光景に目をキラキラと輝かせる。
ヨシはリュウとは対照的に賢いからだろうか、仕組みを解明しようとしているのか、まじまじと見ながら難しい顔をしていた。
「こんなの初めて見た。もうだいぶ暑いのに溶けないだなんて不思議だね。噂ってこのこと?」
「ううん、これもそうなんだけど、それだけじゃなくて。この氷の上に乗ると異世界に行けるんだって!」
ヒナが興奮気味で語る。
だが、男子二人はヒナの言うことが理解できずにお互いに顔を見合わせた。
「異世界? 何だそりゃ」
「えーっと、こことは違う場所、ってこと?」
「そうそう。あくまで噂だけど……ねぇ、せっかくだし試してみない?」
ヒナが目をらんらんと輝かせて二人に言う。
ヒナはとにかく好奇心旺盛で、おてんばな女子だ。
学校内では優等生ぶっているが、普段はリュウを巻き込んでリュウを隠れ蓑にしながら無茶をすることも多々あった。
「えー、やだよー。いきなり割れたらどうすんだよ」
「大丈夫だよ! ずっと割れたり溶けたりしないって言うし」
「そんなの嘘かもしれないじゃん」
「もう、リュウくん意気地なしなんだから! いいよ、まずは私がやってみるから!!」
思いのほかリュウのノリが悪くて想像した反応と違ったため、ヒナは痺れを切らす。
そして、ランドセルを下ろしたあとに「えい!」と氷の上に飛び乗る。
だが、変化は何もなく、氷はびくともしないし、どこかに繋がっている様子もなく、ヒナはただ氷の上に乗っているだけだった。
「あれぇ? おっかしいなぁ……」
「ほらぁ、やっぱり嘘だったんじゃないか」
「でも氷も割れないね。ヒナちゃん、乗ってる感じどう?」
「うーん、あんまり氷って感じがしないっていうか、トランポリンみたいにぼわんぼわんしててちょっと不思議な感じ! ねぇ、リュウくん来ないみたいだし、ヨシくんも乗ってみなよ」
ヒナがそう呼びかけると、ヨシも氷の上がどんな様子なのか気になったのか、ヒナと同じようにランドセルを置くと恐る恐る「えい」と氷の上に乗る。
だが、先程同様何も変化はなかった。
「あれ、割れないね」
「でしょう? しかもなんか硬くもなくてツルツルもしてなくて、氷と違って変な感じしない?」
「本当だ。何か柔らかいものに乗ってるような不思議な感覚だね」
ヒナとヨシが話しているのを遠くから見つめるリュウ。
それに気づいてヒナが声をかけた。
「ねぇ、リュウくん。リュウくんも乗ってみなよ!」
「嫌だよ。割れたらどうすんだよ」
「あー、もしかして恐いんだー?」
「ばっ! ち、ちげーよ!! うるせーな。わかったよ、乗ればいいんだろ!」
リュウがそう言ってランドセルを放り投げると、勢いよくドスンと氷の上に乗る。
その時だった。
「な、なんだ!? う、うぅううううわあぁあああああ!!」
足下にあったはずの氷がフッとなくなったかと思えば、空中に放り出されたかのように水たまりの中へリュウは落ちていく。
水たまりの中はなぜか濡れず、どこかに続いているのかひたすらまっさかさま。
あまりの恐さに、リュウは落ちている途中で気を失ってしまうのだった。