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 山向こうに住んでいる美代じいさんの家で宇宙戦争が勃発したのは今朝のことだ。



 事の始まりは、じいさんがデイサービス先で一人の女性を巡って三角関係になってしまったことにある。

そこでもう一人のじいさんと一人の女性の取り合いになったわけだ。


 最終的に、風船脳トレバレーでどちらがその女性と付き合うか決め、美代じいさんが勝ったらしい。

だが、結局女性の方は負けた方のじいさんを選んだ。


「勝者がすべてを得るという時代は終わったのだな」


 と、じいさんは私に言った。

 吐き捨てるというより、薄々感じていたことを口にしたという感じだった。たぶんカッコつけたのだと思う。

 次の日に彼はデイサービスに行くのをやめ、訪問マッサージ師を家に頼んで、後日私が派遣されたというわけだ。


 その初日に今の失恋沙汰を聞かされたわけである。なかなかやるなと言わざるを得ない。

 あるいは私は女だったから、そういう話をして気を引いてあわよくば、というおそれも十分ある。


 車いすに仕立ての良いワイシャツとスラックスいういでたちで私を出迎え、雰囲気も昔ながらのカクシャクとした老人という感じだった。

 頭はつるつるで、目がぎょろっとしている。

 明治の内閣官房みたいな感じ。教師をしていたらしい。


 こういう風体の男の口からとんでもない下ネタやセクハラを何度か受けたことがあるけど、じいさんはそれなりに紳士だった。


 失恋話をしても、なんだか昔話を語るようでもあった。昨日食べた豚丼がうまかったとか言っていたし。


 でももちろん傷ついていた。

 きっとその女性と仲良くなって、家に呼んだりデートしたり、杖や車いすをデコったりして色々と楽しい思いを描いていたに違いない。



 じいさんは10年前に奥さんに先立たれていた。

もともと重度のパーキンソン病で、歩くことができない。

 デイサービスもすごく楽しみにしていたはずだ。



 それで私はじいさんに『プラントプラネット』の話をした。


 それがいけなかった。


 じいさんの、余生の時間つぶしに天体観測でもしようかなんて言葉を受けてのことだった。

 それで私も、だったらいいものがありますよなんてちょっと水を向けてみたらぜひ持ってきてくれといわれ、それを約束した。


 実際次の訪問のとき、私は『プラントプラネット』をプレゼントした。



 一緒に住む娘さんにはこんな高価なものいただけませんと断られたが、じいさんは興味をもって手放そうとしない。

 けっきょく娘さんにはすごく恐縮させてしまったが、もらってくれた。




 プラントプラネットは、見た目は単なる水晶玉だ。占いで使われるような大きさ。

 中は透明な液体で満たされている。


 そこへ付属品の黒い粉を水で溶かしたものを、同じく付属品の専用注射器で注入する。

 すると数日後、その中に漆黒の小さな宇宙が誕生するのだ。


 水晶内にできた宇宙は置かれてある環境に左右される。ただただ真っ暗な宇宙空間があるばかりのものもあれば、星雲や恒星が生まれたりもする。

 さらに運が良ければその星の一つに生命体が誕生することだってあるらしい。


 こんな水晶玉サイズでも10万円くらいする。



 元恋人から別れる直前にもらった。

 そういうこともあって私は一度も箱を開けていない。

 すぐ捨ててしまいたかったが、粗大ごみの扱いだったので、予約とか取るのがめんどくさくて押入れに入れっぱなしだった。



 早速じいさんと一緒に木箱の蓋を明けてみる。

 すると、出てきた水晶はすでに真っ黒になっている。

 どうも元恋人は、自分で初期準備を済ませてから私に渡したようだ。あるいは中古品か何かだったのか。


 じいさんは気にせず、庭のガラス窓の近くに専用の座布団を敷いて、そこに飾ってくれた。


 水晶内に広がる宇宙にはポツポツと光が瞬き、煙のような闇が湧き水のようにうごめいている。

 どうやら、星の誕生には成功したらしい。


 それは何とも言えない蠱惑的な光景だった。この光と煙の向こうに、生命が今にも生まれ出てこようとしているかのような神秘を感じないでもない。

 じいさんの目も子供のように輝いている。


 私も水晶に釘づけた。こんなのが何か月も私の家にあっただなんて、ちょっともったいなかったかも知れない。



***



 じいさんの娘さんから電話があったのは、その二日後のことだ。

 プラントプラネットは持ち主登録が必要だった。

 書類上の所有者はまだ私なので、何かあったときのために連絡先を渡しておいたのだ。


 まだ夜も明けていない、深夜未明のことである。



 鳴り響くスマホを探し当て電話に出ると、早く家に来てくださいと、静かな声で女の人がそう言った。


 私はどなたかを尋ねた。娘さんはそこで初めて自分が美代じいさんの娘であることを名乗った。


「はやく、家に来てください。今すぐ」


 何かがあったことは聞かずともわかった。冷水を浴びせかけられたかのように私は覚醒した。

 すっくとベッドから起き上がる。

 娘さんは詳しいことを告げず、早く来てくださいとそう返すばかりだった。

 結局私は今すぐ向かうことを約束して電話を切った。




 すぐに仕事着のジャージに着替え、簡単な身支度をして車に乗り込む。

 なんとなくだけど、このことは会社に報告はしなかった。




 ついたのは午前5時を過ぎたあたり。空は白々と明るくなっていた。

 途中の道路は空いていた。コンビニのトラックとすれ違うくらい。


 じいさんの家は、築5年くらいの比較的新しい家だ。周囲は畑が広がっている。近所の家はちょっと離れたところにあって、そこの周りも畑だった。

 農家といえども、どの家も明かりはついていない。


 駐車場に車を止めようとしていると、いつの間にか娘さんが出てきて待っている。

 車から出ると、彼女ははやく家に入ってくれと言う。まごまごしてると、手を引っ張って連れて行かれそうなほどの勢いだ。


 玄関に入る。真っ暗だ。

 しかし娘さんは電気はつけない。外の明かりを頼りに私は家に上がる。

 思わず眉をしかめる。


 変なにおいがする。


 なんだろう、火薬か。花火でもやったのか。

 娘さんは何も言わず、少し先にあるじいさんの部屋の前で待っている。











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