最初の事件
帰宅してテレビをつけると、ネットニュースで見た脱走犯のことで話題は持ち切りだった。田川庄次郎という男は俺の記憶にはないが、昨年、元交際相手の恋人とその家族を殺害して死刑判決を受けていたらしい。現代の日本では毎日のように殺人事件のニュースが伝えられる。だから、こんな残虐な事件を起こした男のことも、関係のない世間一般の人間はいちいち覚えていられない。すべてが、他人事である。こういったニュースは、自分が当事者でない限り、人は滅多に関心が湧かない。九州にいるのならば流石に東京までは逃げて来ないだろう。だからというのもあり、なかなか関心が湧かないのだ。しかしながらニュースを観ていると、さっき観た映画の殺人鬼役の俳優を思い出して思わず鳥肌が立った。あんなのが現実にも存在していると思うと、身の毛がよだつ。もしも外で出くわしたら、卒倒してしまうに違いない。勢いよくテレビの電源を消し、リモコンをクッションの上に放り投げると、ベッドに倒れこんだ。すると、俺が横になったのとほとんど同じタイミングで、玄関のベルが鳴った。出てみると、それは警察官だった。
「この印籠が目に入らぬカァ!」
「うわぁ!」
俺は思わず、玄関先で腰を抜かしてしまった。いったいぜんたいなんなんだ、こいつは。
警官姿ではあるが、様子がおかしい。
「な、なんなんですか!」
「警察ダヨ! ほら! 福留といいマース!」
「福留」と名乗るその男は、本物かどうかもわからない警察手帳をぶらんぶらんと振り回した。
「あの、それ本物の警察手帳なんですか?」
「あぁ! 言ったナ! 言ったナ! お前、ひでぇやつダ! 逮捕なのだー!」
「うわっ! 何するんですか!」
福留はポケットから手錠を取り出し、俺につけようとしてきた。
「警察呼びますよ!」
「本当だって! 確認してみろヨ!」
「いいんですね?」
福留は楽しそうに笑っている。こいつ、何か危ない薬でもやっているのでは。俺は迷わず警察に通報します。
「はい、こちら西警察署です」
「あ、あの、僕の家に『福留』と名乗る、警察官に扮した男が来て、迷惑なので来ていただいてもよろしいでしょうか」
あれ、返事がない。返事の代わりに、電話の向こうから呆れたようなため息が聞こえてくる。
「『福留』はうちの警察官です。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
「ナ? だから言ったラロ?」
冗談じゃない。こいつ、どうやって警察になれたのだ。だが本物の警察官だと分かった以上は、真面目に対応するしかない。
「要件はなんなんですか?」
「あ、そヤネ。本題いこカァ。あのね、こちらのアパートで、隣に住んでいる、金田さんをご存じですカ?」
「あ、はい。すれ違ったら挨拶するくらいですけど」
「アァ! 君、ちゃんと挨拶できるんだ! おりこうサン!」
そう言って福留はいきなり俺の頭を撫でてきた。
「うわっ! 警察呼びますよ!」
「うわわァ! ごめんなさい!」
効いた。今度から面倒になったらこの手を使おう。
「早く、要件を言ってください」
「はい!」
小学校1年生のように元気よく手を挙げ、福留は続けた。
「金田さんが今朝、痛いで見つかりました! あなた、今日はどこで何をしていましたカァ!」