映画に表れ
この日は、二人で映画を観に行った。話題になっている、サスペンス映画だ。那奈は恋愛ものがいいと反対したが、どうしても観たい映画だったので押し切った。上映時間のぎりぎり前に行ったので、二つ並んで空いている座席は最前列しかなかった。
「ほら! いっちばん前の席しかないよ!」
「やっぱりよく見えないかな?」
「当たり前じゃん! だってさ、前私1番前で観たことあるけど、めちゃめちゃ首痛くなったよ! その時は映画の内容なんかほとんど忘れちゃったなぁ」
「えぇ、そんなことある? 途中で居眠りしちゃったとかいうオチじゃないの?」
笑いながら指摘したら、那奈はいたずらが見つかった子どものように、バツが悪そうに笑った。
「へっへ、バレた?」
「あー、やっぱりかよ! じゃあ説得力ないね」
「え〜、だってさ、最前列は人気ないから残ってるんだよ?」
「う〜ん」
俺たち2人は唸った。しばらく沈黙が続いた。いつもは俺の方が折れる場合が多いが、今回はどうだろうか。那奈を見ると、何も言いそうになかった。それでも俺は、サスペンスをどうしても諦めきれなかった。
「那奈! 今日だけ! お願い! 恋愛のやつは今度さ、予約して絶対行くからっ! ね?」
「う〜ん、じゃあわかったよ。いいよ!」
「ありがとう!」
「そのかわり…」
「何? 怖いんですけど!」
「ポップコーンは塩味にしようね〜!」
「なんだ、そんなことか!」
那奈は折れてくれた。俺は彼女の優しさに心から感謝して、少し嫌だったが、最前列のチケットを二枚、券売機で買った。話題のサスペンス映画を観ることに決めたのだった。
映画を観ている最中は、一切那奈の様子を気にしなかった。何故なら俺は殺人鬼役の俳優の迫力満点の演技に圧倒されサスペンス映画に夢中になっていたからである。まるで本当に人を殺したことがあるのではないかと疑ってしまうほどのものだった。上映が終了した後も、あの俳優のセリフや仕草が脳にこびりついて離れなかった。大満足で映画館を後にした俺は、那奈を連れて近くのカフェに入った。そこで思う存分、映画の感想を語った。いつも二人で行く、雰囲気がお洒落なカフェ。なかなか一人では入りづらい。那奈と一緒でなかったら、おそらくこういう店に入ることはないだろう。俺は早く那奈と映画の内容について語りたくて仕方がなかった。
きっと那奈も楽しかったに違いないと思い、俺が映画に満足していることを伝えると、那奈は俺とは正反対の感想を持っていた。
「グロいだけであんまり面白くはなかったかなー」
「ええ? マジ? もしかして那奈って、怖い系苦手なの? お子様だねえ」
「そんなんじゃないってば!」
笑いながら否定する那奈に俺は畳みかける。
「だってさ、さっきのネットニュース、めっちゃびびってたじゃん」
「え、あ、ああ」
那奈の表情が微妙に変わる。俺は那奈の顔が少し、一瞬だけ強張ったのを俺は見逃さなかった。サスペンス映画は本当に苦手みたいだ。もうこの話題を振るのはやめておこう。那奈には少し悪いことをした。反省しなくてはならない。ただ、那奈は優しいので、冗談として受け答えしてくれた。
「じゃあさ、もし私が殺人鬼に襲われたら、守ってくれる?」
「もちろん!」
そんな質問には、即答できる。胸を張って言った。当たり前のことである。那奈はにっこり笑って約束だよ、と言った。そして指切りを何度も交わした。その後、別の話題に移った。何事もなかったかのように再び会話は盛り上がり、二時間ほど談笑し、笑顔で解散した。