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追放劇Ⅰ

 一階の広間のことを、事務所の人間は『談話室』と呼んでいる。仕事に使われることもあれば、名前のとおり、仲間内で気ままに話をするときにも利用されていた。

 快適に過ごすための家具が整っていて、いまは春の季節のため使用されていないが暖炉(だんろ)も備えつけてある。


 そんな談話室の赤い両扉が、派手な音ともに開いた。

 時刻は夜の七時。約束の時間ぴったりに、名探偵ギル・フォックスは姿を現した。


 楽しいティータイムは終わりだ。

 さっそく青目の暴君さまの指示で、今宵(こよい)の舞台がつくられていく。


 大きなダイニングテーブルは端に寄せられ、談話室の広い空間に椅子が並べられる。部屋の中央にきれいな円を描くように配置しろと、名探偵はみなに命令した。


 室内の椅子だけでは数が足りないため、ほかの場所からも運んでくる必要があった。しぶしぶ運ぶ作業をくり返し──最後、僕が二階から椅子を下ろしたときには、すでに全員が着席していた。


「遅いぞ、ハロウ。さっさと席につけ」


 ギルが文句を垂れる。暖炉を背に、彼は椅子の上で優雅に足を組みながら、一席ぶん空いているスペースを指さした。そこに置けと、僕に促す。


 僕の席は、談話室の扉から一番近い位置になった。

 そそくさと椅子を置いて着席すると、僕は改めて、この出来上がった奇妙なサークルをぐるりと見まわした。


 全員が円の内側へ向かい合っているため、誰の顔もすぐにいちべつできる。僕の席から時計まわりに、マリーナ、シルバー、ゴート、ギル、メイラ、ロイ、シトラスの順に並んでいた。


 ちなみに真正面の相手は、ギルであった。


『ハロウくん、君を頼りにしているよ』


 所長の声が、心地よく脳裏に響いた。

 思わず頬をゆるませかけるも、それはしょせん現実逃避というやつだ。すぐさま申し訳なさに胃がキリキリ痛みだす。


 やっぱり、所長の期待には応えられなさそうだ。

 すでに場は重苦しい険悪の空気に満ちている。誰もかれも、椅子の上で身を固くしていた。表情も険しく……なかには嫌悪をあらわにしていたり、不安げに顔を曇らせたりしていた。


 複数の目がちらちら動く。みな警戒して、今宵の場を設けた主催者の動向をうかがっているようだ。


 その名は、名探偵ギル・フォックス。

 事務所の花形であり、人々から羨望と期待の眼差しを一心に浴びる男──同時に、仲間内からは嫉妬を向けられる目の上のたんこぶである。

 

「全員、そろっているな」


 ギルは場をいちべつした。さまざまな感情が込められた視線を、彼は自信にあふれた青い瞳で受けめる。ただ一人だけ、僕の右隣の席に座るシトラス・リーフウッドにだけは片眉を吊り上げた。


「しかし、探偵と関係のない秘書も参加しているようだが……」


 いぶかしげなギルに、「所長から頼まれましたの」と、シトラスは澄ました顔で言った。


「不在の間に揉めごとが起こらないよう、みなさんのことをどうか見守っていてほしいとお願いされたものですから」


「フン……まぁいいだろう」


 会話の合間に、僕はギルを注意深く観察してみた。


 雨が降るなか。傘もささずに帰ってきたのだろう。いつもなら銀に見える灰色の髪が、雨にぬれたせいで色が鈍く(にぶ)しんたり垂れ下がっている。

 反面、機嫌はいくらかいいようだ。広場でつかみかかってきたような剣幕もなく、憎いくらい堂々と饒舌を見せている。ご自慢の『真実を映す両眼』とやらにも、活力をたぎらせていた。


「んで、いきなりなんのご用かな、名探偵さんよ? 突然、了解も取らずに、事務所の探偵たちを呼び集めたりして」


 さっそく皮肉の一石を投じたのは、シルバー・ロードラインであった。風もないのに横になびく赤毛を指先でいじりながら、挑発的な口でギルに問いかける。


「オレがこの場に居残ったのは、どこぞの勘違い野郎の顔をおがむためさ。

 デュバン所長からのお達しなら快く従おうとも──だが、なぁギル? いつからおまえ、自分が偉い立場になったと勘違いしちまったんだ?」


 これ以上、やつのいいようにはさせない。そんな強い意志を見せるシルバーは冷笑を決める。強い反感をあらわにすることで、相手の出鼻をくじこうとする魂胆(こんたん)のようだ。


「勘違いじゃない──じっさいに俺は偉いんだ」


 しかし、対するギルもすかさず鼻で笑い返す。


「そうだろう? 二番手の探偵、シルバー・ロードライン。

 なにせ、このヘリオス探偵事務所が新聞の表紙を飾るほど一躍有名になり、各所から依頼が殺到するようになったのは、すべてこの俺の功績だからな」


 ギルの言い分を前に、シルバーが余裕の笑みを崩す。

 もうちょっとくらい頑張ってほしかったが、こればかりは致し方ない。事務所への貢献度を引き合いに出されては、ギルの右に出る者はいない──それすなわち、逆らえないことを意味する。


 名声、富、権力……すべてをそろえた者の圧に、持たざる者は口を閉ざすしかほかないのだ。


「上っ面だけの探偵ごっこをしているおまえらに、おこぼれの仕事を与えているのはこの俺だ。シルバー……そこのところ、おまえこそ勘違いするんじゃあないぞ」


「こ、こいつッ!」


「……嫌みなやつだとは前々から思っていたけれど、ここまでバッサリ言ってくれるとはね」


 シルバーはうなり、横からメイラも苦言をこぼす。

 二人そろってギルを睨みつけるも、当人は威嚇(いかく)(きば)などものともせず、ゆったりと灰色の髪をかき上げた。


「ああ、この際だからはっきり言ってやるとも。そのために、俺は多忙な時間の合間を縫って、所長抜きで今回の場を用意したのだからなぁ」


 ギルはバカにするように笑った。

 張り合えば張り合うほど、惨めになるだけだ。それはシルバーやメイラだけじゃない、この場にいる探偵全員がわかっている。だから二人もこれ以上はなにも言わなかったし、僕を含めたほかの者も不平の口を開かなかった。


「なら、さっさと要件を言ってもらおう」


 一人だけ、静かに言ったのはゴートだ。筋肉質の太い両腕を固く組んでいる。その低音の声色には若干、苛立ちがにじんでいた。


「焦るなよ、ゴート。俺が探偵諸君(おまえたち)に伝えたいことは、極めてシンプルなことだ」


「…………」


 不敵に笑うギルを、ゴートが無言で()めつける。

 まさに一触即発の空気だ。僕が慌てて仲裁に入る手前で、ギルはひとり席から立ち上がった。


 まるで楽団の指揮者のように、彼は円形状に囲む全員の顔をみまわした。しなやかな長身を伸ばし、「単刀直入に言おう──」と言葉を発した。


「おまえらには失望した」


 彼の顔から、イヤらしい笑みがすっと消える。代わりに人の心臓を凍らせるような、冷徹な表情へと切り替わった。

 たった、ひと言だ。

 短い言葉のなかに凝縮された威圧感に、僕は身震いした。


(これが、(ちまた)で『名探偵』ともてはやされる男の顔か……)


 視線が鋭いなんてものじゃない。もはや人を射殺さんとばかりにギラついた青の眼差しに、喉がひくついた。


「昼間の件──広場で起こした、みっともない騒動もそうだが……最近のおまえらの仕事ぶりは、じつに目に余る」


 地の底から響くような低い声色のまま、ギルはしゃべりはじめた。


「すっかり気がたるんでしまっているようだな。まぁ、それも無理はない……見栄を張るばかりでつまらない依頼人たちの、これまたちゃちな事件にばかりつき合わされているんだ。

 それでも、行儀のよい探偵もどきのふりさえしていればいいのだから、おまえらは本当に気楽でいいよ。さらに人のことを(ひと)しくひがむので大忙しときた……これでは、大事な頭脳が鈍ってしまうのも仕方がないよな」


 ギルは円の内側へ歩みを進め、個々の席の前を通り過ぎる。

 反時計まわりに、ゆるい足取りで床を踏んでいった。その間にも、べらべらとしゃべりたくる様子から、日頃の鬱憤(うっぷん)が相当たまっていることをうかがわせた。


「所長には世話になった……が、あの人は自分の夢と顔に(おぼ)れすぎている。感傷だけでは、いまのこの混沌とした時代は生き残れないのだよ」


 円を一周したのち、今度は中心へと移動する。今夜の主役であることをアピールするかのように、ありもしないスポットライトを浴びて演説を続けた。


「おまえらに提案したい──『もっと賢く生きよう」とな。一つ想像してみろ……俺が、この名探偵ギル・フォックスさまが、この事務所からいなくなったらどうなる?

 俺のほうはまったく問題ない。なぜなら、俺のバックにはすでに素晴らしいパトロンがついているかなら。その気になれば、いつだってここから出ていけるとも!」


 名探偵は全員の前ではっきり言いきった。緊張と沈黙が漂うなか、少し間を置いてから彼はまた静かに話しはじめた。


「……が、俺もそこまで無情な人間じゃない。おまえらと出会えたのも、なにかの縁だ。これからもこのヘリオス探偵事務所に、この俺が幸運と益を運ぶことを約束しよう」


 ただし──。

 と、彼は言葉をためる。

 細めた目が、僕の顔をきつく捉えていたような気がした。


「俺の足を引っぱるようなら、容赦(ようしゃ)はしない。今後は全員、俺の指示に従って動いてもらう。

 ……なにせ、これから我々に待ち受けているのは、世にも恐ろしい凶悪事件ばかりだからな」


「……凶悪な事件?」


 思わず、僕は口に出していた。

 瞬間、ギルの唇の端が震えたように見えた。「……ああ、そうだ」と応えて、彼は自身の話を続ける。


「ボンクラ探偵が名を上げるには、これが一番手っ取り早い──世間を震え上がらせている大事件を解決することだ。

 人捜しだの、浮気調査だの、どうでもいいしょぼい依頼とはさよならだ。この運河の街ウォルタとて、小さな箱庭にすぎないのだよ……そう、これからはもっとっ! 活動範囲を国全土へと広げて、大きな事件を捕まえるんだ! 凶悪かつ、おぞましい事件をなっ!」


 いったん締めくくり、ギルはどかりと自分の席へ腰を下ろした。

 名探偵のとんでもない発想に、その場にいた誰もがぽかんと口を半開きにするのであった。

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