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プロローグ

【WEB版_250224ver/全編改稿済み】

※用事用語や文章表現以外の変更点は、『活動報告』を参照ください。

「見習い探偵ハロウ・オーリン」


 彼が、僕の名を呼んだ。

 その青い両眼に、鋭い眼光が宿る。さっきまで散々人を見下してあざ笑っていたくせに、いまや獲物を射抜かんとする狩人の目つきに変わっていた。


 名探偵ギル・フォックス。

 その威圧を前に、僕はたまらず息をのみこんだ。


「人の足を引っぱることしかできない無能者など、必要ない。不在の所長に代わって、この俺が直々におまえに引導を渡してやろう」


 足組みをほどき、ギルは椅子から立ち上がる。彼はまっすぐこちらの席まで歩いてきて、うろたえる僕の顔面にビシッと人さし指を突きつけた。


「いますぐ、この場から消え失せろ。この──ヘリオス探偵事務所に、おまえの居場所はない」


 俗に言う、『追放』というやつだ。


 僕は「えっ?」と小さく声を上げた。

 なにを言われたのか理解できないといったふうに、眼鏡越しの目を丸くする。一方で、ギルの眼差しは変わらない。無能者を排斥(はいせき)せんと、自前の青の目をギラつかせていた。


 僕は徐々に、焦りの色を顔に浮かべる。口元をほのかにゆるませ、ごまかし笑いを繕った。


「そ、そんな……僕を事務所から追いだすつもりかい?」


 冗談だろう?

 と、声を震わせて、固い頬をなんとか持ち上げてみせた。


 ──このとき、僕は静かにまわりをいちべつした。


 ここは探偵事務所の一階、広間に当たる通称『談話室』と呼ばれている一室である。


 広い部屋には赤い両扉と、季節が過ぎてすっかり使われなくなった暖炉が備えつけてある。ほかの家具はすべて部屋の片隅に追いやられ、いまは八つの椅子が円をつくって並べられていた。


 それぞれの椅子に、事務所の人間たちが座っている。


 僕は自身と目の前に立つギルとを除いた、ほか六人の顔色をうかがった。案の定、誰もがこの見せしめに暗い顔をしている。ただ一様に暗いとは言っても、それぞれの人物の性格に合った表情がはっきり表れていた。


 やるせなく、うつむいた顔。

 気丈に構えるも、こわばった顔。

 か弱く震え、おののく顔。

 あきらめきった、無心の顔。

 驚きと同情を混ぜた、複雑な顔。

 それと──。


(……あれ?)


 ダンッ!


 突然の強い物音に、僕はびくっと肩を震わせた。

 視線を正面に戻すと、苛立ったギルの顔があった。先程の物音は、彼が床を強く踏みならした靴音のようだった。

 

 慌てて、僕も椅子から立ち上がる。勢い余った反動で、椅子が後ろ向きに倒れてしまった。盛大に引っくり返る音に情けなさを覚えたが、それを律儀に直す余裕など、いまの僕には微塵(みじん)もなかった。


「なぁギル、そんな冷たいことを言わないでくれ。僕だって、頑張っているじゃないか! あ……そ、その探偵の見習いとしてね!」


 言葉がたどつく。

 もつれた舌をごまかすため、僕は一度咳払いをする。引き続き、頭から弁解の台詞をひねりだそうとするも……ダメだ、なにも浮かんでこない。


「僕だって、頑張っていたんだ!」


 自身の赤い瞳をまっすぐ向けて、僕はギルにすがりつく。

 口をはくはく動かし、悲痛なうなりを喉奥からしぼりだす。しかし彼の表情は厳しいままだ、眉根一つ微動(びどう)だにさせない。



「そう、頑張っていた……」


「…………」


「だから、ひどいよ。ひどすぎる、追放だなんて……頑張っていたんだ、僕なりにッ!」


 おなじ台詞をくり返すうちに、とうとう頭のなかが真っ白に染まる。ぎゅっと握りしめた拳の内側で、固くなった指先の冷たさを感じた。


「──なら、ここにいる連中にも聞こうか?」

「!」


 突然、ギルの手が伸びた。思わぬ行動に僕は避ける間もなく、シャツの襟首(えりくび)をつかまれてしまった。


「先日の失敗の件といい……ここ最近、事務所の空気がたるんでいるのはハロウ、おまえが元凶のような気がしてなぁ」


「く、くるしっ……!」


「悪いが、負け犬とつるむのだけはごめんだ」


 乱暴に襟をつかんだまま、彼の首が後方を振り向く。ほか六名の仲間たちをいちべつして──ハンッと高慢に鼻を鳴らした。


「俺はちがう。かつての名探偵、ヘリオス以上に名を轟かし、この国で成り上がってやるとも! 正義感に、人助け……無論、そんなもの俺の理想には不要の代物だ。

 なぁ、おまえたちももっと正直になるんだ。……欲しいんだろう? 賞賛、名声、金に地位に、権力──忌まわしい人生すべてをひっくり返せる力ってやつを! それらの見返りを期待して、俺は……俺はな、選んだんだ、名探偵の道をッ!」


 ……だからこそ、不要な芽を間引かないと。

 と、ギルは僕を見て吐き捨てる。欲望たぎる彼の不穏な熱弁に、異を唱える者は──誰一人、現れなかった。


 強い力で突き放された。

 僕は無様に転倒し、激しく咳きこむ。水気を帯びた目で見上げれば、見下ろすギルが顎をしゃくる。


 そのまま出ていけ、と。


「…………」


 よろよろと、僕は立ち上がった。

 立ち去る前に、もう一度だけ仲間たちの顔を見ようと振り返りかける。けれど、立ち塞がる名探偵さまが、それを許さない。仕方なしに負け犬らしく顔を地へ伏せて、僕はそそくさと足先を両扉へと向けた。


 背後で、誰かが椅子から立ち上がる音が聞こえた。しかし、同時にそれを制止する声も飛んで、結局僕を引き止めてくれる者は誰もいなかった。


(…………)


 談話室をあとにし、そのまま事務所の玄関に向かった。

 扉を開ければ、外は真っ暗な夜──運の悪いことに、冷たい雨が降りしきっている。小さくため息を吐けば、白い煙が闇夜のなかにすっと溶けていった。


 ギィギィ……なにか音が聞こえると思ったら、頭上で看板が風にゆれていた。


『ヘリオス探偵事務所』


 僕はじっとそれを見つめたあと、意を決して雨のなかへ飛びだした。

 湿った臭いが体を包む。雨はたちまち衣服に黒いまだら模様をつくって、僕の紅茶色の髪をしんなりぬらした。


 夜の通りを、僕は走った。

 がむしゃらに、足を動かして……。



 * * *



 名探偵ギル・フォックス。

 ヘリオス探偵事務所きっての人気者、いわゆる花形探偵だ。


 憎いやつだと、いまでも思っている。

 しかしこの夜のやりとりを最後に、まさか彼と永遠に別れることになるとは……このときの僕は思いもしていなかった。


 探偵事務所を去った時刻は、およそ夜の七時半ごろ。

 この物語をはじめるには、だいぶ時間を巻き戻す必要がある。


 まだ雨が降っていない、(くも)り空の朝へと──。

名探偵……と思いきや、まだまだ見習い探偵のハロウ・オーリン。

大人しい顔をしたメガネの青年ですが、このときの彼はまだ知る由もありません。事務所を追放されたことをきっかけに、自身の運命の歯車がまわりだしたことなど……。


やがて、彼は選ぶことになります。

悲劇を経て、名探偵としての道を歩むことに。


※しばらくは殺人事件も起きませんので、物語の世界観や登場人物のやりとりをお楽しみください。


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