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キラキラ、のちギスギス

「ふんっ、なによ」


 不機嫌な顔をしたメイラが、悪態をついた。


「たまったま、お子さまにぴったりのトンチでしたって、オチじゃないの。こんな事件解決しても、探偵の実力のうちには入らないわ」


「今回の手柄は、間違いなくロイのものだ。まっ、それは認めてやろう。だが──」

 

 今度はフフンと、シルバーが不敵に鼻を鳴らす。探偵としての一丁前のプライドが許さないのは、彼もメイラとおなじであった。


「やはり、探偵という肩書きを名乗る以上は、もっとビックな事件を解決してもらわないとな」


「ビックな事件?」


 小首をかしげて尋ねるマリーナに、シルバーはより得意気な顔になって顎の角度を上げる。


「ああ、そうとも。例えば、身の毛もよだつような残忍な手口の殺人事件とかな。悪を成敗して、この世に正義を証明すること……これこそ探偵の使命ってやつさ」


「まぁ、シルバーって案外趣味が悪いのね」


 マリーナはぷいっとシルバーから顔をそむけた。「ワタシはそんな不穏な事件はパスよ」と口をすぼめてから、彼女はぼそりと小言を言う。


「……だからこそ、やっぱりワタシが解きたかったなぁ、あの壺の謎。考えてみれば単純な仕掛けだったし、若旦那さんに恩を売っておけば、いずれは──」


 などなど、好き勝手な負け惜しみを口々にするメイラたちは放っておいて──僕は懐中時計の針を確認した。時刻は正午を過ぎている。いいかげん、探偵事務所へ戻らなければならない時間だ。


 ロイ、シトラス、メイラ、マリーナ、シルバー。

 広場にそろう探偵事務所の面々を改めていちべつする。ちなみに、今回の事件を提供してくれた骨董商の若旦那とは、ついさっき別れたばかりだ。


 彼はさっそく、手に入れた宝石を専門の鑑定に出すそうだ。宝石で得た金を借金の返済に当てて、祖父から譲り受けた店を立て直すのだと熱く燃えていた。


 そこにはもう、最初に出会ったころの気弱な印象は失せていた。僕は安堵し、彼の成功を心から応援したのであった。


 ちなみに別れぎわ、あとでしかるべきお礼を事務所宛に贈るとも彼は言っていたが、そこは秘書のシトラスが丁重にお断りをした。『今回は特例なもので……』と──。


「ハロウさん! ぼーっとしていないで助けてよっ!」


 ロイの叫びに、回想にふけっていた僕はハッと我に返る。


 ささやかな事件を解決し、依頼人の若旦那が去ったことで場はお開きになった──かと思った。


 ところが、広場に集う人だかりは一向に小さくならない。むしろ壺の謎を解き、夢のようなお宝を目にしたことで、人々の熱気はより高まっていった。


 事情を知らずに新たに広場へやってきた人にも、彼らはいましがた目にした奇跡を語った。そうして呼び寄せられた人の輪は、僕らが気づかぬ間に、どんどん大きくふくらんでいってしまったようだ。


 特に、壺の底をかち割ったロイ少年は引っぱりだこだ。「ぜひ、君に頼みたいことがある」と、あっちこっちから依頼の話を持ちかけられている。


 ……それがまた、現役探偵のメイラたちにとってはおもしろくない光景なのだ。


「ハロウさんは、ロイくんのことを頼みますね!」


 秘書のシトラスがきびっと指示を出す。事件を解決した以上、長居は無用だ。昼食を買い損ねてしまったが、それはまぁ、あとでどうとでもなるだろう。


「さっ、みなさん。これ以上、街の人たちが集まって場が混乱しないうちに、事務所へ戻りましょう。もちろん、今回のことはきちんと所長にも報告した上で──」


「ええっ、いま事務所に戻っちゃうの?」


 不満の声を上げたのは、マリーナだ。

 骨董商の若旦那という上客を結果的に逃してしまった彼女は、口惜しさが残っているのだろう。多勢に揉まれているロイのほうをちらっと見て、こう続けた。


「せっかく、こんなに人が集まっているのよ? これって、ワタシたち探偵の名前を売りだすのに、うってつけの機会じゃないかしら?」


「あら。それはナイスな案ね、マリーナ」


 妹の提案に、珍しく姉がほめた。同調する姉妹に、僕もシトラスも困った顔をした。


「メイラさんまで、なにを……」


「そうだよ。事件の依頼は、まず事務所を通すのが決まりじゃないか。個人の間でのやりとりはダメだよ。せめて所長の意見を聞いて、よく検討をしてからじゃないと……」


 焦るのはよくない。

 と忠告もかねて、僕は姉妹と向かい合った。


「君たちもギルのように、人から注目されることを夢見ているだろうけれど……でも、無理にあんなやつと張り合うことはないさ。

 ギルにはギルのやり方がある。メイラやマリーナまでもがその後ろに続いたって、損をするのは目に見えているよ」


 できるだけ親切に、建設的な意見を提供したつもりだった。

 しかし、欲に目がくらんだ者たちにとって、僕の思慮深さなど障害以外なにものでもない。


「あーもうっ! ギル、ギル、ギルって……みんな、うるさいわねッ!」


 癇癪(かんしゃく)を起こしたメイラが、その場で地団駄(じだんだ)を踏む。それから彼女はぐいっと僕のほうへ顔を突きだし、目をギラつかせて詰め寄ってきた。


「ただでさえ、あの男のせいでアタシたちにろくな仕事がまわってこないのよ? ハロウ、あんたみたいなトロッちな見習い探偵には一生わかんないでしょうけど、こっちは人生賭けてんのっ! 真剣そのものなのよっ!

 コロコロ転がってきたチャンスがあるのなら……ええ、喜んで地べたに()いつくばって、つかみ取ってやるわ!」


 短い髪を逆立てて、怒りをあらわにするメイラ。

 その威圧に僕がたじろいでいると、今度は後ろから、ふくらはぎ辺りを誰かの靴先にこづかれる。「あたっ」と、小さな痛みに振り返ってみれば、そこにはマリーナがいた。


「ワタシもカッチンときちゃったな。ハロウのその言い方」


 頬をふくらませて、マリーナがジト目で僕を睨んでくる。


「そうよね、足りないのは思いきりよね。ギルのように思いきって飛びこんじゃうこと……ふぅ、目が覚めたわ。ワタシ、次のお客さんはぜったいに逃さないんだから」


「その意気だ、マリーナ。ハッハハ、無粋(ぶすい)な男はモテないぜ? ハロウ」


 マリーナとくれば、当然、横からしゃしゃり出てくるのがシルバーだ。


 彼は馴れ馴れしく、人の肩をポンポン叩いてくる。

 いかにも姉妹の味方面(みかたづら)する好青年を気取っているが、彼もまた、ギルに嫉妬と不満を抱く探偵の一人だ。肩をつかんでくる指の力が心持ち強かった。


「オレたちにはもっと機会が必要なんだ。己の類いまれなる才能を生かし、明るい未来へ羽ばたくための大きな翼を広げるステージってやつが重要で──」


 以下略。

 シルバーの長ったらしい台詞はこの際、無視しておく。

 しかしどのみち、三人ともこの広場から離れる気はまったくないようだ。


 厄介な三人の探偵に囲まれてしまった僕こと、見習い探偵ハロウ・オーリン。さらに困ったことに、そこへ流れ星のごとく突っこんできたのが、ロイ少年であった。


「ハロウさん、あとはよろしくね!」

 

 そう言って、少年は背にまわり僕を盾にした。

 人の波がどっと押し寄せてくる。迫りくる顔と顔と顔……その口が一斉に動きだす。


「うちのドラ息子が家を出ていったきりで──」

「おばあさんの盗み癖を直してほしくて──」

「妻が怪しいんだ。夕べも家からいなくなっていて──」

「隣の住人が毎晩、変なことを──」


 各々がやかましく好き勝手しゃべりたくるものだから、僕は耳を塞ぎたくなった。だが、ただでさえ、僕は探偵三人に囲まれているから身動きがうまく取れない。


(……ああっ、もう!)


 もう強引にシトラスとロイの手を引っぱって、この場から逃げだしてやろうと決めた──そのときであった。


 ピッピピィーッ! 


「!」


 甲高く響いた笛の音が、周囲の熱狂を切り裂いた。

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