ゆかいな探偵仲間たちⅠ
買い物を終えた僕たちは、そのまま大通りを突き進んだ。
やがて、円形状に開けた広場へと出る。昼前とあって、軽食を扱う出店たちが活気とともによい香りを漂わせていた。
昼食になにか買っていこうか。僕が二人に提案しようと口を開きかけたところで、ふと、広場の一角に目が留まる。なにかあったのか、その一角にだけ人だかりが出来ていた。
「このアタシがじきじきに、あなたを悩ませている事件をズバッと解決してあげると言っているのよ? ねぇ、いったいそれのなにが不満なのよ!」
甲高く、そして負けん気の強い声が広場一帯に響き渡った。
僕たちはぎょっとして、お互いの顔を見合わせた。なんだか妙に、聞き覚えのある女の声だったからだ。
ドスのきいた声のあとに、「姉さん、そんなに大声を出したらダメじゃない。依頼人さんもほら、とてもびっくりしているわ」と可憐な声色が続く。二つの声を聞いて、僕たちは確信した。
「ちょ、ちょっとすみません。通してください……!」
無理を言って、僕たちは人だかりのなかを割って入った。最前まで抜けだしてみると、そこには三人の男女の姿があった。
最初に目についたのは、地べたに尻もちをつく青年であった。 面識のない人物だ。向かい合う女の威勢にだいぶ怯えているようで、しきりにびくびく震えている……なぜか、その腕に壺を抱えていた。
続いて目に留まったのは、そんな青年と対峙する二人の若い娘たちである。怯える彼とは対照的に、一人は肩をいからせ睨めつけ、もう一人はその隣で困った顔を見せていた。
「メイラさん! マリーナさん!」
真っ先にシトラスが声を上げた。この異様な光景を前に「いったい、これはなんの騒ぎですか?」と、年上の秘書はやや厳しい口調で二人の娘に問いかけた。
名を呼ばれたことで、彼女たちはようやく僕たちの存在に気づいた。僕、ロイ、シトラスの三人の顔を順々に視認したあと、メイラは顔をぷいと横にそむけ、マリーナはぎこちなく笑った。
「ああ、シトラスさんに、ロイくん……」
マリーナは愛想よく手を振る。一拍送れてから「それからハロウ」と、僕の名だけをあとまわし気味につけ足した。
彼女の名は、マリーナ・リトル。
年は十六歳だったか、年頃の可憐な雰囲気のある娘だ。じっさい、腰まで伸ばした黒髪を一本のおしゃれな三つ編みに結わいている姿が、僕の目にはしごく女の子らしく映った。
対して、いかにも気の強い男勝りな気性を露わにしているほうの名は、メイラ・リトル。
年は十八歳。髪色はおなじ黒だが、長髪のマリーナとは正反対にこちらはスパッと顎下のラインできれいに切りそろえている。見た目も中身も、さばさばとした苛烈な娘である。
姉のメイラに、妹のマリーナ。
この二人は、ヘリオス探偵事務所に所属する姉妹探偵なのである。
「説明をいただけますか? お二人とも」
きつく眉を寄せるシトラス。嫌なところを見つかってしまったと、メイラとマリーナは少々罰が悪そうにしていた。
「あはは……いつものことですよ。ちょっとばかり仕事に熱が入りすぎたうちの姉さんが、軽く暴走しているだけで──」
「マリーナ、余計なことは言わないで」
お茶を濁そうとする妹を、姉がぴしゃりと制する。
僕は改めて状況を確認した。怯えている見知らぬ青年、不機嫌な姉と困り顔の妹、そして集まった野次馬たち……。
「姉妹二人に、男が一人……端から見れば恋の修羅場のように見えますね、ハロウさん」
僕の隣で、ロイが笑いを忍ばせながら言った。
おもしろがっている場合じゃない。と、言い返してやりたいところだが、おそらく周囲に集まっている人々の目にもそう映っているにちがいないだろう。
じっさい、囃し立てる声も飛んでいる。「なんだ? 男の浮気か?」だの「三角関係のもつれか、春だねー」だのと、勝手な憶測の元で勝手に盛り上がっていた。
他所の痴話ゲンカほど面白い娯楽はない、といったところか。
問題は、その賑わいがさらなる野次馬を呼び寄せていることだ。心なしか、人だかりの輪がさっきよりも大きくなっている。ひとまず場所の移動だけでも提案しようと、僕はシトラスの元へ歩み寄ろうとした。
と、そのときだった。
「も、もしかして! あなたたちも──!」
「うわっ!」
突然ガバッと、例の青年が僕の脚にすがりついてきた。
「あなたたちもっ! ヘリオス探偵事務所の関係者の方でしょうか!」
「なっ、なんですか、あなたは! 僕の脚から離れてくださいよっ!」
「ぼ、ぼ、ぼくっ! 助けてほしいんです! いますぐになんとかしてもらわないと、大変なことになっちゃうんですよッ!」
壺を抱えつつ、青年は器用に僕の両脚へ抱きつく。引き剥がそうにも、残念なことにいまの僕の手は買い物の荷物でふさがれていた。
すると、「こらっ、ハロウ! 抜け駆けは許さないわっ!」と憤慨したメイラが、青年の両肩をつかんで背中から引っ張りはじめた。慌ててシトラスが、メイラの横暴を止めようと手を伸ばしす……。
かくして、僕、青年、メイラ、シトラスの順に奇妙なひとつながりが出来上がった。野次馬のなかから「四角関係か!」と声が飛んで、僕は顔を真っ赤にした。
(なんなんだ、この状況は……!)
そばにいるロイに助けてもらおうと思ったが、少年はちゃっかりマリーナと一緒に離れた所に移動していた。二人そろってニヤニヤ面白おかしそうにこちらを眺めているさまが小憎らしかった。
「いいこと、ハロウ!」
メイラがギラッと、鋭い眼差しで睨んできた。
「その依頼人は、すでにアタシの獲物なのよ。見習いふぜいのあんたが横からかすめ取ろうったって、そうはさせないんだから!」
勝手に因縁をつけられてしまった。
けれど、彼女のひと言でようやく僕は合点がいった。この青年は依頼人──我らがヘリオス探偵事務所になにか事件の依頼を持ちこみたいらしい。
僕は改めて、脚にすがりつく青年を見下ろした。
ひと目見たときから、かなり仕立てのいい服を着ているとは思っていた。頭にかぶっている筒型の帽子も、その飾りにあしらわれている銀細工も……成人になったばかりのような若い風貌のくせして、彼の懐の豊かさを象徴していた。
「メイラさん……何度も申しておりますが、お客さまからの依頼は、必ず事務所を通してからにしてください」
息巻くメイラの後ろで、秘書のシトラスが苦言をこぼす。
「所長をまじえて依頼内容を念入りに検討したのち、担当の探偵を決めることになっております。それがルールです、横取りもなにもありませんよ」
「ふんっ! ルール、ルールってうるさいけれど、じっさいはどうだか……」
忠告を一蹴し、メイラはせせら笑う。猫のように目を細めると、蔑みを込めた眼差しを再び青年へ向ける。
「そもそも、この依頼人だって──」
「あうぅ、お願いしますぉ……。ぼくにはもう、時間がないんですから……」
青年は相変わらず壺を大事そうに抱えたまま、めそめそ泣いている。離してくれる気配はない。こちらがなだめようとしても、ひどく気が高ぶっているせいでまともな会話もできなかった。
「事件を解決してくださったあかつきには、倍以上の報酬をお支払いしますから……だから、どうか──」
目も鼻も汁気にまみれた顔で、青年は僕の顔を見上げてこう言った。
「どうか、名探偵ギル・フォックスさんに事件の依頼を!」
「…………」
メイラが怒っている理由が、はっきりわかってしまった。
「ああ、なるほど。そういうことですか」
ロイも離れた位置から、納得したようにポンと手を打つ。
その隣で、マリーナがあきれた顔で肩をすくめていた。
「そうなの。この人もまた、名探偵のギルにお仕事を頼みたいってクチなの」
マリーナは短いため息を吐いて、「んもう、最近こういう人ばっかり増えて、ワタシもやんなっちゃうな」とぼやいた。
感情的な姉の代わりに、マリーナが事情を説明した。話は、じつに単純な揉め事であった。
「この人ね、街で大きな店を構えている骨董品屋の若旦那さんなの」
裕福そうな身なりの正体は、商人であった。そこそこ名の知れた店らしく、野次馬たちのなかからもうなずく声が上がる。
「もとはワタシが担当していた別件──浮気調査のために出入りしていた、さるお屋敷でお知り合いになったの。
ぜひ事務所で依頼したいことがあるって言うから、さっきまでお茶をしながら彼の話を聞いていたのよ。たまたま居合わせていた姉さんもまぜてね」
だけど……。
と、マリーナが口ごもる。その横でロイが「ははーん、わかりました!」と得意気に声を張り上げた。
「アレですね? 探偵事務所の関係者であるお二人を通じて……直接、ギルさんに事件を依頼したい! っていう下心を隠し持っていたわけですか!」
「ピンポーン、ロイくん大正解! ……そのとたんに、姉さんがブチギレちゃったってわけ」
はしゃぐように手を叩いたあとで、「ま、そうなる気持ちもわかるんだけどね」と、マリーナはつぶやいた。
「ここ最近の依頼は、みーんな……ギル指名ばっかりだものね」
最後の彼女の口調は、淡々と冷めきっていた。
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