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僕の痛み

【ネタバレ注意!】初めての方、途中の方はネタバレにお気をつけください。

 すばらしき七人の探偵たち。


 事務所の花形、名探偵のギル・フォックス。


 キザな探偵、シルバー・ロードライン。


 姉妹探偵の姉、メイラ・リトル。


 おなじく妹、マリーナ・リトル。


 寡黙(かもく)な探偵、ゴート・イラクサ。


 見習い探偵のハロウ・オーリンと、ロイ・ブラウニー。


(……なんということだ)


 救いのない真実を前に、全身から血の気が失せる。


 最初から、すべて仕組まれていたというのか。

 犯人が探偵たちを殺害する動機を、僕は死んだ彼らが探偵の理想像にそむいたせいだとばかり思っていた。


 とんだ勘違いであった。

 語る未来など、はじめからなかったのだ。


 はじめから──そう、ギルがみんなの前で野望を語る前から……僕が事務所にやってくる前から……別荘地での事件が起こる前から……探偵事務所が開設する、はるか前から。


 七人の若者たち。

 未来を(たく)すためではない。未来を奪うためだけに、僕らはデュバン・ナイトハートに選定(せんてい)されたのだ。


「……ぁ……ぅ」


 シトラス・リーフウッドが冷たい微笑を向けたのも、いまなら納得できる。

 共犯者である彼女は、デュバンからある程度知らされていたのだろう。だから、彼女は冷笑したのだ。奪われる手はずの未来を語る、(おろ)かな名探偵に──いや、若者たちに。

 

 共感しがたい狂気の動機を前に、僕は身動きが取れなかった。デュバンがすくっと立ち上がる。死体の脇を通って、彼が僕の目の前に立っても……僕は身を震わせるばかりで、なにもできなかった。


 短剣を握った手が持ち上がり、僕の頬をかすめる。

 そのまま耳に掛かった眼鏡のツル(・・)にふれて、ずれた位置を正された。


「……ね、がいです、しょ……ちょう」

「うん?」


 もうこの呼び名にすら意味がないとわかっているのに、僕は再度、彼に呼びかける。瞳の焦点すら合っていないのも承知だ、恐怖に視界がにじんでいることもわかっている。


 それでも、僕は呼びかけずにはいられないのだ。


「お願いです……思い、だしてください……」


 声がかすれる。

 僕はさんざん自分のことを探偵じゃない、探偵にはなれないと否定してきた。皮肉なことに、本当に探偵じゃなくて獲物にすぎなかったのである。


 だからこそ、この僕にしかできないことがある。彼と同様の罪を犯した者として、言えることを言わなくてはならないのだ。


「……思いだして……」

「思いだす? なにをだい?」


 デュバンは小首をかしげる。僕は詰まる声をなんとか絞りだすよう、えづきながら「感情を……」と続けた。


「大事な友を殺してしまった時の、背負いきれない大きな罪悪感を……罪と、痛みの感情を……っ」


「痛み……?」


「……あなたも裏切られたと……思ったんだ。信じていた人の、素性を知って……ものすごくショックだったんだ……」


 だから、負の感情に背中を押されるがままに、衝動的に(やいば)を向けてしまった。


 僕にもわかる。

 僕もそうであったから……。


「奪った命は取り戻せない……僕とおなじで、あなたも取り返しのつかないことをして苦しんだんです。

 いくらその場での贖罪(しょくざい)から逃げおおせたとしても……ぜったいに、許されることじゃないんですよッ!」


 嗚咽(おえつ)とともに、僕はデュバンの手をつかんだ。右手でつかんだ手首を引き寄せ、左手で短剣の刀身を握りしめる。手のひらの皮が裂け、火傷に似た激痛が走った。


「ぃッ!」


 僕は歯を食いしばり、苦痛に顔を歪ませる。

 握りしめた手からは、見る()に赤い血が滴った。僕のシャツの袖を染め上げ、足元に小さな血溜まりをつくっていく。


「ねぇ、そうでしょう!」


 刀身がすり抜けないよう五本の指で固くつかむ。もう一方の右手も逃がさないとばかりに指の節々を浮きだたせ、彼の手首の位置を固定した。


「…………」

「それと……あなたも、幸福だったはずだ」


 眉根一つ寄せないデュバンの顔が憎らしくて、僕も強がって不敵に口端を吊り上げさせた。


「この四カ月間、僕はとても幸せでした。ええっ、幸せでしたとも! 年の近い仲間たちに囲まれて、明るい夢を語るあなたのそばに寄り添えて……! この身に余るものに近づけて……得ることのなかった感情にふれて……」


 涙を流す資格なんてないのに。

 一つこらえれば、感情が十倍になってあふれ出てきた。


「身の程知らずの、殺人者のこの僕に……あなたは、みんなはぁ……っ!」


 涙も血も、元はおなじもので出来ているらしい。

 吹きだす汗も、鼻水も……ならば、いっそ髪も肉も内臓も目もすべておなじような気がした。


 肉体と魂の境界などない、僕はただ叫んだ。

 たった一つの(かたまり)と化して叫んでいた。

 

 塊──すなわち、これが僕の痛みである。

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