第10話(累計 第55話) 僕、皇帝陛下と話す。
「さあ、ここでなら雑音は無い。余も細かい事は気にせぬから、気軽に話すが良い!」
僕とティナは少年皇帝に引きずられるようにして宴会場から小さな部屋、しかし家具や壁紙がかなり上品な部屋に通された。
「この部屋は余が個人的に面会する際に使う部屋だ。まあ、お爺様が中々遣わせてくれぬがな。そこなる婚約者、何か言いたいことがあるのだろう? 話すが良い」
僕やティナの視線に気が付いたのか、少年皇帝は説明してくれる。
部屋には僕達の他、陛下とメイドらしき女性だけしかいない。
「では、怖れながら陛下。本当に宜しいのでしょうか? 警護役が居らぬ密室での面会など、危険過ぎます」
「ふむ。婚約者よ、魔神や伯爵と戦った者なのに案外と常識的な事を言う。だがな、余はお爺様の傀儡。余は死んでも誰も問題無いし、誰も悲しまぬ。ははは」
僕が暗殺の危険を指摘すると、陛下は自虐的な笑みで自分が操り人形と話した。
「陛下。わたくし、それは違うと思いますわ。確かに陛下の現状は御悲しいものです。ですが、何処かに陛下の事を思う人は必ずいます。少なくとも、今わたくしにとって陛下は敵ではなくなりましたわ」
ティナ、そんな陛下にそっと近づき、その手を両手で包む。
そして、僕に向けるのと同じ優しい笑みで微笑みかけた。
「……。余もフローレンティナの事情は少々知っておる。其方の家族を、お爺様が殺したのもな。そこなる婚約者、カイトも父をお爺様が殺したのだな」
「……はい。その通りでございます」
泣きそうな顔でティナと僕の顔を見る陛下。
それは今までの仮面、強権を振りかざす皇帝の顔ではなく、年相応の子供の顔だった。
「余も、その話を聞いて心を痛めた。だからこそ、今日二人に逢えるを楽しみにしておった。ここでは誰も他の者はおらぬ。そなたら、嫌、フローレンティナ達のお話を、ボクは直接聞きたいのです」
「はい、喜んで! ですが、お付きの方。本当に宜しいのでしょうか? わたくしやカイトは、陛下を傷つける気は毛頭ございませんが、勝手にお話しても?」
ティナは、笑顔で陛下に話しかける。
僕も本来の少年らしいキラキラした眼でティナを見る陛下を見て、完全に毒気を抜かれた。
……これが、この子の本来の顔なんだ。まだまだ幼くて可愛いね。
「この者か。【コレット】は長年ボクに仕えてくれておる。それに彼女は、言葉を話すことが出来ぬ。コレット、フローレンティナ達に喉を見せてくれ」
「……」
コレットと呼ばれた側仕え女性、陛下の問いに頷き、喉を覆っていた布を取り除いた。
「あ!」
「酷い……。痛かったのでしょうね、コレットお姉さま……」
コレットさんの喉を見て僕は思わず声を上げ、ティナは絶句して涙をこぼした。
「見ての通り、コレットは話すことが出来ぬ。だが、だからこそ誰にも秘密を洩らせぬと、お爺様はボクの側仕えにコレットを下さった。ボクもコレットを信用しているのは、もちろんだがな」
コレットさんの喉は、声帯があるであろう部分に鉤爪の様なモノで引き裂かれた跡があり、良く命があったものだと僕は思った。
「フローレンティナ、コレットの為に泣いてくれるのですか? また、仇であるボクをも許してくれるのですか?」
「はい。わたくし、罪は憎みますが、人は憎みません。人は変わる事が出来ますし、罪は償うことが出来ますから。大事なのは未来、この先に起きる悲劇を少しでも減らすのが、統治者として人の上に立つ貴族の役目と自覚しております」
「陛下、発言宜しいでしょうか? 私も過去には囚われません。明るい未来を目指すため、そしてフローレンティナ様やこの国全部の皆様の笑顔を守るために戦う所存です」
ティナも僕も、陛下に対して恨みはない。
逆に同情してしまう。
彼も、この腐った貴族社会の犠牲者なのだから。
「ははは! ボク、貴方達と話せて良かった。心の中でくすぶってた何かがすっかり消えた感じです。お姉さま、そしてお兄さま。お名前で呼んで良いですか? そして時々、お話させて貰っていいですか?」
「ええ。宜しくて、陛下」
「もちろんです、陛下」
すっかり影が消えた感じの陛下。
僕は、この子も「悪夢」から救いたいと思った。
おそらくティナもそうだろう。
「では、ティナお姉さま、カイトお兄さま。ボクと友達になってください」
「喜んで!」
「はい」
僕等に手を伸ばしてきた陛下。
その暖かい手を、僕とティナはぎゅっと握った。
◆ ◇ ◆ ◇
「へぇ、そんな事があったんですね。魔神が貴族の中に潜んでいるかもなんて。でも、お兄さまもお姉さまも凄いや。魔神やドラコンまで倒すなんて!」
「いえいえ。僕は、まだまだ未熟者です。グローア姉さんや仲間達の助けがあってやっとでした。ティナを救いに行く時もそうでしたね」
「カイトはすっごくカッコいいの! わたし、小さい頃からカイトの事が好きだったけど、呪われた時や結婚式に助けに来てくれて、もっと大好きになったの!」
<カイト様、ティナ様をお守りする際には無敵でございますからね>
既に夜も更けてきた中、陛下が聞き上手なのとティナが暴走気味なので、まだまだ話は続く。
なんと、ルークスまで勝手に出てきて僕達の話の補足説明までする始末。
コレットさん、嫌な表情ひとつ見せず僕達にもお茶を追加してくれる。
……これ、そろそろ止めないと時間的にも不味い事になりそう。
「ティナ、陛下。そろそろお時間が……」
「あ! 陛下、ごめんなさい。随分長く話し込んでしまいましたわ。もうこんな時刻になってしまいました」
「ふむ。かなり夜も更けてしまいましたね。お姉さま方はどうなさりますか? なんなら城の方で寝室を準備しますが?」
僕が声を掛けて、話し込んでいた二人とも夜も更けていたのにやっと気が付いた。
陛下はご厚意で城に泊ればというが、正直敵がいっぱいの城内で寝る度胸は僕にはない。
「ありがたい申し出ですが、わたくし達はお暇致します。なにせわたし、カイトと一緒に寝ないとダメですから」
「あ、陛下! 一応お話しておきますが、僕達はまだ清い関係ですので……」
「そうか。では、気を付けて帰ると良いです。しかし、カイトお兄さま。どうしてそこまで焦るのですか? ボク、乳母とは随分長く一緒に寝ていましたが? 添い寝に清いも清くないのもあるのですか?」
僕らが丁重に断るのだが、陛下は僕とティナの同衾について不思議がる。
まだまだ陛下は「お子様」なのだろう。
「えっとぉ。わたくしがいつまでも子供なのが恥ずかしいのでしょう、おほほほ!」
なんとか誤魔化して、僕達は帰路に就いた。
……どーして、こうなった?
<皇帝陛下、素の姿は可愛いお坊ちゃんでしたね。あんな子が無理やり皇帝の座に縛られているとは悲劇でございます>
では、明日の更新をお楽しみに。
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