第5話 僕、神官見習いに一旦なる。
「カイトさん。早く来てください」
「はい、神官長様!」
今日は、領主様に婚約式の準備でご挨拶の日。
僕は今、鍛冶神の神殿神官見習いとして、神官長であるグローア姉さんの付き人をしてる。
◆ ◇ ◆ ◇
「そうだ、カイト君。ウチに少々寄進してくれないかい? そうしたら、ウチの信者、神官見習いとして雇ってあげるけど?」
「え? そんなに簡単に信仰を決めちゃっても良いんですか、神殿長様?」
姉さんの紹介でお父様な神殿長様にお会いした時、彼はとんでも無い事を言い出した。
「信仰なんて、そんなものだよ? 私が言うのもなんだけど、神様の思考なんて人間、あ、この場合の人間は只人族、ドワーフ族やエルフ族などの人類種全部って意味ね。人間に神様が何考えているかなんて完全には分からないよ。あまりに高位、異次元すぎて理解不能。アリに人間の思考を理解しろってのと同じかな? まだ、ウチの神様は納得できる指示、預言をしてくださる方だけれどね」
アデーレ姉さんのお父様、ミニサンタさんみたいな神殿長様は、神殿のお偉さんにしては、ぶっちゃけた話をしてくれる。
「確かに神様のお考えは、僕にも分かりません。この世界の神様は神聖魔法や『スキル』という御利益を下さる分、地球の神様よりは現実的ではありますが」
「地球でも宗教があったとは思うけれども、そちらでは御利益ってのは無いのかい?」
「ええ、基本は無いですね、姉さん。魔法的なものも、ごく一部の方のみが長年修行してやっと使えるという噂がある程度。なのに、同じ神を信仰する複数の宗教同士、最悪の場合同じ宗教でも宗派、解釈の違いで、殺し合いに発展していたのは悲しい事です」
中世文化でやや原始的でありながらも、御利益が見えやすい多神教の異世界。
高度文明になりながらも、解釈の違いだけで殺し合う一神教主体の地球。
どちらが正しいのか、僕にも判断は出来ない。
「で、坊や。いや、カイト君は宗教を、信じる神様を急に変えるのはダメかい?」
「いえ、神殿長様。僕が信じていたというか、習慣になっていた宗教は、どんな神様を信じても良い教えでした。何処にでも神様は存在し、神様に恥じない行動をすべきという教えですね。なので、こちらの神様を信仰しても問題無しです」
日本神道の教え、僕は父や母よりお天道様に恥ずかしくない行動をしなさいとよく言われていた。
そして、トイレや米粒一つにも神様がいらっしゃるとも。
なので、異世界の神様に対しても特段違和感は感じない。
「じゃあ、入信おめでとう。では、カイト。貴方には住み込みで神官長の側仕え役を任じます。ちょうど、明日には領主様のところで打ち合わせがあるから、神官長と一緒に一緒にお屋敷に行ってください」
「はい!?」
「ふふふ。運が良ければ、第二婦人になられる方にもお会いできますよ?」
◆ ◇ ◆ ◇
「ふん、急ぎでなければ亜人ふぜいに婚約式を仕切って貰う事もないのだがな!」
「わたくし共としましては、この度の事も神のおぼしめしと思っております」
豪華だけど金ピカな謁見室、そこの玉座モドキな椅子に仰け反る様に座る領主。
彼がシェレンベルク伯、テオバルト・デル・ラウエンシュタイン。
如何にも悪徳領主という雰囲気、まるでガマガエルのような大きなお腹と眼の下にクマが見える不健康そうな四十路中年。
僕やグローア姉さんを、明らかに見下す視線で眺めてくる。
「ふん! 亜人風情が偉そうに。まあ、俺が領主である間は、良い目を見せてやろうぞ。ははは!」
「……ありがたき幸せでございます」
いかにも悪徳貴族なテオバルト、下々や只人族以外をヒトとも見ずに、ワガママを押し通す。
……同じ貴族でもティナのお父様は、こんな事無かったよね。地球人の僕にも優しかったし。
部屋の様相も、如何にも成り上がり風で金色でキラキラな物が多く、実に下品。
テオバルトにとっては、これが「良いもの」なのだろう?
……じゃあ、女の趣味も悪いのかなぁ。
「領主様、婚約式の前に姫様にお会いしたいのですが、宜しいでしょうか? 打ち合わせもありますし、ご本人のご意見も聞きたいですので」
「何故だ? 夫となる俺が第二婦人として認めただけではダメなのか?」
テオバルトの横では、第一婦人らしきアラサーくらいの美人さんが不機嫌そうに座っている。
彼女の様な美しい女性が妻として居ても、テオバルトの女癖は非常に悪いらしい。
テオバルトは妾、いや性奴隷を多数抱えており、妊娠したらお気に入りでないと配下に下げ渡したり、最悪母子共々「処分」されるとも巷で噂になっている。
……配下の娘とかにも手を出しているらしいし、困ったヤツだよ。
「ええ、我が神は女性の意見も聞き入れておりまして、望まぬ結婚・婚約を禁止しております。なので、御本人からのお話を聞きたいのです」
「……そうか。では、別室に呼ぶから、そこで話を聞くが良い。まあ、帰る家も無いフローレンティナは、俺の嫁になるしかないがな、ははは!」
……こいつ、許せない! 絶対にティナを取り返してやる!
◆ ◇ ◆ ◇
「始めまして、グローア様。この度は、わたくしフローレンティナの婚約の儀の為にお越し頂き、ありがとう存じます」
応接室と思われる、豪華ながらやや狭い部屋に通された僕と姉さん。
そこに、女性メイドを伴い、まだ年若い令嬢が現れた。
……え! え! 嘘! ほ、本当にティナだぁぁ!
<ほう。ティナ様、ワタクシの成長シミュレートを越えた美人になられてますね。ですが、まだ幼さもお持ちで、実にかわいらしいです。これは、カイト様でなくても領主から奪いたくなりますです!>
僕の胸元では、ルークスが興奮して無線イヤホン越しにぶつぶつ言うが、僕の耳には一切入らない。
目の前に現れた八年ぶりなティナの美しい姿に感動してしまったからだ。
続きは20時!
いよいよヒロイン、ティナちゃんの登場です!