第4話 僕、姉さんに怒られる。
僕は、簡素ながら品が良くて暖かい感じがする神殿応接室で、ドワーフ女性と向かい合っている。
「一体、どうして僕を神殿に呼び出したのですか、グローア姉さん?」
「ん? そこの『賢い箱』は、坊やに説明しなかったのかい?」
<周囲に監視の目がありましたので、グローア様のいう通りにしなさいとだけ説明してました。説明不足で申し訳ありません。それとワタクシの事はルークスとお呼び下さいと以前から申していますが?>
僕は姉さんと再会した翌日、彼女に言われたように宿を引き上げ、姉さんが居る鍛冶神の神殿に来ている。
姉さんが言うのは、僕は「動き過ぎた」らしく、ルークスが僕よりも姉さんの言葉を先に理解しているのが、僕は今ひとつ納得出来ていない。
「『賢い箱』の事は置いておいて、坊や。ここしばらくは頭が動いていないぞ? 以前なら、もう少し賢かったと思うけど?」
<どうやらパーティから追い出されてショックだったのと、直後に初恋の君の不幸を聞いて暴走してしまったのでしょう。注意不足だったのは、ワタクシの責任でもあります。申し訳ありません>
何か、僕がミスをしてしまったらしいのは分かるが、何を失敗したのだろうか?
「僕、何か失敗しましたか?」
「はぁ。『恋は盲目』っていうんだったっけ、地球の諺では。坊や、お姫様の情報を集めるのに動き過ぎてるぞ? テオドルのコネで盗賊ギルドに問い合わせたのまでは良いけど、お姫様の事をえらく真剣に聞くから、ギルド側でも坊やの事を警戒をしているんだよ。昨日までいた宿にも盗賊ギルドの眼が沢山動いてたぞ?」
<ええ。ワタクシの動体センサーでも、宿の周囲には多数の怪しい人が発見されてました>
「えー! そうだったの!?」
どうやら僕の行動は、盗賊ギルドを警戒させてしまったらしい。
非公認ながら、領主とも隠密・暗殺者派遣などで関係深い盗賊ギルド。
領主の嫁になるティナに何かあれば、事前に情報を知っていたのなら盗賊ギルドの責任問題となる。
なので、問題を犯しかねない僕の行動を監視していたのだろう。
……言われてみれば、その通り。すっかり頭が回っていなかったよぉ。
二連発のショックで、思考が固まっていた。
師匠が生きていたら、「このボケ!」と絶対に大目玉を喰らっていただろう。
「その顔なら、自分の行動がどんな影響を与えていたか、ようやく気が付いたようだね。坊や、アンタはまだまだガキなんだから、動くときは周囲に相談しなよ?」
<ええ。ワタクシに相談して頂いても限界がありますから。そういう意味では実に良いタイミングでグローア様に見つけて頂きました>
僕の失敗を案じてくれる姉さんにルークス。
僕には、もったいない仲間だ。
「あ、ありがとうございます、姉さん」
「あ、泣いてるんじゃないよ。困ったねぇ、アタシは坊やを泣かせるつもりで連れて来たんじゃないから……」
<しばらくは泣かせてあげてくださいませ、グローア様。カイト様は、ワタクシくらいにしか愚痴を言えず、精神的にも追い詰められていましたから……>
僕はしばし、神殿の応接室で泣いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「事情は分かった。なるほど、盗賊ギルドが神経質になる訳だ。ただでさえ、領主様との関係は微妙だったからね」
「すいません、グローア姉さん。無関係な姉さんを巻き込んでしまって……」
姉さんのお付きの方に入れ直してもらったお茶を飲みながら、詳細を話した僕。
事態に無関係な姉さんを巻き込んだことを謝罪した。
「関係ねぇって事は無いよ? 坊やは、テオドルの弟子で義理の息子。なら、アタシにすれば孫みたいなもんさ。ちょうどアタシも暇してたんだ。話に一枚噛ませてくれないかい?」
「え? でも、姉さんは、ここの神殿のナンバー2。神官長も兼務しているんでしょ? 神殿も巻き込んじゃうよ?」
「そんなのは、どーでも良いんだよ。ウチの神さんは、若い者鍛えるのを大事にしなさいって教えだしね」
何故かノリノリで、応接間の机越しに僕に顔を寄せる姉さん。
ドワーフ族としてはアラフォーの域、まだ未婚らしいが実年齢は師匠よりも大分上と聞いたことがある。
修行と称し、冒険者をしていた若い頃に姉さんは師匠、デオドルとパーティを組んでいたらしい。
……どうやら師匠が冒険者としての弟子、僕が孫弟子になるっぽいね。姉さん、案外と美人さんなんだよねぇ。
ドワーフ族なので、身長は150センチもないくらいと低いけれども、その腕は僕の足よりも筋肉満載で太い。
そして案外と胸も腰回りも大きく、こげ茶色で量の多い髪を後ろで纏めている。
表情が豊かで愛嬌ある褐色美人さんが、グローア姉さんなのだ。
「姉さん、顔近いですって。神様は良いとして、神殿長さんに悪いですよ」
「あら、顔を赤くしちゃって。アタシに見惚れたのかい? でも残念だけど、アタシの好みには合わないんだよ、坊やは細すぎて。それとね、ここの神殿長はアタシの実のオヤジだから、安心しな」
「えー!」
僕は、すっかり姉さんに振り回されてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇
「坊や、いやカイト君の事情は理解した。ちょうど領主様から婚約の儀式をウチが頼まれているんだよ。だから、都合も良いね」
「本当に宜しいのですか、神殿長様。後から領主様に睨まれて大変な事になりますけれど?」
僕は姉さんに引きずられ、鍛冶神を祀る神殿の最高責任者、神殿長と面会をしている。
姉さんのお父様にしては小柄でドワーフ族というよりはノーム族か小人族っぽく見える神殿長様。
立派な白いお髭を生やし、一見ミニサンタさんっぽい。
「嫌がる女の子を無理やり婚約させるのは、我が神の思うところでは無いからね。それに他の神々を祀る全ての神殿は、色んな理由を付けて領主に婚約の儀は今回出来ないと断りをいれている。何処も今の領主様には文句あるんだよ」
「言ったとおりだろ、カイト。だから、アタシらに事前準備と逃走経路は全部任せておけって?」
優しい眼差しで、僕を見てくれる神殿長様。
そして僕の肩を叩きながらも、励ましてくれるグローア姉さん。
僕は、暖かい二人に再び泣かされてしまった。
続きは20分ほど後に。
お楽しみにです。