第37話 ティナ、貴族たちにお披露目される。
シェレンベルク伯爵家では、第二婦人、元キッツビューラー公爵家長女、フローレンティナ・デル・アイレンベルクと領主テオバルトとの結婚の儀が急遽行われる事になり、昼前から大騒ぎになっている。
大公家や他の貴族に通達があったのは、前日の午前。
近郊の貴族は急ぎ、今や話題のテオバルトとティナの婚儀を見ようと急ぎ伯爵家を訪問した。
「まだ未成年の少女と婚約を飛ばして結婚とはね」
「妻が若い男に誘拐されたって話だったでしたか?」
「幼妻が他所の男と浮気して駆け落ちしたと聞いたが?」
「それが、妻は男と元々恋人同士で、横入したのが伯爵様だったとか。横恋慕だったのは恥ずかしいですね」
「元より『ロリコン』伯爵と有名でしたがね」
「しかし、禁呪の奴隷紋で支配とは、やりますねぇ」
「さて、奪い返した妻を伯爵様は守れますかな?」
「仮にも元公爵家令嬢との婚儀、これにて伯爵様はさらに上を狙うのでしょうか?」
夕刻の大広間宴会場、既に多くの貴族達が集まり、好き勝手に噂話をしている。
禁呪まで使って未成年の幼妻を第二婦人に娶るテオバルトを半分馬鹿にしつつも、幼妻が元公爵家血縁者ということもあり、大公派閥内での勢力争いの情勢を読むように情報収集をしている貴族達。
「皆様、わざわざ私の第二婦人結婚儀式にお越し頂きありがとうございます。今、新たな妻は衣装準備をしており、まもなく皆様の前に顔をお見せできるかと思いますので、しばし歓談なさってお待ちくださいませ」
宴会場につながるバルコニーに顔を出したテオバルトは第一婦人を連れて、厚顔無恥に話す。
自分が、世間ではどういう噂話に晒されているのかを知りつつも。
そんな夫の様子にも、第一婦人は能面を崩さずにいた。
「流石は伯爵様。この場においても、堂々となさって恥ずかしめも見せぬとは」
「大公様も伯爵様に期待はなさっていらっしゃるのでしょうね。公爵家の娘を貢物として与えるのですから」
「さて、しかしその娘を一時的とはいえ奪われていたのは失点に……お! ほう……。これは奪われるのも納得です!」
噂話に夢中な貴族達、バルコニーに純白のウエディングドレスを纏った少女が現れたのを見て、誰もが息を忘れ見惚れた。
「皆様、この姫がフローレンティナ・デル・アイレンベルク。私の第二婦人になるものです。どうぞ、ご覧あれ!」
バルコニーを静々と歩く少女、ティナ。
その身を王国では珍しい高級なシルク製、豪華に刺繍が施された純白のウエディングドレスで包む。
ベール越しに見える翡翠色の瞳、白磁の肌は淡く化粧され、ほんのりピンクに映る頬。
艶々とし朱に染められた唇、まだ幼さの残る右目元には可愛げな泣きほくろ。
白銀のティアラが乗る絹糸のような栗毛の髪は、後ろに綺麗に編み上げられている。
両耳には、大粒の輝石が輝くイヤリング。
光を跳ね返すようなデコルテには、多数の色とりどりな宝石がちりばめられたペンダント、そしてもう一個質素ながら未知の素材のペンダントが見える。
デコルテにわずかに見える谷間の下、ドレスの胸元は大きく盛り上がり、対照的にコルセットで締められているだろう腰は折れてしまいそうに細い。
まるで、全身が自分から輝いてているかのよう、まさに今咲き誇ろうとしている華。
それが花嫁衣裳に身を包んでいるティナ。
「これは想像以上にお美しい。まだ幼げな表情もアクセントとして良いものだ。伯爵様は実に良い娘を貰われましたな」
「このような美少女、貴族界でも中々お目にかかれませんですね」
「とっても可愛いですわぁ。ウチの娘もこんなに綺麗になって欲しいですの」
「わたくしにも、あのような可憐な時代があったのかしら?」
男性貴族だけでなくお供の貴族令嬢・婦人たちも、ティナの可憐な花嫁姿にすっかり目を奪われていた。
「ほう。流石は公爵令嬢、高貴な美しさですな。すっかり観念して頂いたご様子。では、皆様の元へお披露目に参りますかな、フローレンティナ?」
「さて、どうでしょうか、伯爵様? とりあえず、ウエディングドレス、ありがとう存じます。伯爵様のご趣味にしては綺麗なドレスですので、とても嬉しかったですわ。わたくし、このドレス気に入りましたの、うふふ。あ、わたくし。一人で歩けますので、手を引かれなくても宜しいですわ」
ドレスが気に入られたのが嬉しかったテオバルト、ティナの手を引こうとするも、彼女は勝手に自分でスタスタと歩き出す。
そしてティナは、長いスカートながらも階段も危なげなく一人で降りていく、お客達に笑顔を振りまきながら。
「どうやら、姫様はまだ伯爵様には反発心があるご様子。さては、支配魔法はまだ使っていないのですか」
「時間が足りなかったのでしょうね。それに術を行う魔術師が姫の奪還時に犠牲になったとも聞きました」
「さて、気の強い姫を文字通り乗りこなせるのかね、伯爵様は?」
「幼いながらも圧倒的に格上の姫、伯爵様がどうやって手なずけるのか。実に楽しみですね」
貴族たちに囲まれながらも、気品高く振る舞いながら笑顔で挨拶をこなしていくティナ。
周囲は、ティナの方が伯爵よりも格が圧倒的に上と見ていた。
テオバルトとティナは宴会場の上座、祭壇へと進む。
そこには、光神の神像が設置されており、光神の上級神官、司祭が待っていた。
「皆様、お待たせしました。只今より私共の結婚の儀式を行いたいと思います。司祭様、儀式宜しくお願い致します」
「はい、テオバルト様。皆様、光神の名においてシェレンベルク伯爵テオバルト・デル・ラウエンシュタイン様と元キッツビューラー公爵令嬢フローレンティナ・デル・アイレンベルク様の結婚の儀式をこれより始めます」
テオバルトは、大公に無理を言って連れて来てもらった光神の司祭に結婚式の儀式進行を頼む。
ティナも舞台壇上にて、神妙な顔で佇んでいた。
「では、新郎テオバルト・デル・ラウエンシュタイン様。貴方はフローレンティナ様を第二婦人として、いかなる時にも彼女を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、生涯支え合う事を誓いますか?」
「はい、誓います」
テオバルトは、自信たっぷりに誓いの言葉を放つ。
その様子に、第一夫人の能面のような冷笑が更に温度を下げた。
「新婦フローレンティナ・デル・アイレンベルク様、貴方はテオバルト様を夫とし、いかなる時にも彼を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、生涯支え合う事を誓いますか?」
司祭が、微笑むティナに誓いの言葉を尋ねた。
「いいえ! 絶対に嫌です! 誰がこんな年上で変態のガマガエルと結婚なんてするもんですか!?」
しかし、ティナは満面の笑顔で拒否の言葉を放った。
「な、なにぃ?」
「フローレンティナ様、一体何を言っていらっしゃるのですか?」
テオバルトも司祭も驚きを隠せない。
そして客の貴族達もザワザワと騒ぎ出した。
「わたくし、心に決めた方がいて既に婚約もしています。絶対にその方以外とは結婚は致しませんですの! こと、わたくしを性奴隷にして弄ぶ気の変態伯爵となんてぜーったいに嫌ですぅ!」
ティナはあっかんべーをしながら、テオバルトに拒否を示す。
「ぐぬぬぬ。この場に及んで、そのような事を宣うのか、フローレンティナ? 昨晩にでも精神支配をしておくべきであったか。でも、まあ良い。今更何を言おうとも無駄だ。オマエが待っているガキは来ない。司祭殿、このまま式を進めるのだ」
「し、しかし、テオバルト様。我らが光神様は、お互いの誓いが無ければ儀式を認めてはくれませんぞ。ただでさえ、フローレンティナ様は鍛冶神様に認められて他の方と婚約儀式をなさっていますのに」
テオバルトは顔を醜悪にゆがめるも、ティナの意見なぞ聞かずに結婚儀式を進めようとする。
しかし、司祭はそれでは神に認められた結婚にはならないと困惑している。
「テオバルト様。ご無理をおっしゃるのは司祭様もお困りですわよ、オホホ。それに、カイトは必ずわたしを助けに来てくれますのよ」
ティナは嫌味っぽくテオバルトを嘲笑する。
そして、カイトが自分を救出に来てくれると発言した。
「あ、今来ましたわ。カイト、わたし嬉しいですの、うふふ」
そしてティナの言葉と同時に、式場内に爆音と衝撃が鳴り響いた。
いよいよカイト君、結婚式へ乱入です。
明日の更新をお楽しみにです。




