第35話 ティナは、上級魔神と戦う。
「カイト、大丈夫かしら」
「レオンも姉さんも一緒だし、魔神相手でも大丈夫と思うよ。あたし達はまず逃げようね。ティナちゃんの奪取が敵の目的だろうし」
「ティナ様。ボクは、なんとしても貴方様をお守りしますね」
わたしはカイトから離れ、仲間達と一緒に大学構内を避難している。
わたし達の目の前で、テオバルトの配下が低級魔神へと変化した。
いくら低級とはいえ、神の名を持つ怪物。
強いカイトとはいえ、楽な相手では無いだろう。
……わたしに彫り込まれた呪いにも魔神召喚の術があったけど。もしかしたら、わたしもアアなっていたのかしら。怖いよ、カイト。
<ティナ様。まずは御身の安全を優先なさってくださいませ。今、カイト様は善戦なさっています。あ、カイト様が一体撃破しました>
「坊や、流石にやるわね。これで少しは、あたしも『不幸』にならなきゃいいわ」
胸元のペンダントから、ルークスのわたしを励ます声が聞こえる。
どうやら魔神相手でもカイトは問題無く戦えるようで、わたしは安堵した。
……ネリーお姉様、そういえば胸の詰め物を辞めないのね。服を新調しないからかしら?
今もメイド服を盛り上げるほど大きな胸のネリー。
仲間達は「仕掛け」を承知しているのに不思議な話だ。
「フローレンティナ様、逃がさないと申しましたのをお忘れですか?」
そんな時、先ほどまで無人の通路だったはずなのに、目の前にいきなり老執事が現れた。
「エドモン様、お歳の割にえらく『足』が御速いのですね。知らぬ間にわたくし達を追い越してしまうなんて?」
わたしは、エドモンの挙動を診つつ口で挑発し、隙を見る。
……今日はドレスだし武器も持っていないけど、身体強化で殴る蹴るくらいは出来るのよ、わたし!
「愚かな老人よ。ティナ様を望むなら、まずボクを倒す事だ……なぁぁ!」
『豪華』スキルで全身を七色に光らせながら、わたしの前に立ちはだかってくれたトビアスは、執事の裏拳いっぱつで吹き飛んでいく。
「トビアス! よくもぉ! ティナちゃんは後ろに隠れて」
マルテは、紫色のスキルオーラを輝かせて爆裂弾を何発も執事に撃ち込み、背後にわたしを庇う様にする。
「この程度の魔法攻撃で私を倒せるとでも?」
しかし、爆炎が終わった後に居たのは、老執事では無かった。
「お、お前は?」
「私、上級魔神をさせて頂いているのですよ」
そこには身長三メートルを越える、青黒い肌の巨人が居た。
頭部にはねじくれた羊の角が二本、ニヤけているあごにはびっしりと鋭い牙が生え、背中から巨大なコウモリの羽を生やす。
太い尾には棘がいっぱい、両手には鋭いカギ爪があり、全身から凄まじい妖気を放っていた。
「く、くそぉ。ティナちゃん逃げて! きゃぁぁ」
マルテは凍結弾を魔神の下半身に目がけて撃ちだすも、羽の羽ばたきひとつで跳ね返される。
そして魔神の尾の一振りで、マルテは壁に叩きつけられてしまった。
「マルテお姉さま!」
「ティナちゃん。あたし『不幸』だけど、貴方は逃げなさい。こいつだけは刺し違えてでも!」
「ネリーお姉さま!」
ネリーは、カイトに貰った手榴弾を抱えて魔神に飛び掛かった。
「ふん。お前ごときに私をどうにかできると思うのか? 裏切者め!」
「あぁぁ」
しかし、ネリーは胸を魔神の爪で引き裂かれ、彼女の手からは安全ピンの抜かれていない手榴弾が零れ落ちた。
「……ネリーお姉さま! ……許さない。わたし、アンタを絶対に許さないのぉ!」
<ティナ様、早まってはいけません>
胸元からルークスの制止する声が聞こえるけれど、わたしは聞いてなんていられない。
大事で大好きな仲間たちを殺されて、黙ってなんていられるはず無い!
「どう許さないと……。何ぃぃ! ぐぉぉ!」
わたしはスキルと身体強化魔法を使い、一気に魔神の懐に踏み込む。
カイトに習った歩法を駆使し、魔神の死角になる羽の陰に踏み込み、横腹に両掌底を撃ち込む。
そして、そこからドンドンと魔力弾を連続で叩き込んだ。
「はぁはぁはぁ。素手だからって舐めたアンタが悪いの。さあ、トドメにいくわ」
わたしはバックステップで魔神から一旦距離を取り、肩で息をしながら次の攻撃用の魔力を練り上げる。
勝負を付ける為に。
「……確かに私は姫様を舐めていました。なので、手加減せずに戦わせて頂きます! おおおお!」
横腹から蒼い血を流しながらも、わたしを血のように赤い眼で睨みつける魔神。
いきなり咆哮を上げたかと思うと、わたしの視界から消えた。
「え! いったいどこ?」
「姫様、このままお眠りくださいませ。<石化>!」
背後から執事の声が聞こえたと思った瞬間、わたしの身体は硬くなっていく。
……しまった! 魔神も身体強化魔法で加速できるのを忘れてたのぉ。石化呪文なんて! カイト、カイト。助けてぇぇ。
そして、わたしは意識を失った。
◆ ◇ ◆ ◇
<カイト様、誠に申し訳ありません。ワタクシが付いていながら……>
「ルークス。今は失敗を後悔する時間じゃない。ティナを奪還する事だけを考えよう。僕も読みが甘かった。ティナを逃がす事だけ優先させていたら良かったんだから」
僕は怒りを抑え、少しでも冷静になろうとする。
ティナを逃がさずに、僕の横で戦わせていたら奪われなかったのかもしれない。
またはグローア姉さんだけに時間稼ぎを任せてティナと共に逃げていたら……。
僕が急ぎティナが襲われた場所に行くと、時すでに遅く仲間達が全員倒されていた。
倒れている人たちの元に姉さんやヴィリバルトが急いで向かう。
「あ、これは。ネリー、しっかりするんだよぉ!」
姉さんの声がネリーの元で聞こえる。
僕は思考を止め、ネリーが倒れている場所に行くと、ネリーのメイド服の胸元が血でにじみ、ひどく引き裂かれていた。
……こ、これじゃ死んで……。
「うーん、あ、姉さん。あたし……。そうだ、ティナちゃんは!? あ、痛たた」
「え”?」
しかし、てっきり死んでいるかと思っていたネリーが飛び起きたので、僕も姉さんもびっくりした。
「ネリー、大丈夫なのかい? 胸が引き裂かれていたのに……。あ、また矯正下着着てたのかい。ははは、アンタは『不幸』だね、確かに」
姉さんは安堵し、先程までに悲痛な顔から泣き笑いの表情をする。
どうやら、今回もネリーの矯正下着が防具替わり、敵の攻撃間合いを外す役目を果たしたのだろう。
おかげで軽症ですんだみたいだ。
「良かったぁぁ。マルテやトビアスは?」
「ん」
二人の手当てをしているヴィリバルトの穏やかな表情を見るに、二人とも頭部などから出血はしているものの、命の別状は無いらしい。
<カイト様。皆様がご無事なのは不幸中の幸いでしたね。ワタクシが見えていた範囲ですが、執事、上級魔神は酷く慌てておりましたので、トドメを刺すことも無くティナ様を連れて逃げた様子です。なお、今もティナ様の持つ端末は生きており、現在テオバルトの領地へと移動中。移動速度と映像より、おそらく飛行しているものと思われます。ティナ様は石化されておりますが、生命反応はありますので御安心を>
「ありがと、ルークス。だったら、後は反撃。ティナをもう一度取り返すだけだね。もう一切手加減も甘い考えも僕は捨てる! 見てろよ、テオバルト、エドモン!」
僕は誓う、絶対にティナを取り返すと。
ティナちゃんを奪われてしまったカイト君。
このままでは絶対に引き下がれません。
彼の手加減無しの戦いが始まります。
明日の講釈をお楽しみに!




