第3話 僕、ティナの奪還作戦を考える。
「絶対に領主になんてティナを渡せるもんかぁ! 正妻ならいざ知らず、妾、それも性奴隷だってぇ! おまけに領主は僕と同じ年頃の子供もいる四十過ぎのジジイじゃないかぁ!」
僕は麦酒が入った木製ジョッキを机に叩きつける。
<カイト様。お声を小さくなさってくださいませ。いかな日本語でも、誰が聞いているか分かりませんですので>
僕が酒場で聞いた噂。
幼馴染の貴族令嬢ティナが生きていて、地方領主の妾にされる。
その話を立ち聞きした僕は、話していた兵士の方にお酒を奢り、噂話について詳しく教えてもらった。
「坊主、お前には縁遠い話になるが良いのか? 貴族同士ってのは少しでも良い血を婚姻で得ようとするんだ。高貴な血筋、美しい血筋、賢い血筋。まあ、ここまでは理解できるが、ここだけの話。ウチの領主様は趣味が悪いんだ」
「ああ、チキュー言葉でいう『ロリコン』って奴か? まだ未成年の子達を沢山妾、いや性奴隷にしてはとっかえひっかえしているって噂だ。なんでも、領主付きの魔術師が禁呪まがいの契約奴隷紋を女の子達に付けて、後は領主が好き放題。ただ、今回は大公様からの貢物で高貴な娘だから、ちゃんと第二婦人として扱うって話さ」
「大公様も自分の孫を無理やり王にしたけど、粛清しすぎが祟って領主に出来る配下が少ないってのも、ウチの変態伯爵様が重用されている理由なんだろうけどな。あ、これは他の奴には言うなよ?」
兵士らから聞いた話は、とても酷いものだった。
政変後に、中立から大公派閥へと立場を変えた領主、【テオバルト】。
彼は王家派閥の残党を見つけては惨殺、大公へ恩を売っていた。
その功績もあり、元は男爵家だったのが重用されて今や伯爵家。
残虐伯爵とも変態伯爵とも、以前から巷では噂されている。
……ただでさえ成人年齢が十五歳と早い異世界でも、未成年児を『手籠め』にするのは流石に評判良くないよね。
更には奴隷紋、俗にいう「淫紋」を女の子に彫り込ませてから支配するという噂も聞こえ、許せる所業ではない。
しかし、性奴隷にされた子達の親は大半が生きておらず、彼女達に帰る家はもう無い。
地獄の日々を過ごす毎日なのだ。
「盗賊ギルドにお金渡して教えてもらった情報も全く同じ。このままじゃティナが…。ティナがぁ……」
<だから、声を細めて下さいな。カイト様。いくら日本語でとはいえ、先程から周囲の視線が痛いです>
僕は、今日も宿屋一階の酒場でグダを巻いている。
今の僕では、ティナを救う方法が存在しないからだ。
宿の外では、強い風が音を立てて吹き荒れる。
まるで今の僕の心の様に。
<とにかく落ち着きましょう、カイト様。一応、今回は大公様からの貢物として輿入れなさるのです。そこまで酷い扱いは……>
「うるさい、ルークス! 黙らないのなら端末を捨てるぞ?」
僕は、ついルークスに八つ当たりをしてしまう。
確かにルークスが言うように元公爵令嬢のティナは、ちゃんと領主に正式な妻として扱ってもらえる可能性は十分ある。
これまでの孤児院内での生活よりは自由もあるはず……。
「……ねえ、ルークス。僕はどうしたら良いんだろうかな?」
<普通のAIなら、可能性が低く失敗するプランはお勧めしないでしょうね>
僕は、外で吹き荒れる風の様に心が千々乱れている。
そして、これからどうしたら良いのから自分でも分からなくなった。
昔は、絶対に地球に帰るんだって思っていた時期もある。
その後は、地球へは帰れないと諦め、冒険者として異世界に骨を埋めるのも悪くないとも思っていた。
しかし、僕は冒険者として致命的だった。
神から与えられる「スキル」を持てず、華奢な体躯で魔法も武芸も中途半端な僕。
パーティ「紅蓮」に加入前は、その日暮らしの仕事を冒険者ギルドで受ける事しかできなかった。
そしてパーティから追放された僕に、今残る物は少々の地球由来秘宝と多くも無いお金だけ。
<でも、ティナ様を諦められないんでしょ。カイト様?>
「うん、ルークス。僕はすっかり地球に帰る夢を無くして、その日暮らし、冒険者を続けていたらとも、さっきまで思っていたんだ。でもね、ティナ。彼女を助けてみたい。僕は、初恋な彼女の英雄になってみたいんだよ」
僕にとって、ティナは大事な初恋の子。
そして、心に唯一残っていた「灯」。
既に死んでいると再会をあきらめていたが、生きていた彼女。
そして、彼女は領主の慰み者になる運命が決まっている。
<はぁ。ティナ様がこれからの生活を納得していらっしゃったら、ただの簒奪者。大昔の映画『卒業』の最後のシーンみたいですよ?>
「うん、そこは分かってるんだよ。あの映画はルークスのライブラリーにもあったしね」
「卒業」、ルークスに教えてもらった原作では最後の結婚式のシーン。
夫婦の誓いの場面で神父が「異議ある者は名乗りでよ」と発言すると、主人公が「異議あり!」と名乗り上げる。
映画では夫婦の誓いやキスを終えた後に主人公が奪還に来るのだが、それを公爵の私兵でいっぱいな神殿や屋敷でやる自信は僕には無い。
……それに映画のエンディングで、これからの生活を思って曇る表情が意味深なんだよね。例え、僕が領主からティナを奪えても、その後が……。
冒険者ギルドは重犯罪を犯した者を除名し、犯した犯罪次第では捕縛者を送りつけてくる。
こと仕事柄、領主に睨まれると困る上に、ならず者達を社会的に役立つ仕事に向けている冒険者ギルドからすれば、領主の婚約者を奪う僕は重犯罪者になる可能性は高い。
逃亡者、領主だけでなく冒険者ギルドからも追われる身となって、僕はティナを幸せに出来るのだろうか?
今まで貴族として裕福に暮らしてきたティナを、貧しく明日の事も見えない逃亡者にしていいのだろうか?
「とにかく残った時間で、なんとかティナの様子を調べようよ。彼女が納得しているのなら、僕は静かに去るよ」
<それでは、ティナ様が納得していないのなら奪い返す訳ですね。はぁ、成功率はまず0%ですけど。でも、ワタクシはカイト様のしもべ。少しでも成功可能性がある作戦を考えてみましょう。ただ信頼でき、相談できる人が居たら話を聞いてもらうのも良いと思いますよ? 三人いれば文殊の知恵とも言いますし>
どうやら、このAIは僕を慰め、かつ勇気づけてくれている様だ。
「ありがとね、ルークス」
<いえいえ。この異世界でワタクシの価値を知っているのはカイト様だけですからね>
僕はなんとか立ち直り、宿屋の自室に帰ろうとする。
そんな時、視線に知人が入った。
「坊や! こんなところに居たのか。風が強くて探すのが大変だったよ」
「姉さん!」
それは僕の姉御、ドワーフ族の神官戦士【グローア】だった。
◆ ◇ ◆ ◇
「レオンんとこに居ると思ったら、パーティから追い出されたって話じゃないか。怒ってたレオンじゃ話にならんからマルテから事情を聞いて、坊やを探していたんだ」
「ごめんなさい、グローア姉さん。姉さんには色々お世話になっていたのに連絡も不十分で」
僕の前に座り、酒精濃度が高い火酒を美味しそうに飲む彼女。
姉さんは、師匠の友人であり僕にとっては冒険者の先輩でもある。
鍛冶神の上級神官であり、重装甲に身を固めるタンク系戦斧戦士として、個人でもA級資格を有する冒険者だ。
「連絡についちゃ怒っていないさ。ただねぇ、坊や。少し動き過ぎだよ? 悪い事は言わないから、明日ウチの神殿においで。その際、宿は引き上げてくるんだよ? 坊や、アタシに任せておきなって」
「え? どうしてなの、姉さん?」
<……なるほど、了解しました。グローサ様、ワタクシがカイト様に言い聞かせますので>
僕は首を傾げたが、姉さんとルーカスが何を言いたいのか分からなかった。
続きは17時からです。
お楽しみに!