第29話 僕、己の甘さを後悔する。
「ぐぅぅ。俺はマンマとお前らに騙された訳か。また坊主の策か?」
「そう思ってくれて良いよ。どうする? 今、降伏するなら僕が命だけは助けてあげる。アンタがテオバルト様と関係している証言は既に取っているから、今更話さなくても関係ないよ」
あぶら汗を流し、腹の銃創を押さえる暗殺者。
僕は、彼に降伏勧告をする。
……十中八九、降伏なんてしないと思うけどね。でも、僕は殺したく無いよ。
「ぼ、坊主、作戦はえげつないのに甘いぞ。戦いは殺し合い。油断した方が悪い。こんな風になぁ!」
暗殺者は背中から何かを掴みだし、僕の、いやティナの方に向けた。
……まさか、フリントロック式の拳銃!? 危ない!
僕は、暗殺者の頭部に銃口を向ける。
そして引き金を引いた。
パンという音を立て、僕の持つ9ミリ口径拳銃から飛び出した弾は暗殺者の額を貫いた。
しかし、一瞬早く暗殺者は引き金を引いており、ガチリと火打石からの火花が黒色火薬に引火、沢山の白煙を出して銃弾は前に飛び出した。
「あ! ティナ!?」
僕は自分に弾が当たっていないのを瞬時確認し、背後に逃げていたティナの方を振り返った。
「カイト! わたしの身代わりにネリーお姉さまが! お姉さまがわたしの前に飛び出して、代わりに撃たれてしまったの!」
「……あたし、やっぱり『不幸』だわ……」
ティナの膝の上、大きく盛り上がった胸を覆う皮鎧に大きな穴を開けてネリーが倒れていた。
「え、あ……。あぁぁぁぁ! グローア姉さん、ヴィリバルト、急いで来てよぉ!!」
◆ ◇ ◆ ◇
「お姉さま! ネリーお姉さま、しっかりしてぇ」
「ネリー、気をしっかり持つんだ。大丈夫、絶対にアタシ達が助けるからね」
「ん!」
ネリーはティナに膝枕してもらいながら、二人の神官戦士から治癒魔法を受けている。
僕は今、自分の判断の甘さを後悔していた。
暗殺者、テロリスト相手に情けを掛けて、仲間に被害を出してしまったからだ。
「カイト、自分を責めるな。俺なんて動きもできやしなかったんだからな。大丈夫、グローア姉さんは凄いんだろ?」
「そ、そうだよぉ。あ、あたしも何もできなかったんだもの。いくらスキルが『不幸』だからって、あ、あの小憎らしい姉ちゃんが簡単に死んだりするわけないじゃん、ね」
レオン、マルテが僕を慰めてくれてはいるが、僕の殺人に対する恐怖と甘さが仲間を危機に陥れた。
それが事実なのは、代わりはしない。
<カイト様。敵も銃器、拳銃を持っていたのは異世界においては想定外にございます。ワタクシのスキャンミスも原因が一つ。必要以上にご自分を責める事はおやめくださいませ>
想像力が足らない、判断が遅い、師匠ならそう言っていただろう。
敵に対する想定が甘い。
この世界でも先込めタイプの銃が存在しているのを忘れていた。
もっと言うなら、攻撃魔法や投げナイフなどを撃ってくる可能性すらも僕は失念していた。
……死ぬ寸前でも相打ちを狙ってくるよね、必死なら。
一度倒していたから、更に敵の策を逆手に取りおびき寄せ、そして手負いにさせていたから、もう僕の勝利だと思い込んでいた。
これらの条件から、僕は油断して戦いを甘く見ていた。
前回、ティナに助けられた時もそう。
僕は、毎回同じミス、戦いを甘く見るという失態をしている。
「僕、取返しを付かない事をしてしまった……」
僕は項を垂れ、命の危機と戦っているネリーの方を見た。
……ごめんなさい、ネリー。貴方は僕達を信用してくれたのに。そしてティナを庇って撃たれるなんて……。
「カイトぉ。あのね、あのね」
ティナが苦しむネリーを膝枕したまま、涙でいっぱいの顔で僕を見上げる。
「ごめん、ティナ。僕の甘さがネリーを……」
「違うの。あのね、カイト。ネリーお姉さま、大丈夫みたいなの?」
ティナは泣きながらも、キョトンとした顔をする。
「え??? ネリーは銃で撃たれたんだよね。皮鎧に大穴開いてるし。あんな大怪我なら、いくら姉さんとヴィリバルト二人がかりでも……」
「そうなんだけど、お胸。ネリーお姉さまのお乳は偽物、布がいっぱいの詰め物で誤魔化していたの。あのね、弾は偽物のお乳で止まってたのよ」
「はいぃぃ???」
◆ ◇ ◆ ◇
「これは凄いですね。まるで防弾チョッキだよ」
「ふん! 胸が偽物で悪かったわね。でも、これで助かったのなら誰も文句なんて無いなわよね! 坊や、恥ずかしいから、早く下着返しなさい! あー、『不幸』だわ」
宿屋の部屋、ネリーは念のために安静にしてもらっている。
僕に恥ずかしそうにしながらも、いつも通りの悪態をついているのなら、一安心だ。
僕は、ネリーの補正下着を見て納得をした。
パッド部分に何重もの布、型補正用の厚紙が入っており、その厚みは七センチ以上にもなっている。
これなら、僕が使う拳銃弾でも止まりそうだ。
そして、補正下着無しに夜着を着たネリーの胸、まっ平らとまではいかないが実に慎ましやかなサイズだった。
……つまり『不幸』にも、偽乳がバレて詰め物によって命が助かったと。もしかして『不幸』スキルって、日頃の幸運を不幸にすることで運をため込んで、ここぞという時にラッキーになるスキルなのかな?
「カイト、防弾チョッキって何?」
「ティナ、それに皆にも説明するよ。鉄砲の弾って鉄の鎧も貫通しちゃうのは全員知っていますよね。でも、実は沢山の布や紙の束を貫くのは苦手なんです。滑りやすくて柔らかく丈夫な布や紙の上では、前に進む力が吸収されてしまう。そして最後に力を失って止まります。その仕組みを利用したのが防弾具、身体の大事な部分を守るためにチョッキ型にしている場合が多いですね」
<ワタクシが補足説明しますと、ネリー様の胸部補正下着。そちらにはバスト水増しの為に多くの絹や綿の布が入ってました。また型を整える為に厚紙もはいっていましたので、それらが防弾作用を果たしていたようです。札束でいっぱいの財布が銃弾を止めた事例も実際にありましたね>
「だから、早く下着返してよぉ。あたし、恥ずかしいのぉ」
僕はティナに聞かれたので、部屋に集まっている仲間達にネリーが助かった理由を説明している。
僕が愛用している戦闘ジャージも、防弾防刃機能付き。
布鎧は、案外と馬鹿には出来ない。
硬皮鎧を作る時の様に膠で茹で固める方法を紙や布に使い、それを何枚も叩き押し固めれば、鉄鎧よりも軽いのに防弾防刃効果抜群の装甲が作れる。
「それで、ネリーお姉さまは、わたしと湯浴みするのから逃げていらっしゃったのですね。うふふ。」
「ふ、ふん! 悪かったわねぇ、胸だけ大きな小娘め。あー『不幸』だわ」
僕はティナと悪態を付きあうネリーを見て安堵すると同時に、申し訳ないと思った。
「ネリー、今回はティナを守ってくれてありがとうございます。そして、ごめんなさい。僕の判断が甘かった。暗殺者なんて一思いに殺しておけば良かったのに……」
僕は涙をこぼしながら、ベット上で座るネリーに対し、頭を下げた。
<獲物を前に舌なめずり、三流がやる間違いとも言います。ですが、カイト様は優しさから間違いを犯してしまいました。戦いは殺し合い。難しい問題ですね>
ですよね、ルークス君。
まだウクライナでも続く戦争。
戦いにおいて卑怯も何もあった物ではない。
ルールもあるようで、その実無い。
殺されないために相手を殺す。
その通りですが、そこに至る心境は難しいです。
洗脳や教育で、殺人への歯止めを軽減する事は可能ですけどね。
<水星の魔女のスレッタ嬢は、お母様の洗脳ですよね。怖いです>
戦い、こと戦争なんて起きなきゃ良いのにね。
では、明日の更新をお楽しみにです。




