第27話 僕、買い物に出かける。
「もー、なんであたしに買い出しなんて頼むのよぉ。これだから『不幸』なの」
「一人では悪いですから、僕が一緒に同行していますけど?」
今日は、休暇日。
僕等はティナの呪いを解呪する目途がたつまで、学都カールスブルグに滞在中。
たまの休みくらい理由付けてティナから開放されるように、僕はネリーと物資補充の買い出しに出ている。
なお、文句言いそうなティナは、マルテに相手をお願いしている。
宿屋を出る前、ティナはマルテによって髪型を変える玩具になっていた。
「カイトぉ。早く帰ってきてね」
「うん!」
僕はツインテールになっているティナに見送られて、ネリーと買い物に出かけた。
……今、ネリー一人で動かすのは危険だものね。
◆ ◇ ◆ ◇
「はぁ。あたし、運が悪いのよねぇ。スキルも『不幸』だし……」
「それは大変ですね。正直僕もスキルはもらえない上に、運勢的には大変です。まあ、今は楽しいですが」
あたしは、パーティ全員分の物資を買い出しに来ている。
どうして、今こうなっているのか?
元々、あたしはシェレンベルク伯爵テオバルト・デル・ラウエンシュタイン様のメイドだった。
それが、今は冒険者パーティの補助員として、小憎らしい坊やと買い物に出かけているのだ。
あたしの生家は、シェレンベルクにあった小さなパン屋。
地元でも愛されていた自慢の両親、そして幼い妹と弟の五人家族で仲良く暮らしていた。
そう、あの政変までは。
政変が起こった際、既に男爵、領主でもあったテオバルト様は動かなかった。
そう、何も動かなかったのだ。
元より交通の要所にあったシェレンベルク、ここをどちらが押さえるかで勝敗が決まると当時言われていたらしい。
そして、シェレンベルクは王家派と大公派がぶつかる戦場と化した。
どちら側につくかも決めないテオバルト様が領民を守るためにすら動かなかったため、街も戦場となり多くの人々が死んでいった。
あたしの両親と幼い妹弟は、市街戦時に逃げ損ねて死んだ。
『不幸』にも、避難時に家族とはぐれた為に偶然助かったあたし。
まだ未成年、当時十二歳だったあたしは、戦いが終わった頃にのこのこ出てきた領主軍に保護された。
そして保護した少女たちの中から女漁りをしにきたテオバルト様に『不幸』にも見つかり、「お手付き」から城内の雑事をするメイドとなった。
……あのエロオヤジが早く動いていたら、どちらかに付くか決めていれば、もっというなら街を守る兵を出していたら、ここまで酷い事にはならなかったのに……。
「あ、あの果物が美味しそうですね。ティナへのお土産にしようかな?」
「ふん! このバカップルが……」
あたしが領主館から追い出される原因になった坊やと姫様。
己らを取り巻く情勢がどれだけ大変なのか、今日も気にせずに呑気にバカップルぷりをあたしに見せつける。
……こいつらのせいで、あたしは優雅な生活から追い出されたのにぃ! 今は、こいつが『不幸』の原因ね。
以前は時折、テオバルト様に股を開けば快適な生活を送れていた。
しかし、もはやその日々は帰ってこない。
この間、テオバルト様から送られてきた暗殺者は、あたしも殺そうとしていた。
『不幸』なことに、あたしも口封じの対象になってしまっていた。
……こいつ、何人の運命を変えたのか、分かっているのかしら?
果物店のオヤジと、にこやかに商談をしている坊や。
地球生まれで十六歳の成人と聞いているが、背丈も低く子供みたいな呑気な顔で、とても領主から逃げ回っている様には見えない。
「ネリーさん、これすっごく甘くて美味しいですよ。どうぞ」
「ふん」
そして、あたしが裏切るとも思わない顔でペアを差し出してくる。
……こいつ、姫様が死んだらどうするのかしら? それともこいつを殺したら姫様が狂乱したりして……。
あたしは、暗い思いを隠して、ペアを食べた。
「あ、僕は小用で席を外しますが、ごゆっくり」
休憩にオープンテラスの喫茶店に入ったあたしと坊や。
坊やは飲み物を頼んだ後、慌てる様に席を外した。
……余程慌てていたのかしら? 坊や、いつも独り言を話しかけている妙な板を忘れているわ。
「ふん! 今更逃げもしないわ。『不幸』にも今更、あたしはテオバルト様のところには帰れないんだから……」
「そうでしょうか? これからの働き方次第で、私が貴方が戻れますようにテオバルト様に進言しますよ?」
あたしが、ぼそりと呟いた言葉に後方から男が答えた。
「貴方は?」
「あ、振り返らないで下さいね。私は、先日貴方方を襲いに参りました暗殺者の一人です。まさか、タライ如きにひどい目にあわされるとは思いませんでしたが……」
声の出どころがはっきりせず背後方向にいるのだとは思うが、あたしに話しかけてきたのはテオバルト様お抱えの暗殺者だった。
「さっきの話は本当かしら? あたしごと皆殺しにするつもりだった貴方の話を今更信用しろと言われても怪しいわ?」
「本当でなければ、この場で貴方を殺していましたよ。あの坊主は見た目通りじゃないから、こちらもお声がけが精一杯ですけどね」
暗殺者も坊や、カイトにひどい目にあわされたので警戒はしているらしい。
……確かに暗殺者がタライ一個で無力化は面白い話よね。
「ふん。まあ、話くらいは聞いてあげるわ。早くしないと坊やが帰ってくるわよ?」
「では、早速本題に。私もこのままではテオバルト様の元へ帰れません。最低限、坊主を殺さねば気もすみませんです。そこで、貴方にご協力願いたいのです。既に信用されており、野営時の食事準備もなさっている貴方なら、彼らに一服盛るのも簡単でしょう。大丈夫、姫様も一緒ですから毒では無くて眠り薬ですよ。後は私が『始末』します。貴方は姫様のお世話をお願いしますね」
暗殺者も焦っているらしい。
相棒を殺され、自分は一時とは言え投獄された。
身元すら警備兵に報告されている以上、ここで姫様を奪還して帰らないと、それこそ自分すら口封じ対象になる。
……コイツ、どうやって牢獄から逃げてきたのかしら? でも一応、話している事の辻褄は合うわね。様は協力者、内通者が欲しいと。なら、姫様を連れ帰るまでは、あたしの無事は確保できそうね。
「わかったわ。悪い話でもないから、受けてあげる」
「では、こちらの薬を料理に入れて下さい。味が良くないので、味の濃い料理に使うといいでしょう。貴方がたの行動は常時監視していますので、次回野営時に実行お願いしますね」
気が付くと目の前の机に紙包みがある。
「では、宜しくお願いします」
声が遠ざかっていく。
「さあ、どうしようかしら、坊や……」
あたしは、坊やが急いで戻ってくるのを見ながら、ほくそ笑んだ。
暗殺者が再びカイト君達に迫ります。
では、明日の更新をお楽しみに!




