第19話 僕、かつての仲間を倒す。
「ち、ちきしょぉ! どうしてお前に攻撃が当たらない?」
「だって、当たったら痛いですからね!」
僕は、ひょいひょいとレオンの攻撃を回避する。
焦れてきたうえに疲労が重なってきたレオンの攻撃が、どんどん大振りになっている。
レオンの身体を覆うスキルオーラも点滅しつつある。
僕は、そろそろ頃合いと間合いを中距離から近距離にして、幻影を重ねて攻撃を捌いた。
「カイトぉ! 早く、そんな奴倒しちゃえ!」
「坊や、あまり遊びなさんなよ」
「くそぉ。舐め腐りやがってぇ。他の仲間が負けてもカイト、お前を倒せば問題ねぇ! いい加減、当たりやがれ」
ティナやグローア姉さんは気楽にいうが、殺さないで相手を倒すっていうのは簡単じゃない。
殺して良いなら、とっとと拳銃で一発頭撃って終わらせている。
……レオンって少々乱暴だったけど、嫌いなタイプじゃないんだよね。
かつての仲間であり、嫌いじゃないからこそ殺したくない。
「そうか。お前は人間殺しをしたことが無いから、殺しが怖いのか! だから、そんな甘い事を言う訳だな。俺はもう何人も殺してる。さあ、避けなきゃ死ぬぜ!」
……残念、レオン。僕は子供の頃に、もう手を汚している。とっくに人殺しをしているんだよ。それからも護衛任務で襲ってくる野盗を何人か殺してる。好きな貴方の事を殺したくないだけなんだよ。
今から八年前の政変時、父が囮となり僕は師匠テオドルと共に大公派から逃げた。
その際に、僕は迫りくる追っ手に向かって父に渡されていた小型拳銃を撃ち、追っ手を殺した。
僕は、八歳にして殺人者になった。
冒険者になってからも、商隊の護衛任務で襲ってくる野盗を殺したこともある。
あの頃は手加減出来る程の腕も余裕も無く、生き残るのに必死だったからだ。
僕を舐めたのか、殺してこないと思いこみ間合いを詰め頭上に振り上げたレオン。
剣に火炎を纏わせて、僕に向かって片手半剣を振り下ろしてきた。
……このタイミングだ。僕は武器破壊を狙っていたんだよ!
何回も炎を纏わせていた片手半剣は、表面から煙を出すくらい加熱されている。
なれば、剣を構成する鋼は「焼きまなし」、通常よりも柔らかくなっている状態であろう。
まず僕は左手を右上、右手を身体の左側に回し、右前の半身になる。
そして左手で順手に持ち替えた高周波ナイフを、僕に振り下ろしてくる剣の根元付近に受け止めるようにぶつける。
剣に当たる直前、僕は高周波発生のスイッチを入れた。
ミスラルコートされた高周波ナイフは、火花と共にスカンと軽い音を立てて、レオンの剣を刀身根元近くから切断した。
僕は、そこから右斜め前方向に回り込みながら踏み込み、切断された刀身を避ける。
そして隙だらけのレオンの顎を、逆手に持ち替えた小太刀の柄を使い向かって右横から殴った。
「あぐぅ!」
脳震盪をおこしたのか、ふらつき剣を取り落とすレオン。
僕は師匠に教えられた暗殺技通りに身体を動かし、動きが止まり無防備になったレオンの左脇腹、装甲の隙間、チェインだけの部分に必殺の高周波ナイフを突き刺した。
「あ! しまった……」
だが僕はナイフを捻る直前、相手が殺してはならないレオンだったと思い出し高周波のスイッチを切り、ナイフを手放した。
……師匠に教えられた暗殺技、必殺の動きしちゃった……。
「あ、危ない。もう少しで殺してた……。姉さん、ヴィリバルト。早く来て! あ、レオン。ナイフは抜いちゃだめだ。今抜いたら血圧が急に下がって、出血性ショックから死んじゃうからね」
左脇腹に刺さったナイフを抑え込み、倒れたレオンは苦痛に悶えている。
……捻ってたら大量出血で即死だったよ。あっぶない。あそこなら、急所の腎臓からは外れているけど、それでも腹膜刺激症状で激痛のはず。
「はいはい、待ってなよ、坊や。ヴィリバルト、ナイフを抜いたら同時に治癒魔法を使うよ。出血量を少しでも減らしてショック症状を起こさせないのが、良い治療法だからね」
「ん!」
神官戦士二人がすぐに来てくれたので、僕は一安心する。
勝負には勝ちたいけれど、僕はレオンを殺したいわけではないからだ。
「坊や、いつでもいいよ」
「ん!」
「じゃあ抜くよ。レオン、我慢してね。三、二、一、はい!」
「ぐぅぅ!」
「さあ、治れー!」
「ん!!」
僕がナイフを抜くとレオンは苦痛の声を上げ、レオンの傷口から血液が噴き出る。
しかし、同時に二人の術師からの治癒魔法で傷口の周囲に光が纏い、あっという間に傷口が無くなった。
「坊や、もうこれで大丈夫だよ」
「ん!」
「ありがとう、二人とも。ふぅ。これで一安心だよぉ」
僕は緊張の糸が切れたのか、気が抜けて思わず座り込んでしまった。
「全くカイトは人が良すぎるの。殺し合いをした相手の命を心配するのはカイトくらいよ。まあ、そういうカイトが、わたし大好きだけどね」
「ごめんね、ティナ。僕、甘ちゃんで」
腰砕け状態の僕を、覗き込むようにして微笑んでくれるティナ。
僕も、ティナに笑い返した。
倒れて気絶したままだが呼吸も安定しているレオン、安堵した顔のヴィリバルト、まだ泣いているマルテ。
とりあえず、僕達はA級冒険者パーティ「紅蓮」を誰も殺さず撃破出来た。
「な、何よ!? どうして笑っていられるの? アンタ達は殺し合いをしていたんじゃないの!?」
少し離れた場所では、メイドさんが口に手を当て、驚いた表情をしている。
勝負が予想外の結果に終わった事に、納得できないからだろう。
……殺し合いしてるのに、笑いあって相手を助ける余裕があるのは普通じゃないものね。まあ、僕達お互いに殺す気は最初から無かったんだけど。
「貴方、まだわたしを捕まえる気かしら? いい加減諦めなさい。わたしとカイトは、もう絶対に離れないんだから!」
「ち、ちきしょう! このメスガキがぁ。アンタのおかげで、あたしは領主様から追い出されてしまったのよぉ! あたしを『不幸』にしないでぇ」
メイドさんは怒りの表情で短剣を抜き、自分に歩み寄っていたティナに切り付けた。
「あ、危ない!」
「いや、あの動きなら今のティナちゃんの敵じゃないよ」
腰が抜けて動けない僕は叫んでしまうが、姉さんは横目で見つつ気にしても居ない。
「何よ。その程度?」
姉さんの予想通り、ひらりとメイドさんの切り付ける短剣を簡単に避けたティナは、メイドさんの頬を平手でパチンと叩いた。
ただ、身体強化状態で叩いたので、ぴゅうーんとメイドさんは吹き飛んでいった。
「あれ? ちょっとやり過ぎちゃったかしら?」
「……うん、もう少し手加減してあげても良かったかもね、ティナ?」
姉さんが急いで、ふっとんでいたメイドさんの処に走っていくのを見ながら、僕はティナに一つため息をついてしまった。
<とりあえず、皆様ご無事で良かったです>
「そうだね、ルークス。後は、どうしようかな?」
僕は息を整えつつ周囲を見ながら、誰も死ななかった事に安堵した。
……僕、もっと強くならなきゃ。じゃないと、今回みたいな時に殺さなきゃ相手を止められなくなるもの……。好きな人を殺したくないよぉ。
<カイト様、お見事でございます>
二刀流を使いこなせるのは、凄いですよね。
では、明日の更新をお楽しみに!




