第16話 僕、ティナに振り回される。
「くそぉ、神殿も盗賊ギルドもクソガキの事を知らぬ存ぜぬとは、どういうことかぁ!」
「テオバルト様、落ち着いてくださいませ。鍛冶神殿の方ですが、こちらに様子見に来ていましたグローア、彼女の側仕えカイトが問題を起こしたから側仕え共々双方破門とし、グローアを追跡者として派遣したとの事です」
燻る蝋燭に照らされる領主館の謁見室、そこでは領主テオバルトが配下達の報告を受けながら、怒りを燃やしていた。
彼の横では、無表情ながら怒りを眼に浮かべる領主婦人もいる。
「そんなのは言い訳にすぎぬ。あそこの神殿長はグローアの実父というではないか! アヤツが背後で動いたに違いない! 第一、深夜に馬車を二台も動かすとは怪しいぞ」
「ですが、証拠が不十分でございます。馬車についても王都などから急な要望があって人材派遣をした為との事。神殿としては今回は被害者の立場。関係者を破門とし、追跡者にしておりますので、これ以上の追及は難しく思われます」
「ぐぬぅぅ。他の神殿も婚約の儀すら受け付けず、知らぬ存ぜぬ。一体、この地の宗教界はどうなっておるのだぁ!」
領内の宗教界に文句を言うテオバルトであるが、報告をしている騎士団長も領主の日頃の行いが原因と内心思っている。
「それと盗賊ギルドですが、こちらも関係を否定しています。カイトなるものは盗賊ギルドの構成員ではない。また、今回の逃亡劇には一切関係していないとの事です。まあ、巷に流れる噂の出どころとしては怪しいものですが……」
「ふぬぅぅ。『ロリコン領主が、幼妻を幼馴染の少年に取り返され駆け落ちされた』という奴か! いらん事を言いやがってぇ。その噂を流した奴を必ず見つけ、罰するのだ!」
「御意」
顔を伏せた騎士団長ではあるが、個人的にはカイト側を応援したい気持ちだ。
幼馴染の少女、姫様を救うために領主と戦う少年。
英雄譚にも聞かれるような心を弾ませる話なのだから。
……騎士団にも領主に従い、幼子を犯すのを手伝うものもいるのは困ったものだがな。
「テオバルト様、意見具申宜しいでしょうか? 私に考えがございます。追跡者として冒険者を派遣するのはどうでしょうか? カイトとやら、冒険者として登録されております。彼を良く知る者を派遣するのです」
「執事【エドモン】よ、それは良いアイデアだな。他領に逃げているのなら、俺の兵は公式には送り出せぬ。だが、冒険者、それもクソガキを良く知る者を派遣すれば、捕まえる可能性もあがるし、更にはクソガキを苦しめる事が出来るな。ぐふふ」
「はい。後は、追跡者の監視役として当家からも誰か派遣すれば、間違いないかと」
騎士団長は、いらん事を言う老執事に顔を歪める。
すっかり悪徳領主になってしまったテオバルト、彼の背後にはエドモンが必ず居た。
幼少期からテオバルトに仕えていたエドモン。
彼から甘やかされ、テオバルトはワガママで女好きな領主になってしまった。
立派な先代に仕えていた父から騎士団長を継いだ彼からすれば、エドモンの為に仕える相手がダメになってしまったように思えた。
……そういえばコイツ、いつからここに居た? 先代の時から姿があまり変わらない気がするんだが?
騎士団長はエドモンの存在に対し疑問を持つが、テオバルトの次の発言に意識を取られた。
「では、誰を送るべきかな? 騎士では問題もあろう。そうか、オマエにしよう、【ネリー】。オマエは姫の世話をしており、カイトの顔も知っている。襲撃時にも役に立たなかったからな。ここで汚名返上をせよ。あ、その前に今夜俺の寝室に来い!」
「は、はい!」
無表情のまま深く頭を下げるソバカス顔のメイド、ネリー。
その様子を見て、領主婦人は更に眼に怒りを込めていた。
……今回の事、大変な事態にならなければ良いが?
騎士団長は、嫌な予感がした。
◆ ◇ ◆ ◇
「この浮かれ娘! ティナちゃんは、自分の行動を改めなさい! 坊やが血の涙流すくらい辛抱しているのが分からないのかい? おまけに全裸で迫るとは、公爵令嬢の自覚がどこにいったぁ!?」
「ごめんなさい、お姉さま。わたし、つい悪乗りしちゃったの。だって、慌てるカイトがとっても可愛いんですもの……」
「姉さん、叱るのはこのくらいにしようよ。一応他の人の目もあるし、ティナも反省しているんだからね」
仲直りをした翌朝、ティナはグローア姉さんに絞られている。
<ワタクシも流石に今回はどうかと思いましたので、グローア様にご報告させて頂きました>
昨日の事もあり、僕はティナだけでなく姉さんにも小型端末を渡している。
<お二人にお渡ししました端末は、体温と周囲魔力で充電をするタイプです。カイト様の端末よりは機能限定版ですが、お二人もワタクシの守るべきお仲間ですので>
「おいおい、一番怒るべきは坊やだろ? 襲うことが出来ない嫁が色仕掛けしてくるのは、苦行以外の何物でもないよ?」
「まあ、その通りなんですけど……」
「わたし、孤児院では妻は昼間は淑女、夜は娼婦になれと教えて頂きましたけれども?」
まだ今一つ、僕の「状況」が理解できていないティナ。
夜は、迫るのが正解だと教えてもらったと話す。
「それは、ちゃんと正式に夫婦になってからの事。特に紋章を彫られたままのティナちゃんを襲うとどうなるのか、坊やはそれを知って我慢してるのを少しは考えな。ふぅ、もしかして紋章には『淫紋』の異名通りエッチな考えになる副作用、いやこの場合は設定があるのかねぇ?」
「え! わたし、エッチになっているのぉ? そういえば紋章を書かれた時に、イヤな熱が身体中に広がるのを感じたけど?」
「ティナ、まだ自覚無いのぉ! 何処に全裸で迫る淑女が居るんだよぉ!!」
この後、また宿屋のオヤジさんから怒られるまで、僕たちは漫才を続けてしまった。
<これでは将来が思いやられます。まあ、解呪後のカイト様は別の意味で心配です。腎虚で亡くならない事をお祈りするばかりですね>
前途多難なカイト君達ですね。
さて、チェイサーとして冒険者ギルドから送られてくる者達は誰か。
明日以降のお話を乞うご期待です。




