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バラバラ殺人珊瑚SHOW(後編)

 瀬身が待ち合わせ場所に指定したのは、平良市内のホテルの1階ロビーに併設されたレストランであった。


 瀬身曰く、衞藤が調査をしていた3日間の間、彼はずっとこのホテルに缶詰にされ、連日連夜、警察の「任意聴取」を受けていたらしい。



「聞いてくれよ。長いときで夕方5時〜朝の5時まで、12時間ぶっ続けで取り調べを受けてたよ。警察は『任意』だと強調するが、とんでもない。小部屋でコワモテの警官4人に囲まれて、拒絶の意思なんて示せるわけないだろ。あんなのただの『強制捜査』だよ。人権侵害甚だしいね」


「でも、なかなか素敵なホテルじゃないですか」


 先ほど通ってきたホテルのロビーは、異国感のある煌びやかな内装であり、まるで宮殿のようだった。

 絵に描いたような高級南国リゾートホテルである。


 事前にネットで調べたところによると、宮古島でももっとも格調高いホテルの一つで、素泊まりでも一泊3万円〜、とのことだった。



「リゾートホテルの小部屋で、数時間に一度ルームサービスでコーヒーやら紅茶やらが運ばれてくれば『任意性』が担保される、というのは愚かな考え方だね。そもそも、私は人殺しなどやっていないんだ!!」


 バスローブ姿の瀬身は、注文後すぐに運ばれてきたパッションフルーツのジュースをグビっと飲み干した。

 あらぬ疑いをかけられて不憫なのは間違いないが、どこか悲壮感に欠けるところがある男である。



「いつ私に逮捕状が出るかどうか分からない。一分一秒を争う状況なんだ。衞藤君、さっさと調査結果を報告してくれ。それとも、アイドル談義をするためにわざわざここに来たのか?」


「違いますよ。じゃあ、始めますね」



 衞藤はジーンズのポケットからルーズリーフを取り出し、テーブルの上に広げる。

 瀬身が書いた調査事項に加え、細かい字のメモ書きが、衞藤によって書き足されている。



「まず調査事項1、『警察が死体遺棄時間を10時30分から12時までの間と特定している理由は何か』です」


「まあ、それについては私も把握していないわけではないんだが、基本的な事項に関する念のための確認、というやつだな」


「でしょうね」


 そのことには衞藤も早い段階で気が付いていた。なぜなら、調査事項3、4は、この調査事項1に対する特定の回答を前提としているからである。

 おそらく瀬身は、この事件における最大の肝が何かということを衞藤に理解させるために、わざわざこの調査事項1を設けたのである。



「警察関係者に聞き込みを行った調査結果ですが、これは明白です。瀬身さんが添乗員を務め、死体と遭遇したグラスボートは、この日の第二便なんです」


 衞藤は、先ほど広げたルーズリーフの上部にある、簡単なメモ書きを瀬身に対して示す。


 そこには、




…………


【第一便】

10時発 10時半帰港

添乗員 参内庸介(さんだいようすけ)

運転手 檜原光治(ひのはらみつはる)


【第二便】

12時発 12時半帰港

添乗員 瀬身譚太郎

運転手 檜原光治


…………




と書いてある。



「なぜ死体遺棄時間が10時30分から12時までと特定できるのか。それは簡単です。第一便のグラスボートにおいては、珊瑚礁の中の死体の存在が認知されなかったからです。ゆえに、第一便のグラスボートが帰港するまでには死体は存在しておらず、死体が遺棄されたのは、第一便の帰港後、第二便の出港までの間、すなわち、10時30分から12時までの間と特定できるのです」


 珊瑚礁に飾られたバラバラ死体。第一便の潜水室の窓から覗ける位置にそれがあったのであれば、乗客は必ずその存在に気付いたはずである。


 しかし、実際には、第一便の観光客からの目撃情報はなく、また、警察への通報もなかった。


 それはつまり、第一便が航海していた時点では死体は遺棄されていなかった、ということである。


 バラバラ死体は、その後、第二便の出港までに何者かによって捨てられたのだ。



「衞藤君、細かい話で恐縮だが、死体が存在していたのはグラスボートでの航海の折り返し地点、港からだいたい2kmほど離れたところであり、出航後15分くらいで通る場所だろ?」


「そのとおりです」


「とすると、10時に出発した第二便が死体遺棄現場に到達したのは10時15分になるのだから、死体の不在証明がされるのはその時点までじゃないか? 同様に、第二便が死体を発見したのは12時15分だ。つまり、正確には、死体が遺棄された時間は、10時15分〜12時15分までとならないだろうか?」


「それに関しては、警察は、船の運転手の檜原の証言を信用しているようです。つまり、航海の際、檜原は船上の運転室にいて、周囲の海の様子に十分警戒していました。その檜原が、『第一便の航海中も第二便の航海中も、海には不審な船等はなかった』と証言してるのです。ゆえに第一便の航海が終わってから第二便の航海が始まるまでの10時半〜12時までに死体が遺棄された、ということになるんです」



 瀬身は口をへの字に曲げ、明らかに不服そうな顔をしている。



「なんだかご都合主義だな。まるで私を犯人に仕立て上げることが目的のようだ」


「どうしてですか?」


「だって、事件のあった日、私が博愛港に着いたのがちょうど10時半なんだ。私が博愛港に着くと同時に、第一便の添乗員の参内と運転手の檜原は博愛港を離れたから、まさに10時半〜12時という時間は、私が一人で博愛港にいた時間とほぼ重なるんだよ」


 なんという不運だろうか、としか言いようがない。おそらく瀬身譚太郎という男は、そういう星の下に生まれたのだろう。



「瀬身さんの仕事は12時に出港するグラスボートの添乗員ですよね?」


「そうだが」


「どうして、10時半なんて早い時間に博愛港に着いているんですか?」


「ああ、それは、小屋の見張りと、それから、私の『趣味』のためだよ」


「趣味?」


「衞藤君には話したことはないが、私は釣りが好きなんだ。だから、早めに博愛港に着いて、仕事の準備までの時間、ずっと波止場で釣りをしていたんだ」


「はあ」


「ちなみに、私が釣りをしている間、死体遺棄現場付近の海に不審なことはなかったよ。別の港から船でやってきた誰かが、10時半から12時までの間に死体を捨てたということはなかった、と私が断言できる」


「じゃあ、だとしたら、やっぱり瀨身さんしか犯人候補はいないんじゃないですか?」


 

 衞藤はほんの冗談のつもりだったが、瀨身は、顔を紅潮させて「違う!!」と叫んだ。



「だいたい、警察はどうして檜原の証言を疑わずに信じてるんだ? 彼だって事件の関係者の一人だろ? 最近宮古島に来たばかりの私より、彼の方が被害者との関係は深いはずだ」


「つまり、瀬身さんは、檜原が真犯人で、嘘の証言をしてるかもしれない、と思ってるんですか?」


「もちろん、その疑いは持っている。たとえば、こういうシナリオはどうだ? 第一便が死体遺棄現場を通り、そこに死体がなかったことを観光客に目撃させた直後に、檜原は、船上から死体を珊瑚礁に落としたんだ。観光客は全員潜水室に移動してるから、船の上の檜原は、誰にも見られることなくそれを行えるはずだ」


「なるほど……」


 さすが元探偵である。そのイマジネーション能力にはいつも驚かされる。



ただーー


「それはありえないですね」


「なぜだ?」


「調査事項2の回答によって可能性が否定されるからです。調査事項2、『バラバラ死体はどのようにして珊瑚礁に「生えていた」のか(死体の固定方法)』ですが、この調査結果を報告して良いですか?」


「もちろん……早く報告してくれ」


「バラバラ死体は、結構しっかりと珊瑚に固定されていました。金属製のワイヤーを使ってね。たとえば、ワイヤーの一方を腕に巻き付けて、さらにもう一方を珊瑚に巻きつけてという方法で」


 決して進んで見たいものではなかったものの、衞藤は、警察に上手く取り入って、死体遺棄現場の写真を見せてもらった。


 語弊を恐れずに言えば、それは想像よりもアーティスティックなものだった。「遺棄」という表現は正しくないとさえ思う。


 被害者の四肢が、そして生首が、ちゃんと犯人が意図したであろう位置、向きで飾られていたのである。



「たしかに先ほどの私の仮説は崩れる、ということだな。船の上から単に捨てただけではそのようにはならないもんな。じゃあ、衞藤君、次の仮説はどうだろう? 檜原は、陸上で、あらかじめ珊瑚にワイヤーで死体を括り付けた『セット』を作っておいて、その『セット』ごと海に捨てたんだ」


「……そんなこと可能なんですか?」


「……もちろん不可能だ。珊瑚は生き物だからな。一旦取り外して陸上に持っていき、それをまた海に戻すというのは現実的じゃない。少なくとも痕跡が残る」


 さすがにイマジネーションが豊富過ぎたようだ。



「……あの、瀬身さん、一つ疑問があるのですが」


「なんだ?」


「死体が遺棄されたであろう10時半から12時までの間に、博愛港にいたのが瀬身さんだけだったとします。ただ、その間に瀬身さんはどうやって被害者を殺害し、切断し、そして珊瑚に飾り付けた、ということになるんですか? とりわけ、比較的沖合にある珊瑚に飾りつける作業は、瀬身さんにできるんですかね? だって、瀬身さん、そんなに泳げないでしょ? そもそも船の免許も持ってないでしょう?」


「さすが元助手。良い観点だね。私も全く同感だよ」


 瀬身は、テーブルに乗り出すようにして手を伸ばし、対面に座っていた衞藤の肩をポンっと叩いた。

 その拍子に、衞藤のリリコイジュースが入ったグラスが揺れ、中身がわずかに溢れたが、瀬身はそのことには気付いていない。



「良い観点だ。たとえアリバイはなかったとしても、そもそも私にはこの犯罪を実現することはできないんだ」



 一瞬明るい表情を見せた瀬身だったが、また従来の陰鬱な顔色に戻った。



「ただ、警察は、一向にその観点を持とうとしないんだ。もちろん、彼らも、瀬身犯人説に弱点があることには気付いている。ただ、他の可能性を考えるのではなく、その弱点を、私の自白によって補強するのが仕事だと彼らは思い込んでるんだ。だから、彼らは、連日連夜、私を取り調べ、私には実は素潜り経験があるという、あらぬ事実を強引に吐かせようとしてる。彼らの奇天烈なストーリーを無理やり完結させようとしてるんだ」



 このままだと瀬身から延々と警察批判を聞かされるおそれがあると危惧した衞藤は、次の調査事項へと話を移すことにした。



「それでは3つ目の調査事項です。『10時発のグラスボートはどのようなルートを進んだのか』というものです」


「ああ。それだ。それを早く教えてくれ。仮に、第一便のグラスボートがいつもと違うルートを通っており、死体遺棄現場を通らなかったとすれば、第一便の航海中にはまだ死体は遺棄されてなかった、という前提が崩れるからな。死体は10時より前に捨てられてたのに、第一便はそこを通らなかったんだ」


 本当にそのとおりであれば、瀬身の冤罪はあっという間に晴れることになる。

 

 しかし、当然だが、現実はそんなに甘くない。



「たしかにグラスボートの航路は一定ではありません。たとえば、潮の満ち引きに合わせた航路変更というものもあります。潮が満ちてるときにしか通れない場所もありますからね。ただし、残念ながら、事件のあった時期は潮の干満の差があまりない時期で、第一便も第二便も完全に同じ航路を進んだ、とのことです。つまり、第一便も、死体遺棄現場を間違いなく通っているのです」


「衞藤君、それは一体誰の証言かい?」


「第一便の添乗員の参内と、運転手の檜原の共通の証言です」


 無論、当時、潮の満ち引きがほとんどなかったことについては、月の引力の関係からして自明である。



「そうか……」


 ガックリと項垂れる元探偵を尻目に、衞藤は次の調査結果の報告に移る。



「刻一刻を争う状況だそうなので、最後の調査事項にいっちゃいますね。調査事項4、『10時発のグラスボートの船内で何か変わったことは無かったか』です。まず、この点について、グラスボート潜水室内の監視カメラはだいぶ前から故障していたようで、実際に何が起きたのかを完全に把握することはできません。ただ、僕なりに頑張って調べてみました」


「何も無かった……ということはないよな?」


 ここが瀬身の最後の希望なのだろう。瀬身は縋るような目で元助手を見つめる。



「そんなに変わったことかどうかは分からないですが……」


「もったいぶらないでくれ」


 もったいぶってるわけではない。この漠然とした質問において、瀬身がどのような回答を望んでいるのか、衞藤には皆目見当がつかなかったのである。

 逆に大きく期待させておいて、失望させてしまったらどうしようと心配しているのだ。



「じゃあ、言いますよ。サメです」


「……サメ?」


「はい。第一便の乗客の話によると、ちょうど航海の真ん中くらいのタイミングで、添乗員が『サメがいる』と言って、窓の向こうを指差したそうです……瀬身さん、これって変わったことじゃないですか?」


「……ああ、それは変わったこと、というか、珍しいことだな。たしかに宮古島にはサメがいて、海水浴客がサメに噛まれるという被害報告も過去には複数ある。グラスボートの航路にも、サメが出るということはあるらしい。まあ、私の航海中には一度もなかったが」


「そうなんですね。僕が話を聞いた乗客によれば、第一便の添乗員の参内が、航海の冒頭で『運が良ければサメが見えます』という話をしていたんだそうです。それで、期待をしながら窓の外を眺めていたところ、実際に『サメがいる』と参内が興奮気味に大声で言ったので、これは幸運だと思い、参内の指差した方を見たんですって」


「ほお。それでその乗客は無事にサメを見れたのかい?」


「見れなかったそうです」



 衞藤は、話を聞いた20代半ばの女性観光客の、ガッカリとした表情を思い出す。



「参内の指差す方は、珊瑚が入り組んでて、小さい魚はいっぱいいたけれども、肝心のサメは見れなかったとのことです。参内が『魚を見慣れていないと、見えていても認識できないことがあるんです』という話をしていたので、そんなものか、と肩を落とした、とのことでした」


「衞藤君、君が話を聞いた乗客はその一人だけかい?」


「もちろん違います。第一便の乗客は33人いたのですが、乗客の名簿を入手して、片っ端から電話をかけました。その結果、会って話を聞けたのは、今話した乗客を含めて7人、電話だけで話を聞けた人も10人くらいいました」


「さすが優秀な助手だ」


「元助手、です」


「いずれにせよだ。それで、衞藤君、他の乗客はどう話していたんだ?」


「みな同じ話をしていました。参内の指差す方を見たけれど、サメは見れなかった、と」


「ほお」



 どうやらこれは期待する通りの答えだったようで、瀬身は満足げに頷く。



「つまり、サメは実際にはいなかったわけだ」


「いいえ。いました」



 衞藤の即答に、瀬身は、豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をした。



「実際はいたのか……? サメは」


「ええ」



 衞藤は、ショルダーバッグからスマホを撮り出すと、ある画像を瀬身に見せた。



「これは……たしかにサメだな。少し小さいがイタチザメだな」


 衞藤には種類の特定まではできなかったが、それがサメの画像だということは間違いない。白っぽい、細長いサメである。



「衞藤君、この画像はどこから入手したんだ?」


「Twitterです」


 衞藤は、スクロールして、次の画像を瀬身に対して提示する。Twitterの画面をスクリーンショットしたものである。



 5日前に「いさま」という名前のアカウントから投稿されたそのツイートには、先ほど瀬身に見せたサメの画像とともに、以下の文章が綴られていた。




…………


今日の10時にグラスボートで博愛港を出発。サメに出会えたので、一眼でパシャリ


…………




「瀬身さん、5日前というのは死体が発見された日ですよね? 博愛港から10時に出発するグラスボートというのは、先ほど来話題にしてる『第一便』に他ならないですよね?」


「……ああ、そうだな」


「確認したところ、僕が入手した乗客リストの中に、『伊狭間一雄(いさまかずお)』という名前があります」


「珍しい名字だし、おそらくアカウント主だろうな」


「じゃあ、やはり参内の言うとおり、サメはいたということですよね?」


 瀬身は質問に答えず、しばらくして、「これはポートレートだよな……」とぼやくように言った。


 その意味は衞藤にはよく分からなかった。



 衞藤は、テーブルの上のルーズリーフを閉じる。


「調査結果の報告は以上です」


「ちょっと待ってくれ。衞藤君、君はこの『いさま』いう乗客に電話はしたのか?」


「してません」


「なんでだ? リストに電話番号が書いてあるだろう?」


「書いてなかったんです。彼だけ、電話番号を申告してなかったようです」


「それはおかしいな。緊急連絡先として必ず聞いているんだが……。それはともかく、じゃあ、TwitterのDMは?」


「送りましたが、まだ返事は来てないです」


「そうか……」


 瀬身にとって、この画像は、よほど都合の悪いものなのだろう。額には冷や汗が浮かんでいる。



「この『いさま』という男について、何か別の情報はないのか?」


「ええ、ありますよ。瀬身さんが欲しい情報かどうかは分かりませんが」


「もったいぶらないで言ってくれ」


 もったいぶってるわけではない。これはおそらく本当に「しょうもない」情報なのだ。



「早く言ってくれ」


「じゃあ、言いますよ」


「早く」


「『いさま』は、水無月愛紗の大ファンなんです」


「……は?」



 瀬身の反応は、予想どおりのものだった。



「彼の過去のツイートを少し掘れば分かります。『いさま』は、京都在住です。しかし、ほぼ毎月のペースで宮古島を訪れています。その理由は明白です。聖地巡礼です」


 今の宮古島は、「水無月愛紗一色」と言っても過言ではない。宮古島のどこにいても、水無月愛紗の姿が目に入る。声が耳に入る。それに、調べたところによると、水無月愛紗のPVの撮影地は全て宮古島らしい。ファンの「聖地巡礼」にはこの上ないスポットである。



「そして、『いさま』のアカウントは、水無月愛紗の公式アカウントの全てのツイートに対してリプライを送っています。『可愛い』『大好き』『結婚してくれ』etc」


「衞藤君、口調が若干怒り気味だが、一体何に憤っているんだい?」


「憤ってはいません。ただ、信じられない想いなんです。だって、『いさま』のアカウントは、水無月愛紗のド下手な歌についても、「上手!」「声が綺麗」なんて、歯が浮くような台詞をリプしてるんですよ?」


「たしかに水無月愛紗の歌はお世辞にも上手いとは言えないが、衞藤君は一体何が許せないんだ?」


「別に許せないわけじゃないです。ただ、信じられない想いなんです。あまりにも『恋は盲目』ですよね? 水無月愛紗の盲目ファン過ぎませんか?」


「盲目ファンね……いや、待てよ。衞藤君、違う。そうじゃない。『いさま』は……」



 瀬身がちょうど何か大事なことを話そうとしたとき、レストランのドアがバーンと乱暴に開け放たれた。



 警官の登場である。手には逮捕令状を持っている。



 いつか見た光景と同じだ。



「瀬身譚太郎、お前を殺人の容疑で逮捕する!!」




…………




 そうです。私が殺しました。為木という人間は、意地の悪い男で、最低最悪のパワハラ上司です。


 これは今までずっと隠していたのですが、実は私は漁師町の中心で、子どもの頃から素潜りが得意で、海に潜ってはサザエやら牡蠣やらを採っていました。


 そんな私からすれば、バラバラにした死体を、海の中にある珊瑚に括り付けることなど実に容易い作業でしたーー



 ーーと、私が供述すれば、あなた方は満足し、家族の待つ家へとスキップしながらルンルンで帰ることができるのかもしれません。


 しかし、その代わり、あなた方は真犯人を取り逃がすことになります。


 マスメディアがこぞって取り上げるこの「狂気の事件」へのお茶の間の関心が、そのまま、あなた方への怠慢な捜査への非難に変わります。順風満帆なキャリアなど望めません。心配すべきは、警察手帳を取り上げられないかどうか、です。



 しかし、あなた方にはまだ「希望の光」があります。



 それは、私、瀬身譚太郎です。



 不幸中の幸いとして、あなたがたが誤認逮捕した男は、非常に頭のキレる元探偵で、今回の事件の真相も知っています。


 ですので、これから私が話す言葉を、正確に調書に起こし、それを検察官に提出さえすれば、あなたたちは救われます。



 狂ってるのは私の頭なのか、それともあなたたち国家権力なのか、それをハッキリさせましょう。



 早速、今回の事件の犯人が誰かを指摘しましょう。



 為木を殺し、バラバラにし、珊瑚礁に飾り付けた犯人。



 それはーー




ーー参内庸介。


 私の同僚である添乗員です。



 参内は、為木を殺害しました。

 それが具体的にいつなのか、ということは私には知る余地はありません。バラバラにされ、さらには海に遺棄された死体から死亡推定時刻を特定することは難儀なことでしょう。


 もっとも、為木が殺害されたタイミングが、死体が発見された日の朝か、もしくはそれよりも前であったことだけは断言できます。


 なぜなら、参内が死体を海に遺棄したタイミングは、死体発見日の第一便のグラスボートが博愛港を出発するよりも前であることは明らかだからです。



 私は、素潜りはできませんが、釣りは昔からの趣味です。


 その日の10時半に博愛港に着いてから、12時の出航直前まで、波止場でずっと釣りをしていました。

 その際、博愛港に近寄った人間はおらず、また、死体が遺棄されていた付近の海に近付く不審な船等はありませんでした。


 ですから、死体が遺棄されたのは、10時半より前であり、船の運転手である檜原の「信用できる」証言と合わせて考えれば、死体が遺棄されたのは、第一便が出航する10時より前なのです。


 おそらくは、人気も少なく、また、死体と珊瑚にワイヤーを括り付ける時間もたっぷり確保できる深夜から明け方にかけて作業をしたのではないでしょうか。


 前日夜に為木を殺害し、深夜に死体をバラバラにし、明け方頃に死体を遺棄した、と考えると作業時間の辻褄が合うかもしれません。もっとも、正確なところは、あなた方の今後の捜査に委ねたいと思います。




 肝心なポイントはどこかというと、()()便()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということなのです。



 この事実は、衝撃的なものだと思います。


 なぜなら、第一便の航海中、第一便は死体の前を通過しているにも関わらず、第一便の乗客は誰一人として死体の存在に気付かなかった、ということになりますから。



 それこそが今回の事件の最大のミステリーであり、真犯人が弄したトリックなのです。



 なぜ、第一便の乗客は死体の存在に気付かなかったのか。



 その説明をする前提として、グラスボートの構造について簡単に明らかにしておきます。


 我が社のグラスボートは半潜水艦方式であり、航海が始まると、運転手一人を残し、乗客及び添乗員は、ハシゴ階段を使って潜水室に移動します。


 潜水室は、左右の壁がほぼ全面窓になっているという作りであり、その窓に沿うようにして、左右それぞれに2人掛けの席が並んでいます。

 

 たとえば、進行方向右側の席に座った乗客は、基本的には同じく進行方向右側の窓から海の景色を眺めることになります。


 もっとも、そこまで横に広い船ではないですから、体の向きを変えれば進行方向左側の窓を見ることもできます。

 

 乗船中の移動は自由ですから、最初は進行方向右側の席に座っていたとしても、進行方向左側の景色の方がお好みであれば、空席に移動することもできますし、一時的に通路に出てくることもできます。



 ただ、基本的には、右側の景色と左側の景色を同時に見るというのは想定されてません。


 通路に立って、間接視野を使えば左右両方を見ることはできるかもしれませんが、それではほとんど魚を観察できません。第一、そんな奇特なことをする乗客は一人たりともいません。



 つまり、何が言いたいかというと、死体が飾られた珊瑚礁は、進行方向右側の窓から見える位置にありました。


 ゆえに、その地点を通過する際に、乗客が全員、進行方向左側の窓の方を向いていたとすれば、乗客は誰も死体の存在に気付かない、ということになります。



 では、どのようにしてそのような状態を作り出すのか。


 どのようにして乗客全員を、死体が見えない左側の窓を見るように誘導するか。


 それができるのは、添乗員であり、ガイド役の参内しかいません。



 彼は、航海の冒頭から、乗客に対し、「運が良ければサメが見える」という話をし、乗客にサメに対する関心を植え付けました。


 その上で、死体遺棄地点に差し掛かる直前のタイミングで、実際にはサメがいないのに、乗客に「サメがいた」と伝え、進行方向左側の窓を指差したのです。



 当然乗客は貴重なサメを一目見ようと躍起になります。


 元々進行方向左側の窓寄りの席に座っていた者は、その場で窓の向こうを凝視するでしょうし、元々進行方向右寄りの席に座っていた者は、進行方向左側の空席に移動するか、もしくは立ち上がって通路まで出てきて、進行方向左側の窓を見ようとするでしょう。


 乗客全員がそのように行動すれば、参内の思惑通り、誰も死体の存在に気付きません。



 第一便の航海中には死体はまだ存在していなかった、という事実を捏造することができるのです。



 私は、実のところ、参内という男がどういう男なのか知りません。同僚とはいえ、最初に何度かレクチャーを受けたことを除けば、ほとんど会話する機会もありませんでした。



 ですので、彼がサイコパスなのか、それとも合理的に行動する男なのかを判断することはできません。


 もっとも、仮に後者で、参内に合理的な思考があるのだとすれば、死体を珊瑚に飾りつけるというアイデアは、なかなか秀逸だったように思います。



 参内は、乗客に対し、「見えていても認識できないことがある」と話したそうですが、それは今回のバラバラ死体にも当てはまります。


 珊瑚礁に「生えている」ものが死体だと認識できた途端、それは強いインパクトによって脳裏に焼き付くでしょう。それを見た者は、「こんな衝撃的な光景を見落とすわけがない」と思うでしょう。


 しかし、認識ができるまでは、それは「珊瑚」として見えてしまうのではないでしょうか。


 少なくとも、遠くから、もしくは間接視野でそれを見たに過ぎない者は、それが死体だということは認識できないに違いありません。


 逆側の窓に気を取られている第一便の乗客には決して気付かれず、他方で、第二便の乗客には必ず気付かせ、強い衝撃を与える。そのような効果が、今回の死体遺棄方法にはあったのです。


 参内が果たしてそこまで意図していたのかどうか、それとも、単に死体を飾り付けたかったから死体を飾り付けただけだったかについては、彼に自白してもらうしかありませんね。



 他方で、参内は、間違いなく、自身のアリバイは意識していたはずです。


 そのために、参内は、第一便の航海が終わるとすぐに博愛港を離れたんです。

 おそらくスーパーなど、監視カメラが設置されてる場所に移動し、第二便の出航時間まで、せっせとアリバイ作りに没頭していたことでしょう。



 そうでなければ、第一便の出航中に彼が仕掛けたアリバイトリックの意味がありませんからね。



 考えてみると、極めて、子ども騙しな、単純なトリックです。


 サメの存在をでっち上げただけなんですから。なんてバカバカしいのでしょうか。



 しかし、この単純なトリックに、あなた方警察署君が騙されてしまったのには、3つの不運、参内から見れば3つの幸運があったからです。



 1つ目は、潜水室内の監視カメラが故障していた、というものです。

 仮に潜水室の様子が映されていれば、参内が、進行方向左側に乗客を一斉に誘導してること、それが死体が遺棄されていた地点を通るタイミングであったことがすぐに分かったはずです。

 参内は、長年グラスボートの添乗員を務めていたので、監視カメラの故障には気付いた上での犯行だったかもしれませんね。



 そして、2つ目の幸運は、本当に幸運です。

 参内という男は、今世では最悪の殺人犯ですが、もしかすると前世では徳をたくさん積んでいたのかもしれません。そう思わせるほどの幸運です。



 その幸運とは、なんと、参内がサメの存在をでっち上げたタイミングで、本当にサメがいたんです。



 無論、あなた方は優秀なので、捜査の中で、参内が「サメでっち上げ」のトリックを使った可能性を検討していたはずです。


 しかし、あなた方は、第一便の航海中にサメの存在が、でっち上げではないことを裏付ける決定的な証拠をSNS上で見つけていたはずなのです。



 それは、「いさま」というTwitterアカウントによるツイートです。



 死体発見の日になされた彼のツイートには、「今日の10時にグラスボートで博愛港を出発。サメに出会えたので、一眼でパシャリ」という文章とともに、間違いなく宮古島の珊瑚礁で撮影されたイタチザメの画像が載せられています。



「博愛港」「グラスボート」で検索すればこのツイートはすぐに見つかりますから、優秀なあなた方がこのツイートを見逃してたはずはありません。そうですよね? ね?



 私の元助手が聴取した限りでは、この「いさま」というアカウントの乗客を除き、全ての乗客はサメを見つけることができませんでした。しかし、「いさま」の一眼レフカメラはハッキリとサメの姿を写しています。


 

 それはなぜか。答えは一つしか考えられません。



 参内が「サメがいる」と窓を指差し、進行方向左側に乗客を誘導していたときに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 参内に騙された乗客にとってはなんて皮肉なことでしょう。参内もここまでの奇跡は想像さえしていなかったはずです。



 今、「奇跡」と言いましたが、元探偵としては、なるべくそのような言葉は使いたくないので、訂正します。



 そのとき、進行方向右側に、イタチザメがいたことには、合理的な理由があります。



 サメは、非常に嗅覚に優れた生き物であり、遠く離れた海に一滴落とした血の匂いにも反応すると言われています。


 ですから、「いさま」が撮影したイタチザメは、為木のバラバラ死体が放つ血の匂いに釣られて、死体遺棄現場に誘き寄せられていたのです。


 他方、「人喰いザメ」というイメージに反して、基本的には、サメは人肉を好んでは食べません。サメが人を襲う場合は、大抵サメの方がパニックになっているか、血の匂いに興奮して我を忘れてるか、というときなのです。


 ですから、イタチザメは、血の匂いに誘き寄せられる一方で、死体を食べることはなく、やがて去って行ったのです。


 ゆえに、私が添乗員を務めていた第二便では、誰もサメの姿を見なかった、というわけです。




 さらに参内にとっての3つ目の幸運、それは、「いさま」が一眼レフカメラのポートレート撮影に夢中になっており、ゆえに死体の存在に気付かなかった、ということです。


 ポートレート機能とは、被写体に強くピントを当て、逆に被写体以外の背景をボヤかす手法です。ファインダーにおいても、被写体以外はハッキリと映らないことになりますから、サメにピントを当てている間は、背景の死体がハッキリと映らないのです。


 Twitterに上がってる画像を確認してみると、たしかにサメはエラの細部までハッキリと写っていますが、その背景はといえば、ぼやけていて、よく見えません。


 ぼんやりと何か黒い突起物のようなものがあるようにも見えますが、その正体が果たして珊瑚なのかすら分かりません。


 もしかすると、その黒い突起物は、為木の手足なのかもしれません。



 というわけで、参内の「でっち上げ」はいくつかの幸運が手伝って、一見、「真実」となってしまったのです。



 ゆえに、参内の犯行が裏付けられず、私が誤認逮捕された……ということで、合ってますよね?




……あれ、まだ納得していない表情ですね。何か私が説明し損ねていることがありますか?


……あ、ありますね。忘れていました。すみません。


 「なぜ『いさま』一人だけが、参内に誘導されずに、進行方向右側の窓を見続けていたのか」という点です。



 もちろん、これも偶然ではありません。ちゃんと理由があります。




 あなた方は、宮古島出身の水無月愛紗というアイドルをご存知ですか? 

 年末の紅白歌合戦にも出ていましたし、知らないはずはないと思います。


 そして、当然、水無月愛紗が、天才的な音痴であり、歌が下手クソであることもご存知かと思います。正直、聴けたレベルじゃありません。



「いさま」は、水無月愛紗の大ファンです。



 私の元助手に言わせれば、「盲目ファン」だそうです。

 

 しかし、実際には、「いさま」は「盲目」ではありません。



 「盲聴」なのです。


 つまり、彼は聴力がほとんどないか、もしくは、全くないのです。


 ゆえに、彼は、水無月愛紗の歌声を「綺麗」などと称してしまうのです。


 ゆえに、彼は、グラスボートに乗る際に、緊急連絡先として、自分の電話番号を伝えなかったのです。電話が来たところで、相手の声が聞こえず、対応ができませんからね。



 当然、「いさま」は、グラスボートの添乗員の声も聞こえませんでした。


 そのため、参内が「サメがいる」と進行方向左側を指差しても、一人だけそれに気付かず、黙々とポートレート撮影を続けることとなったのです。




 これで私の推理は以上です。推理ではなく、供述、ですがね。


 この供述によって、あなた方にも「真実の光」が見えたはずです。あなた方の失態を照らし、あなた方を正しい方向に導く「救いの光」がね。



 ですから、今度はあなた方が私を救う番です。



 どうか私の身柄を一刻も早く解放していただくようお願いします。





 生存報告、ということになったでしょうか。


 私生活に忙しく、執筆をする余裕などない現状ですが、こうして2万字の小説をアップしたということは、ようやく余裕ができたのか、というと違います。むしろ体調を崩してしまったため、仕事や家事等ができず、仕方なくベッドの中でスマホを使って小説を書いていた、というのが現実です(苦笑)


 ですので、死に物狂いでこの作品だけなんとか投稿しましたが、感想への返信もできておらず、何もできていないという感じです。この投稿を皮切りに息を吹きかえせればなどと思ったり、思わなかったりしてます。無理ですかね。。


 感想は返せていないのですが、ベッドの中で苦しみながらも小説を書こうと思えたのは、不在中に、過去作にありがたい感想をいただいたのを見たからです。本当にありがとうございます。


 この瀨身シリーズは書きやすくてとても気に入ってます(犯人の動機が書けないという欠点はありますが)

 ですので、今後も書き続けたいなとは思うのですが、うーん、時間が……

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後の最後の事実に衝撃を受けました。 そして同時に納得しました。 そういう事だったのか(;゜Д゜)
[一言] 推理内容もさることながら、無能な警察を激煽りするのがクセになりますね、このシリーズ。 続きも楽しみではあるのですが、まずはお体の方ご自愛下さい。完治して復帰されることを祈っております。
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