サタンの声が聞こえる
「それでは、判決主文を言い渡します」
傍聴席の人々が固唾を呑む。
約二年間にわたりこの事件に注目し続けていた多くの傍聴人も、腕章を巻いた記者たちも、〈主文後回し〉となった時点で、極刑が言い渡されることは分かっていたはずである。
それでも、言い渡しの瞬間には、凍てつく緊張感が場を支配する。
バーの向こう側もそうだ――。
入廷時には柔和な表情を浮かべていた弁護人も、当該判決を望んでいる検察官も、判決作成に関わった裁判員も、これから主文を読み上げる裁判官も、皆が石のように固まり、微動だにしない。
――ただ一人の例外を除いて。
この事件の被告人――加須米麻道は、これから下される判決が自らの生死を決めるものだというのに、ニヤニヤと笑っている。裁判官が判決理由を読み上げている最中も、加須米は、天井を指差しながら、クルクルと表情を変えたり、ブツブツと独り言を言ったりしていた。
まるで法廷の天井が、プラネタリウムの星空であるかのように――。
「――判決主文。被告人を死刑に処する」
運命の瞬間が訪れた時も、加須米は、天井に向かってパチパチと手を叩いていた。
弁護人のみならず、傍聴席の人々も、当然にこう思ったことだろう。
本当に加須米は〈詐病〉を用いているのだろうか――と。
浪速区母子殺人事件――それがマスコミが付した、加須米の事件の呼称である。
被害者は、別府実桜子というまだ二十歳の若いシングルマザーと、その二歳の子である蓮桜だった。
当時四十二歳の加須米は、ベランダのガラスを割り、別府親子の住むアパートの一室に侵入した。
そして、洗面室において、実桜子を刺殺し、蓮桜を絞殺したのである。
加須米は、二人を殺害後、ベランダから逃走した。
加須米と別府親子には一切の面識はない。また実桜子の死体には暴行の跡はなく、アパートの金品が盗まれた痕跡はなかった。
客観的状況は物語っている――加須米は、親子を殺すためだけにアパートに侵入し、実際に親子を殺しただけでアパートを出たのだと。
裁判官と裁判員との初の顔合わせで、裁判官が整理した本件の争点は、以下の二つだった。
①被告人に責任能力はあるのか
②被告人を死刑にすべきか
もっとも、審理を進めるにつれ、実質的な争点は、①の責任能力に収斂された。
なぜ②の量刑が議論されなくなったのかといえば、仮に責任能力を肯定するのであれば、極刑以外の選択肢はない、と裁判官も裁判員も判断したからだ。
それほどに加須米の事件では、被告人に有利な方向で汲むべき事情が乏しかった。加須米の犯行は通り魔的なものであり、その目的も、人を殺すことそれ自体にある。そして、被害者側の過失は一切ない。遺族――実桜子の両親であり、蓮桜の祖父母――の処罰感情もとても強い。
加えて、何よりも大きかったのは、加須米が二人の人間を殺害していることである。
我が国には〈永山基準〉と呼ばれる死刑適用のルールがある。死刑判決を下すのは、二人以上を殺害している場合を原則とする、というルールである。
裁判体の頭をよく悩ますのは、動機や手口が極悪非道そのものであるものの、殺されているのが一人である場合である。この場合には、遺族がどんなに極刑を望んだとしても、永山基準の適用により、原則として、無期懲役刑が上限となる。例外は、無期懲役で服役中の者が、仮釈放中に殺人を犯した場合など、極端な事例に限られる。
ところが、加須米の事件では、永山基準は、死刑判決を書くことの障害にはならなかった――なぜなら、加須米は、実桜子と蓮桜の二人を殺しているから。
そのため、①責任能力さえ肯定され、加須米が心神喪失でも心神耗弱でもないことが証明されれば、加須米を死刑とすることで問題なかったのである。
しかし――。
「サタン様が俺に命令したんです。〈あそこに住んでいる人間を殺せ〉って」
加須米は、第一回期日の法廷において、真顔で証言した。
「サタン様の命令は絶対です。サタン様の命令に逆らったら、一体どうなることか……。そんな恐ろしいこと俺には……。俺には……」
加須米は、証言台でブルブルと震え出し、しまいには泡を吹いて倒れ、緊急搬送されるに至ったのである。これが演技だとすれば、あまりにも迫真なものである。
サタン様に命令をされた――それは加須米が、警察署の取調べ段階から一貫して主張していたものなのだ。
――いや、取調べ以前からだ。
加須米は、四年前から不眠症となり、精神科に通院するようになり、精神科の医師にも〈サタン様〉の存在をたびたび話していたのである。
仮に加須米の言うとおり、加須米に〈サタン様〉の声が聞こえており、加須米が〈サタン様〉の指示に従って実桜子と蓮桜を殺したのであれば、刑法三十九条の〈責任能力〉が欠けて心神喪失とされ、加須米は無罪となる。
何ら罪のない親子を殺しておきながら無罪とは、なんだか奇妙な気がするかもしれない。しかし、理論上、刑事罰は、刑法規範を理解し、犯行を踏みとどまる可能性があった者にしか適用できない。〈サタン様〉の命令によってやむなく犯行を行った者を処罰することなどできないのである。
加須米に責任能力があったのかどうか――。
これは言い換えると、加須米が〈詐病〉を用いているのかどうかということになる。
責任能力は犯行時点において判断されるため、争点は、以下のように整理することができる。
【別府親子を殺害した時、本当に加須米に〈サタン様〉の声が聞こえていたかどうか】
――この点で、裁判体の議論は紛糾した。
加須米の責任能力を否定すべきという意見を持ったのは、裁判員にも裁判官にもいた。
その最大の拠り所は、加須米を〈統合失調症〉とする精神鑑定の結果であり、また、加須米の犯行に〈動機〉がないことである。
「加須米の〈不合理な犯行〉は、〈サタン様〉の命令無しでは説明できない」
というのが、責任能力否定派の考えであり、これは相応の説得力を持った。
もっとも、責任能力肯定派にも、ある〈根拠〉があり、その〈根拠〉こそが、加須米を死刑台へと導いた。その根拠とは――。
「加須米は、実桜子を包丁で刺した後、包丁に付着した指紋を拭き取っている」
加須米は、窓を割ってアパートに侵入した後、包丁で実桜子の胸部を刺して殺害。その後、蓮桜の首を手で締めて殺害したものと見られている。
実桜子を刺した包丁は、別府家の台所にあったものであり、親子の遺体があった洗面室にて、刃先にベッタリと血が付いた状態で発見されている。
――その包丁の持ち手の指紋が、布状のもので拭き取られていたのだ。
これは、〈サタン様〉の声に従って、無我の中で〈サタン様〉の命令を実行した、という弁護側の主張と矛盾する。
指紋を拭き取るということは、自らの行為が刑事罰の対象であることを認識した上での隠蔽工作なのである。犯行時、加須米に冷静な判断能力があったことを示唆して余りある。
包丁の指紋を拭き取ったことについて、加須米は、一切記憶にない、と証言している。それどころか、加須米は、〈サタン様〉の声に従って別府宅に侵入したことまでは覚えているが、それ以降の記憶は一切ない、と述べているのである。
なお、指紋を拭き取った布は、別府宅からは見つかっていない。犯行後、加須米がどこかに遺棄したものと見られている。
結果として、包丁の指紋が拭き取られていたことが決め手となって、加須米の責任能力は肯定され、加須米は死刑となった。
弁護側は控訴をする方針であるという。
控訴審においても死刑判決は覆らないだろうと世間は見ている。
もっとも――。
真実、加須米のやったことは、死刑判決に値しない。
そのことを知っているのは、ただ一人――故人となった実桜子のみである。
あの日、我が家のリビングで、実桜子が見た光景は、まさに〈地獄〉であった。
見知らぬ男が、白目を剥いた状況で、突然、ベランダのガラスを割り、部屋に侵入してきた。
そして、その男は一切の躊躇なく、我が子である蓮桜を抱き上げると、そのまま両手で首を締め上げたのである。
男は、独り言のように、こう呟いていた。
「サタン様、子どもの血ですよ……。サタン様が欲している子どもの血ですよ」
あまりの恐怖で、実桜子は、我が子を助けるための身動きさえもとれなかった――。
まだ二歳の幼き子の生命は、あっという間に奪われてしまったのである。
蓮桜を絞殺した後、男は――。
「サタン様、〈捧げ物〉はどうでしたか? どうか私めを解放してください」
そうブツブツと呟きながら、まるで何事もなかったかのように、ベランダから外に出て行った。
嵐のような、短時間の惨劇だった。
ようやく身体を動かせるようになった実桜子は、蓮桜の脈がすでに無いことを確認し、途方に暮れた。
蓮桜は、実桜子の大事な一人息子である。実桜子は蓮桜を一人で育てるために、高校を中退し、貧困と偏見の中を生き抜いてきた。
実桜子にとっての〈すべて〉であった蓮桜が死んだ――実桜子は〈すべて〉を失ったのである。
実桜子は、蓮桜を殺めたあの男が許せなかった。殺したいと思った。たとえ、自分との刺し違えであったとしても――。
とはいえ、すでに男は実桜子の家を去っており、後を追うことはできない。〈すべて〉を失ってしまった実桜子には、その気力もない。
あの男の処罰は国に委ねるほかない――と実桜子は思った。
しかし――。
人を一人殺しただけでは死刑にならない、と実桜子はどこかで聞いたことがあった。
死体は二つなければならない――。
――男を死刑とするために、実桜子は、最愛の息子との心中を選んだ。
ただ心中するだけでは意味がない――実桜子は〈最期の一計〉を練った。
台所から包丁を持ち出すと、実桜子は、我が子の遺体とともに、洗面室へと移動した。
目当ては、タオルと洗濯機である。
実桜子は、包丁で自らの胸を刺し、包丁を抜く。
そして、包丁の持ち手部分をタオルで拭くと、包丁を床に落とした。
その後、そのタオルを洗濯機の中に入れ、蓋を閉じ、ボタンを押す。
洗濯槽の中に元々入っていた衣服とともに、タオルを洗濯する。タオルに付いた実桜子の指紋を消し去り、自殺という真相を隠すために――。
実桜子は、我が子の亡骸を抱き締め、そっと横になり、自らの死期を待つ。
――死刑台に立つあの男の姿を想像しながら。
(了)
次回の文学フリマ札幌まであまり日にちが空いていないため、異例のスピード公開となりましたが、9月8日の文学フリマ大阪で無料配布した短編をこちらで公開します。
結構自信作なのですが、改めて読み返してみると内容が難解かなという気もしました。
そんな反省も生かして、9月22日の文学フリマ札幌では、菱川の得意分野である「ほぼ図のミステリ」を無料配布しようと思います。
なお、文学フリマ札幌は、新生ミステリ研究会としてブースを出すのですが、参加可能メンバーが僕だけです。そんな心細い状況で、僕の家族である妻と子ども(4歳)が手伝いに来てくれるそうです。ぜひ子ども(4歳)から「ほぼ図のミステリ」を受け取ってください。
札幌が終わったら、次の東京まで時間が空くので、(予備校で忙しいシーズンではありますが、)色々と仕込みますね!




