マカロンと殺人
【事件発生当日】
え!? 刑事さん、もしかして僕の言葉が分かるんですか?
お菓子の言語を操るスイーツ刑事? すごいですね。そんな特技を持った方には、僕の「マカロン人生」で初めて出会いました。と言っても、僕は昨日作られたばかりなので、大した「マカロン人生経験」はないんですけどね。
僕の「マカロン人生」は本当にヒドいものでした。自分って何のために作り出されたんだろうかと夜毎……まあ、実際には一晩しか過ごしたことないんですけど……「夜毎」と言っても差し支えないくらいに悩みました。「ゾウの時間とネズミの時間」という話は知っていますか? 象の心臓は三秒に一回鼓動するのに対して、ハツカネズミの心臓は〇.一秒に一回鼓動するんです。象とネズミとで心臓が鼓動する頻度は違うんですが、一生で鼓動する数はともに約二〇億回で一緒なんですって。ですから、象とネズミとでは寿命の長さは全然違うのですが、それぞれが感じている「一生の長さ」は一緒なんじゃないかって言われてるんです。
ですから、僕みたいなマカロンも、心臓の鼓動はハツカネズミ並み……いや、そもそも心臓が無いんですけど……まあ、大体そんな感じなので、僕が感じてる「一生の長さ」は……
……すみません。刑事さんは僕からそんな話を聞きたいわけじゃないですよね。
ちゃんと分かってるんです。刑事さんが僕に話しかけた目的が。
刑事さんの想像どおり、僕は殺人事件を目撃しました。なんと言っても、被害者は僕の目の前で包丁に刺されましたからね。僕は血飛沫を浴びました。まあ、その時は袋を被っていたので、僕の身体には血はかからなかったんですけどね。
血まみれの袋を被ってるのって気分悪いんですよ。見た目もそうですし、嫌な臭いもするし……そのあたりの感覚は多分マカロンも人間も共通だと思います。
ですので、刑事さんが袋から出してくれて、とても清々しい気分です。ありがとうございました。
……すみません。またツマラナイ話をしてしまいましたね。
分かってるんです。本当に分かってるんです。刑事さんが僕から聞きたいことが何なのか。
刑事さんは、僕に、奥様を殺した犯人が誰なのかを訊きたいんですよね?
……ただ、ごめんなさい。
たしかに僕は犯人の顔を見ているのですが、あまりのショックで、記憶が混乱してるんです。
落ち着いて話せるようになるまで、一晩、時間をくださらないでしょうか。ワガママ言ってすみません。
【事件発生後二日目】
昨日は、僕のワガママを聞いてくれてありがとうございます。
しかも、僕を蓋つきのタッパーに入れて、冷蔵庫で保存してくれるだなんて!
さすがスイーツ刑事です! マカロンが一番喜ぶ保存方法を知っていますね!
……それはともかく、刑事が今話してくれた話は本当ですか?
今、巷で「マカロン連続殺人事件」が起きていて、その気の狂った犯人は、殺人現場に必ずマカロンを遺留する、って。
そんな恐ろしい事件が起きているだなんて知りませんでした。犯人は、マカロンのことを一体何だと思っているのでしょうか!? マカロンはそんな忌々しいことに用いられるために存在しているんじゃないんです! マカロンは……すみません。取り乱しました。
それで、その「マカロン連続殺人事件」を担当しているのがスイーツ刑事だ、というわけですね。適任だと思います。
そして、スイーツ刑事が今回の事件も担当しているということは、すなわち、今回の事件も「マカロン連続殺人事件」と一連のものと見られていると……
とすると、僕のポジションは重要ですね。僕の目撃証言が、忌々しき連続殺人事件の犯人逮捕に繋がるかもしれないんですから。
そう思うと、とても緊張してきました。
しっかり見たんですよ。僕は。犯人の顔を。
ただ、責任重大だと知った途端、頭が真っ白になってしまって、さっきまで覚えていた犯人の顔も忘れてしまいました。
冷静さを取り戻すために、もう一晩だけ僕に時間をくれないでしょうか。本当に申し訳ありません。
【事件発生後三日目】
昨日も、蓋付きのタッパーで冷蔵庫で保存してくれてありがとうございます。おかげで腐らず、乾燥もせずに済みました。
マカロンって、なんというか、あまり繊細なイメージがないじゃないですか。せんべいとかと一緒で、適当に机の上に放置しておけば良いと思われがちで。
でも、実際は違うんです。たしかに生地部分は焼き菓子なんですけど、中にガナッシュが挟まってますので。多くのマカロンは半生菓子で、要冷蔵なんです。
……すみません。スイーツ刑事には釈迦に説法でしたね。
大丈夫です。言われなくても分かっています。犯人の顔ですよね。今日はちゃんと言えます。
犯人は男性で、顔は、えーっと、ヒゲ面でした。白くて長いヒゲ。少しボサボサな。
年齢は、多分五十代だと思います。体型は小太りですね。いや、大太りかもしれません。立派な体型でした。
え? モンタージュを作るんですか?……分かりました。ご協力します。もっと細かいところまで思い出せるように頑張ります。
【事件発生後四日目】
刑事さん、どうしでしたか!? 「マカロン連続殺人事件」の犯人は捕まりましたか!?
……まだですよね。分かってます。昨日モンタージュを作ったばかりですからね。焦ってしまってすみません。
まだ犯人も捕まっていないとすると、刑事さん、どうして今日も僕を冷蔵庫から取り出してくれたんですか?
もう僕から訊くことはないですよね?
もしかして、刑事さん、僕のことを捨て……
……え!? 本当ですか!? 僕のことを食べてくださるんですか!?
マカロンの賞味期限が、製造後五日間であることを、刑事さんはちゃんと知ってくれていたんですね……
すみません。涙が……いや、目がないので、勝手に出た気になってるだけなので、品質には問題ないので、安心してください。
ただ、とにかく感動しました。袋を被っていたとはいえ、一度血を浴びてしまった「傷モノ」の僕を食べてくださるだなんて、刑事さんは本当にお優しい方です。聴取が終わったら、用無しで、すぐ廃棄されるものとばかり思っていました。本当にありがとうございます。
それから、ごめんなさい。
僕、刑事さんに嘘を吐いてました。
昨日僕が語った犯人像は、デタラメなんです。
いいえ、正直に言います。デタラメよりタチが悪いんです。僕は、あえて、犯人とは異なる人物の特徴を言って、その人物を貶めようとしたのですから。
昨日僕が語った「ヒゲ面の男性」は、僕が最も憎んでいる人物――僕を作ったパティシエです。
なぜ「生みの親」を憎んでるのかって? 簡単です。
彼は、僕を、店のマカロンの中で最も不人気な味噌味にしたからです。
味噌ですよ。味噌。信じられますか!?
僕は、この世に生を受けた時から、捨てられることが決定付けられていたのです。
なぜあの時、パティシエは、僕に味噌を混ぜ合わせたのか――なぜ苺やピスタチオではなかったのか――このあまりにも苛烈な運命に、僕は苦しめられ続けました。
ゆえに、僕はパティシエに復讐することにしたのです。あいつを連続殺人犯に仕立て上げることによって!
そして、僕の拙い嘘は、実は、僕が最も感謝している人物を救うためでもありました。
味噌味に生まれ、ショーケースに並べられた僕は、お店に訪れるお客さんの目に留まることはありませんでした。それどころか、たまに僕に気付いたお客さんは、「何このゲテモノ」と僕を指差し、まさに「ミソクソ」に嘲笑したのです! 現実はなんて残酷なのでしょう!
当然のように僕は売れ残り、別に美味しくもないくせに色が映えてるやつ――そうです。フランボワーズのことです――の方が飛ぶように売れて行くのです。こんな現実、クソッタレです!!
……ですが、こんな風に不貞腐れていた僕を救ってくださった方がいました。
それが、旦那様――今回の事件の被害者の夫です。
ショーケースに入った僕を注文してくださった旦那様がどんなにカッコ良く見えたことか!
あの瞬間のこと、僕は一生忘れません。
まさに「白馬の王子様」です。
旦那様と出会うことができた。その時から、僕の夢は、旦那様の口の中でサクッと音を奏でることとなりました。
「マカロン人生」の目的は、大好きな人に喜んで食べてもらうことなんです。
――しかし、僕の夢は、叶いませんでした。
他でもない、あの女――奥様のせいです。
あの女は、僕を買って帰って来た旦那様に向かって、こう言いました。
「あんた、『マカロン買って来て』って頼んだよね? どうして一個だけしか買って来なかったの? しかもそれが味噌味ってどういうこと? 私に喧嘩売ってるの?」と。
旦那様は――本当にかっこいい旦那様は、あの女に対して、
「うるせえな。日本人の口には味噌が一番合うんだよ。っていうか、これ、一個四百円もするんだぜ。そんな何個も買ってこれねえよ」
と反論しました。
そこから、夫婦喧嘩が始まりました――そうです。僕を巡る戦いが勃発したのです。
もちろん、旦那様はやり過ぎたとは思います。口論の果てに、奥様を包丁で刺してしまったのですから。奥様を殺してしまった後、旦那様は茫然自失となり、僕を置いて家から出て行ってしまいました。
しかし、旦那様は、決して悪くありません。
悪いのはあの女なんです。死んだのは因果応報です。
刑事さんから、「マカロン連続殺人事件」の話を聞いた僕は、今回の事件も「マカロン連続殺人事件」の殺人の一つに加えてしまうことによって、旦那様を庇うことを思いつきました。それで、一晩考えた結果、憎きパティシエを犯人に仕立て上げようとしたのです。
……え? 「マカロン連続殺人事件」は、刑事さんが考えた虚構なんですか? そうだったんですね。刑事さんは、最初からこの事件の犯人は旦那様だと目星を付けていたんですね。その上で、僕の供述の任意性を確保し、僕の供述の信用性を上げるために、「マカロン連続殺人事件」をでっち上げて、あえて僕の証言に「逃げ道」を作ったのですね。さすがです! スイーツ刑事は、「お菓子心」が分かっているだけでなく、すごく頭が良いんですね!
今の僕の供述には、嘘偽りは一つもありません。供述だけでなく、僕の想いにも……
だって、スイーツ刑事は、僕の新しい「白馬の王子様」なんですもの。僕、刑事さんを裏切るようなことは絶対にしません。
もう僕が話すべきことは何もありません。
ですから、どうぞ僕を……いえ、私を召し上がってください。
紆余曲折ありましたが、スイーツ刑事と出会えて、最高の「マカロン人生」でした。
はい。あーん……
こちらは、今年5月に開催された文学フリマ東京での無料配布短編ミステリとなります。
東京の若者にウケるために、マカロンを題材とし、内容も、腐女子ウケを狙ったと、まあ、そんな感じです。
ミステリ作家なので、真相に意味を持たせたいなといつも考えているのですが、本作は、真相ではなく、供述過程に着目しており、なかなかの変化球だったかなと思います。
さて、次回の文学フリマが、2024年9月8日に大阪であり、僕も「新生ミステリ研究会」の一員(副会長を拝命しました)として参加します。
新作は用意できなかったのですが、【殺人遺伝子】の第二版を作成し、また、今回は僕が編集を担当した合作本【Mystery Freaks Vol.3】も新発売です。
販売価格300円でミステリと創作について語りまくっていますので、ぜひお買い求めください。
また、無料配布短編ミステリ【サタンの声が聞こえる】も準備済みです。【マカロン】とは真逆の超硬派な作品で、自信作ですので、何卒。