生成AIを使って殺しました
俺には、どうしても殺したい奴がいた。
俺がどうしても殺したい奴――三國刻哉は、俺の人生をめちゃくちゃにした。俺と刻哉は、いわゆる幼馴染である。
小学校、中学校、高校と同じ学校に進学した。
もしかすると、刻哉は、俺のことを不倶戴天の敵と認識しないどころか、「親友」だと思い込んでいるかもしれない。
しかし、それは、単なる思い上がりだ。
俺は、刻哉と出会ってから、ずっと刻哉のことを恨み続けていた。刻哉は、俺よりも少し勉強ができるからといって、俺のことを「馬鹿」とけなし、俺よりも少し運動ができるからといって、俺のことを「頓馬」とわざ笑った。果てには、俺がずっと好きだった女の子を横から奪い、俺にわざと見せつけるようにイチャついてみせた。
俺の人生は、刻哉の存在のせいで、ずっと惨めだったのだ。
ゆえに、俺は刻哉を殺すことを決意した。
刻哉を殺すこと――それは今まで実行に移すことはなかなかできていなかったものの、俺にとっては長年の念願だった。
俺は念願を叶えるために、万全の備えをした。
それにより、俺は、誰にもバレることなく、確実に刻哉をあの世に葬ることができる。
船のエンジンは停止させた。悲願の瞬間まで、残すのはあと一つのステップのみだった――
「……おい、悠作、ここはどこだ?」
その気怠そうな声は、間違いなく刻哉のものだった。
「……刻哉、どうして……?」
「どうしてはこっちの台詞だよ。俺は、悠作の家で飲んではずなんだ。それなのに、目を醒ましたら、小船の上で、三百六十度見渡す限り青い海なんだぜ。悠作、状況を説明してくれ」
「どうして……?」
この「どうして……?」という言葉は、刻哉というよりも、俺の「相棒」に対して向けられていた。俺が誰よりも信頼する、有能な「相棒」に対して。
俺は、ジーンズのポケットをまさぐり、スマホを取り出す。
そして、「生成AI」のアプリを開く。
そこには、僕が認識していたとおりの履歴がしっかりと残っていた。
…………
【プロンプト】
「誰にもバレないように、知人を確実に殺す方法を教えて」
【出力】
「まず、殺したい知人を自宅に呼び、食事を振る舞います。知人に飲ませる飲み物(コーヒーなどの味が濃いものが良いでしょう)の中に、200CCあたり、10gの×××を混入させ、昏睡状態にします。なお、×××を用いるのは、この薬物は一定時間が経過すると体内で無害な物質に作り変えられるため、仮に司法解剖をされても痕跡が残らないからです。そして、昏睡させたのち、小型船舶を用いて、◯◯港を出発し、東南方向に23km進行します。そして、昏睡後、その地点に、殺したい知人を遺棄します。その地点に遺棄すれば、海流の関係で、死体が誰かに発見される可能性は極めて低いものとなります。なお、昏睡の継続時間は6時間〜9時間ほどですので、それまでに確実に遺棄するようにしてください」
…………
俺は、この「生成AI」の指示どおりに事を進めている最中だったのである。
指示どおりに、刻哉を自宅に誘い、指示どおりに×××を混入させたコーヒーを振る舞い、刻哉を昏睡させ、直ちに車で運び出し、小型船舶に乗せ、指示どおりのポイントまで運搬した。
そして、あとは昏睡している刻哉を、海に沈めるだけだったのだ。
それなのになぜ――
なぜ刻哉は、目を覚ましてしまったのだろう。
俺が呆気に取られている隙をついて、刻哉は、俺の背後に回り込み、両脇に腕を差し込み、羽交い締めにした。
刻哉は、体格と力でも、俺を少しばかり上回っている。
俺は体の自由を奪われた。
ジタバタするうちに、持っていたスマホが甲板へと転がり落ちる。
「離せ! 離せ!」
刻哉の意識は、必死で叫ぶ俺には一切向いていない。
スマホの画面に目を奪われていたのである。
刻哉は、俺と「相棒」とのやりとりを全て読み終わると、ゆっくりと口を開いた。
「……なるほど。高校卒業後に悠作が小型船舶の免許を取ったと聞いて、不審に思っていたんだ。なぜカナヅチの悠作がそんな免許を取ったのだろうと」
俺は泳ぐことができない。学校の水泳の授業は、毎回適当な理由をつけてサボっていた。
「悠作は、俺を殺すために、わざわざ小型船舶の免許を取ったんだね」
図星だった。
「そして、俺に×××入りのコーヒーを飲ませて、昏睡させたんだ。AIの指示に従って」
「……刻哉、どうして目を覚ましたんだ?」
「そんなこと俺に聞かないでよ」と言いつつ、刻哉は「AIの指示が間違ってたんだろ」と推察した。
「AIが間違えるはずがない!」
俺は断言する。俺のスマホに入っている最新の「生成AI」は、人間よりもはるかに優秀なのである。
じゃあ、と刻哉は次の推察に移る。
「悠作がミスったんだろ」
「ミスってない! 俺はちゃんとAIの指示どおりにやったんだ! コーヒーもちゃんと計量カップで200CCを測ったし、×××だって、計量カップで10gをちゃんと測って……」
「それだ! 完全に悠作のミスだ!」
刻哉が、俺の「ミス」として何を指しているのか、俺には全く分からなかった。
「計量カップでは容積は測れても、重さは測れないんだよ。重さを測るときは秤を使わないと!」
「……でも、計量カップにはg数が印字されてたから」
「それは多分『食塩』だとか、そういう料理によく使う代表的な物質の重ささ。物質の密度はそれぞれの物質によって違うんだから、容積だけでは判断できないだろ」
やはり刻哉は、俺よりも少しばかり頭がキレるようだ。
「×××は密度が低い物質だから、悠作が計量カップで測った×××は、きっと規定の10gには満たなかったんだ」
俺はようやくミスの内容を理解した。
それは、「生成AI」のミスではなく、完全に俺のミスである――「ちゃんと単位を揃えろ」とAIに指示するべきだった。
「船のエンジンが止まってるということは、ここがAIの指示した『海流の関係で、死体が誰かに発見される可能性は極めて低い』場所というわけだ。そして、悠作の言葉を信じるなら、AIが言うことには間違いはない」
刻哉が持ち上げたことで、俺の両足は甲板を離れ、宙に浮く。
「おい! 刻哉、何を考えてるんだ!」
「もちろん。AIの指示どおり、ここで悠作を海に突き落とすんだよ。そうすれば、誰にもバレず、確実に悠作を殺せるんだろう?」
俺が刻哉に勝てる芽などどこにもない。
ゆえに、俺が縋れる藁は一本しか残されていなかった。
「刻哉、待ってくれ! 俺らは親友じゃないか!」
刻哉は、フッと鼻で笑う。
「親友? まさかAIがそう言ってたのか?」
「おい!……とき……や……やめろ……あ」
俺が最期に恨んだのは、刻哉ではない。
俺をカナヅチに産んだ両親だった。
1月の文学フリマ京都で無料配布した短編を、ついに「なろう」でも公開してみました。
字数の縛りがあった中では上手くまとめられたのではないかと自負しており、それなりに好評で、この短編を読んで僕の作品(「殺人遺伝子」)を買ってくださった方もいましたし、さらには、ありがたすぎることに、この作品を豆本化してくださった方もいました。
5月19日(日曜日)の文学フリマ東京でも、そのような貴重な出会いがあることを期待し、書き下ろし短編「マカロンと殺人」を無料配布します。ぜひもらいに来てください。
また、「新生ミステリ研究会」について補足すると、今回は、僕と庵字さんが主に担当する「新生ミステリ研究会」と、凛野冥さんと視葭よみさんが主に担当する「名探偵、皆を集めて、さてと言い」の二つのブースが隣り合って、角っこのなかなか良い場所を占めています。
多くのかけがえのない出会いを期待していますので、ぜひともお気軽に足を運んでみてください。
なお、僕は、文学フリマ東京に備えて、今日、久しぶりに美容院に行きました(笑)